初級翻訳・帽子箱の話 第7話

佐藤 緑葉

「お前は誰だ? 人のうちの塀を乗り越えてきやがって、人の育てた花を台無しにしやがって。お前の名は何て言うんだ?」と、男はハリーを突き飛ばしながら付け加えました。
「そして何の用があってここへ来たんだ?」
ハリーは一言の説明すら口に出せませんでした。
しかしちょうどそのとき、ペンドラゴンと肉屋の小僧とが、塀の外をバタバタと走り過ぎました。
その足音と、嗄(か)れた叫び声とは、狭い横町に高く響き渡りました。
庭師はそれで様子がわかったと思いました。
そしていかにも憎々しげな笑いを浮かべて、ハリーの顔をじっと見下ろしました。
「泥棒!」と、彼は言いました。
「違いねえ」お前はそこで、何かずるいことをやっているに違いねえんだ。
お前が頭のてっぺんから足の先まで立派な身なりをしているからって、俺をごまかせると思うなよ。
お前、そんなカッコをしておきながら、正直な人たちと一緒に堂々と世の中を歩くのが恥ずかしくないのか? 世間の連中は、お前のそんな綺麗な古着でも買えたら大喜びするってのにさ。
何か言ったらどうだ、このけだものめ!」
男はさらに続けて言った。
「お前だって人間の言葉はわかるだろう。
俺はお前を警察につきだす前に、少しお前に話しておきてえことがあるんだ。」
「まったくですね、」と、ハリーは言った。
「あなたはとんでもない大きな勘違いをなさっています。
もし私と一緒にイートン・プレースにあるトマス・ヴァンデラー卿のお屋敷まで来てくだされば、きっと何もかもがはっきりわかります。
私も今、初めて気づいたのですが、どんなに正直な人間であっても、他人から疑われるような面倒な立場になってしまうことがあるものなのですね。」
「おい、小僧。」と、庭師は答えた。
「俺はお前と一緒に、隣町の警察署より先へなんか絶対に行かねえからな。
署長さんなら、もしかしたら喜んでお前と一緒に、イートン・プレースへでもどこへでもぶらつきに行ってくれるかもしれねえけどさ。
そしてお前のその偉い知り合いから、素敵なお茶の御馳走にでもあずかれるだろうよ。
それともお前、まっすぐに内務大臣のところまで出かけたいのかい? トマス・ヴァンデラー卿だって? まったく、ふん! お前はきっと、俺が人間を見ただけじゃ、本物の立派な旦那さまと、お前みたいなそこらの塀泥棒との見分けもつかねえとでも思ってるんだろうな。
どんな高級な服を着ていようが、俺の目にはちゃーんと見え透いてるんだよ。
お前のそのシャツなんて、俺のおめかし用の帽子くらいの値段がするんだろうさ。
その上着だって、古着市なんかじゃ絶対に目にかかれない代物違いねえ。
それからお前が履いてるその靴だって――。」
男はその時、ふと目を地面に落としたが、急にそれまでのバカにしたような言葉をぴたりとやめてしまった。
そしてしばらくの間、じっと熱心に足元にある何物かを眺めていた。
やがて彼が再び口を開いたとき、その声はまるで別人のように不思議なほど変わっていた。
「いったい一体、」と、男は言った。
「こりゃあいったい何なんだ?」
ハリーはその男の視線の先を思わず見やって、そこに広がっている光景を目にした瞬間、恐ろしさと驚きのあまり声も出なくなってしまった。
塀から真っ逆さまに落ちたとき、彼は運悪く帽子箱の真上に落ちてしまい、それをペチャンコに押し潰してしまっていたのだ。
すると、その中から素晴らしい、眩しいほど立派なダイヤモンドが次々と飛び出し、あたり一面にパーッと散らばっていた。
あるものは土の中にグイッと踏み込まれ、またあるものは地面にゴロゴロとばらまかれ、まるで王様が身につけるようなまばゆい光をキラキラと放っていたのだ。
そこには、ヴァンデラー夫人が頭につけているのを見てハリーが何度も感心した、あの素晴らしい宝冠もあった。
ほかにも、指輪、ブローチ、耳飾り、腕輪などがゴロゴロと転がっていた。
それから、まだ台座に留められていない裸の宝石の粒までが、あちらこちらの薔薇の植え込みの中に転がり落ちて、まるで朝露の玉のようにキラキラと美しくきらめいていた。
実にものすごい大財産が、二人の男の目の前の地面にドサッと投げ出されていたのだ――。
それは、どんな人間の心をも一瞬で奪わずにはおかない、硬くて、ずっと長持ちする形で、前袋(まえぶくろ)に入れさえすれば簡単に持ち運びができるものであり、それだけでもうっとりするほど美しく、太陽の光を無数の虹のきらめきに変えてあたり一面に撒き散らすような、途方もない財産だった。
「しまった!」と、ハリーは言った。
「もうおしまいだ!」
彼の心は、もう追いかけることのできないほどのものすごい速さで過去へと駆け戻っていった。
そして、その日の朝から起こった奇妙な出来事の数々をすべてひとまとめにして考え合わせ、自分の性格と運命がとんでもないトラブルに巻き込まれてしまった悲しい現実をようやく悟り始め、頭がクラクラした。
そこで彼は、誰かに助けを求めるかのようにあたりをキョロキョロと見回した。
しかし、庭にいるのは自分だけで、ほかにはあたり一面に散らばったダイヤモンドと、あの恐ろしい顔をした相手の男の姿があるばかりだった。
じっと耳を澄ましてみても、木の葉がサラサラと風に揺れる音と、自分の心臓がバクバクと忙しく鳴り響く音のほかには、何の物音も聞こえなかったすきま風のような静けさだった。
この若い青年がすっかり元気を失い、力の抜けた声で「もうおしまいだ!」という最後の言葉を何度も繰り返していたのも、無理のないことだった。
庭師は悪党らしい鋭い目でまわりをギョロッと睨みつけてみたが、どの窓を覗いても人の顔は見えなかった。
そこで彼は、やれやれと再び大きく息を吐き出したようだった。
「おい、元気を出しなよ。」と、彼は言った。
「お前ってやつは本当にバカだな! こうなりゃもう、どうしようもねえやな。
なんで初めから、このお宝は二人で分けるには十分すぎるほどあるって言わなかったんだ? 二人でだって?」男はそれを言い直して、「いや、二百人分だって余りあるくらいだぜ!
だがな、こんなところから早くあっちの方へ行こうぜ、ここにずっと突っ立ってると誰かに見つかるかもしれねえからな。
それに、見っともねえから言ってやるが、帽子を真っ直ぐにかぶり直して、服についた泥や埃をパパッと払い落としな。
そんな阿呆みたいな格好をしてたら、二歩だってまともに歩けやしねえぞ。」
ハリーがそんな言葉に促されて、ロボットのように機械的に身なりを直し、服を整えている間に、庭師はサッとひざまずいた。
そして、大急ぎで地面に散らばった宝石をワシワシとかき集めると、再びそれを帽子箱の中へと放り戻していった。
その高価でピカピカ光る結晶物に触れたとき、男のたくましい頑丈な体つきまでが、何とも言えない興奮と欲望でブルブルと小刻みに震えていた。
その顔の表情はすっかり変わり、目は欲望の炎でギラギラと嫌らしく光り輝いていたのだった。実際、彼は贅沢にその作業を長引かせて、自分が扱っているダイヤモンドを一粒ずつ、まるで味わうかのように楽しんでいるようだった。
しかし、とうとうそれも終わった。

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