初級翻訳・平馬と鶯 第2話

平馬と鶯

 平馬は、その体格こそ「怪童」として近隣に知れ渡るほど立派で、大人と比べても遜色ないほどでしたが、まだ元服前だったために、悔しい思いをしながら、ただ味方の負けを見守るしかなかったのでした。
 ですが、それも去年までのこと!
 平馬は今年十五歳になり、元服して大人になったその姿は、じつに凛々しい武者ぶりでした。
 下妻の若侍たちは、平馬が出場するという噂を聞くやいなや、仕合をする前から負けた気になって意気消沈しています。
 これほどまでに敵から恐れられている平馬は、人々が怖がるのも無理はないほど、鍛え抜かれた逞しい体力と、鉄のように固い負けず嫌いの心、さらにはこの数年で師匠を驚かせるほど上達した北辰一刀流の剣技――この三つの権化のような存在でした。
 そんな武骨な平馬が、今はやさしい鶯が縁となって、その鶯よりもさらに優しい飼い主の少女と、庵(いおり)の竹縁に腰をかけて話しています。
 庭いっぱいに降り注ぐ日光の中で、苔の匂いがむせかえるほどに漂っていました。

 闇討ちの相談

「ホウホケキョ!」
 と、また鶯が鳴くと、少女は平馬の顔を見て、はにかむようににっこりと微笑みました。
「可愛い鶯でしょう。私は大事に飼っているのですが、皆様から『ずいぶん声のいい鶯だ』と褒めていただけるのです。さっき籠の掃除をしようと手を入れた拍子に逃げてしまったのですが、あなたが捕まえてくださって、本当にありがとうございました。きっともう遠くの山へでも飛んで行ってしまったものと思って、私はがっかりしながら、念のために外まで見に出たところだったのです」
 平馬も親しげに微笑みながら答えました。
「いや、お礼を言われるようなことではございません。拙者が鶯を捕まえたというより、鶯が拙者を捕まえたようなものでした。ぶらりと何気なくお宅の前を通りかかると、あの鶯が飛んできて拙者の手の甲にとまった……ははは。それだけのことです」
 そう言って平馬は、はじめて気がついたように、珍しそうに周囲を見回しました。
 武士の住居らしく、小さいながらもきちんと片付いた、気持ちの良い家です。
 ……はてな? ここはどこだろう。
 平馬がそう思っていると、少女は不思議そうに平馬の様子を眺めていましたが、やがて尋ねました。
「あの、あなた様はどちらの……?」
 同時に、平馬の方からも問いかけました。
「ここはどこですか?」
「下妻でございます」
 これを聞くと、平馬は少しびっくりしました。
 今度の仕合にどういう手で立ち合おうかとあれこれ考えているうちに、自分でも知らずに結城の領地を離れ、ここまで来てしまったようです。それにしても、いつあの月見橋を渡ったのでしょうか? さっき橋を渡ったはずなのに、平馬はすっかりそれを忘れてしまっていたのです。
 しかし、仕合が近づくにつれて殺気立っている両藩の若侍たちです。ここが下妻の領内だとすれば、自分の姿を見つかっては一騒動起きるに違いありません。
「これは早々に引き返したほうがよい」
 平馬は急いで立ち上がろうとしました。
 少女がそれを止めました。
「ただ今お茶を……この辺ではお見かけしたことのないお方ですが、あなた様は旅の方でございますか?」
「さよう」と平馬は戸惑いながら言いました。「旅の者でござる」
 するとその時、奥の座敷から、大勢の人の話し合う声が平馬の耳に届きました。
「何かの寄り合いですか?」
 平馬が尋ねると、少女は答えました。
「はい。」「旅の方ならご存じないでしょうが、筑波のお山のお祭りが近づいておりましてね。例年のとおり、お隣の結城藩と剣道の試合がございますので、こちらの下妻の若侍たちが作戦会議をしているのでございます。ここの私の兄が、まとめ役をやっておりますもので」

はっとした平馬は、「これは面白いところへ居合わせたものだ」と思いながら、出されたお茶を飲みつつ、全身を耳にして奥の話声に集中しました。すると、五、六人の大声で、こんな会話が聞こえてきました。

「おい、おい、今年はいよいよ結城から、あの平馬というやつが試合に出るらしいぞ。あいつが一番の厄介者だ」
「あいつ、あと一年だけ元服を遅らせてくれればいいのになあ!」
「そんな、こちらに都合のいいことばかり言っても仕方ない。とはいえ、平馬に出られては困るよ、実際」
「俺はよく知らないが、あいつはそんなに強いのか?」
「強いとも、強いとも。物見の報告によれば、どこの流派であろうと、平馬ほどの使い手は江戸に行ってもそうそういないそうだ」
「ふうむ……。まあ、平馬が強いことは今に始まったことじゃない。去年も一昨年も、あいつが出ていれば俺たちは負けていたんだ。それが、まだ前髪のある少年だったから試合には出られず、俺たちは助かってきただけのこと。今年こそ出るとなれば、残念ながら我々の負けだな」
「四年連続で奉納試合の勝利を結城に持っていかれるのか。悔しいな」

いかにも無念そうに、一同が腕組みでもしているのか、しばらく奥の話が途切れました。しかしやがて、先ほどよりもさらに大きな声で、がやがやと騒ぎ立てるように言い出しました。

「なんとかして平馬が試合に出られないようにしてやろう!」
「そうだ、そうだ! やつ、風邪でも引かないかな」
「馬鹿! そんな呑気なことを言っている場合ではない。一人ずつ面と向かって勝てない相手なら……闇討ちにするしかないではないか!」
「そうだ、そうだ! 闇討ちだ! 闇討ちだ!」
「殺してはいけないぞ。殺すと面倒なことになる」
「ただ少し肩の骨を挫くか、指を折るなりして、今度の試合に出られないようにしてやりさえすればいいのだ」
「なるほど、それにかぎる。さっそく間者を放って、彼の動静をうかがわせよう」
「それによって大勢で待ち伏せしてやってしまうのだ。向こうは一人、こっちは大勢だ。平馬といえど鬼神ではあるまい。恐れるに足りない!」
「名案、名案!」

というわけで、あとは拍手喝采。下妻の若侍一同は、当の平馬がすぐ鼻の先で聞いているとも知らず、上機嫌で騒いでいます。

平馬も何気ない顔で、しきりにお茶を飲んでいましたが、やがて丁寧に別れの挨拶をすると、静かに立ち上がりました。
そして、「ホウホケキョ」と鳴く鶯の声と、それよりもっと朗らかで優しい少女の微笑みに見送られて、平馬は往来へ出ました。
自分の背丈ほどもある大刀を横たえた平馬の姿が、春霞にかすむ野道を結城の町の方へと消えていきます。
その姿が点となって見えなくなるまで、少女は門に立って見送っていました。
その向こうでは、筑波の山が胸から上を雲に現し、かすかな風に吹かれて、紅梅の花びらが少女の上に舞い散っていました。

   鶯の便り

それから二日ほど大雨が続きましたが、その雨が上がった朝のことでした。
鶯の家の少女が縁側に出て、陽の光で庭から立ちのぼる水気を嗅ぎながら、いつものように籠の中の鶯と遊んでいると、その朝にかぎって、どうも鶯の様子がおかしいのです。なんとなくそわそわしています。
「どうしたのかしら?」と思ってよく見ていると、どこか遠くでほかの鶯の声がしました。

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