初級翻訳・幸福な家庭 第2話

井上 紅梅

豚のロースのあんかけや、干し海老とナマコじゃあんまり平凡だ。俺はどうしても彼らの食事を『竜虎闘(りゅうことう)』にしたい。しかし『竜虎闘』とは一体どんな料理だ? ある人は、これは蛇と猫を使う広東の貴重な料理で、大きな宴会でなければ出ないと聞いたが、俺はかつて江蘇の飯屋の献立表でこれを見たことがある。江蘇の人が蛇や猫を食うはずはないから、たぶん蛙と鰻のことを指しているんだろう。一体、この主人公と夫人は、どこの土地の人に設定したんだっけな?――そんなことは彼らには関係ない。どこの国の人であろうが、蛇や猫、あるいは蛙や鰻を一杯くらい食べたって、幸福な家庭を壊すわけじゃない。よし、最初の一皿は『竜虎闘』としておいても決して差し支えない。そこで『竜虎闘』がテーブルの中央に置かれて、彼らは箸をつけ、互いに顔を見合わせてニッコリとしながら、

『My dear please.(あなたからどうぞ)』
『Please you eat first, my dear.(いいえ、あなたから召し上がって)』
『Oh no! please you!(とんでもない、あなたから!)』

とくるかな。そこで彼らは同時に箸を伸ばし、同時に一塊の蛇肉をつまむ。――いやいや、どうも蛇肉ではグロテスクだ。やっぱり鰻という方がいい。それならこの『竜虎闘』は蛙と鰻で作ったものということにして、彼らは同時に一塊の鰻を挟む。大きさはどれも同じで、五五の二十五と、三五の……こいつはいけない。そして、同時に口に入れる……」

彼はそのうち、我慢しきれなくなって振り返ってみようかと思った。背後が急に非常に騒がしくなり、人が二三回行き来しているのだが、それでも彼はなんとか持ちこたえて、ざわめきの中で物語を紡いでいる。

「これは少しむず痒いな。こんな家庭があるだろうか。おや、おや、俺の思考はどうしてこんなに乱れるんだろう。題目はこんなにいいのに、ちっとも書けそうにない。よし、特に留学生と決めなくてもいいだろう。国内で高等教育を受けた者でもいい。彼らは大学の卒業生だ。高尚で優美で……。男は文学者だし、女も文学者だ。あるいは文学の崇拝者でもいい。また、女は詩人で、男は詩人崇拝家、フェミニスト、あるいは……」

耐えきれなくなって彼は振り返った。すると、彼の背後の本棚の脇には、すでに一山の白菜が積み上げられていた。下層に三株、真ん中に二株、上が一株で、彼に向かってはなはだ立派な「A」の字を形作っている。

「ああ!」

彼は驚きの溜息をついた。それと同時に顔が熱くなり、背骨をたくさんの針で刺されるような感覚を覚えた。

「ウウウ……」と彼は長い息を吐き、背骨の針を取り除こうとしながら、それでも考え続けるのだった。

「幸福な家庭」の部屋は広いし、それに物置もあることだろうから、白菜みたいな物はそっちの方にやっておくさ。主人公の書斎は別の部屋にあって、壁一面が本棚で埋め尽くされているから、そのあたりには当然のこと、白菜なんてものは積み置かれていない。
本棚には中国の書物、外国の書物、それから例の『理想の良人』もちゃんとある。
――上下二冊揃いだ。
寝室もまた別の部屋にあって、真鍮のベッドが置いてある。
あるいは質素を大切にして、第一監獄工場で作った楡(にれ)の木のベッドでもいいが。
ベッドの下は非常に清潔だ……」
彼は自分のベッドの下に目をやると、薪はもう使い切ってしまっていて、縄が一本、死んだ蛇のように物憂げに横たわっている。
「二十三斤半……」
薪がまもなくベッドの下へ、行水(ぎょうずい)の流れのように次々と運ばれてくることを予想すると、彼の頭の中はまたガサガサと騒がしくなり、入口へ行って門を閉めようと思った。
しかし、両手を門にかけたところで、すぐに、これは少し気が早すぎると感じて、出しかけた手を引っ込め、埃がたくさん溜まった布のカーテンをそのまま垂らした。
こういう風にしておけば、自分を守って閉じこもるほどの強情さもなく、かといって門戸をむやみに開放する不安もないのだから、これこそはまさに「中庸(ちゅうよう)の道」にかなうものだ、と彼は考えた。
「……だから、主人公の書斎のドアは、とこしえに締めておくものだ」
彼は席に戻って腰を下ろした。
「用事があって相談したいなら、まずドアをノックして、許可を得てから入ってくる。
この方法は実にいい。
たとえ主人公が自分の部屋に座っていて、主婦が来て文芸の話をするにしても、まず第一にドアがノックされなければならない。
――こういう風なら安心していられる。
彼女が白菜なんかを抱え込んで入ってくるはずがないのだから。
『Come in, please my dear.(入っていいよ、愛する人)』
しかしだ。
主人公が文芸のことなんかを語っている暇がない時には、どうしたものだろう。
いっそ放っておくか。
彼女が外に立って、いつまでもドンドン叩いていたら? そんなことはまずまず出来ないことだ。
そういうことは、ひょっとすると『理想の良人』の中に出ているかもしれない。
あれは確かにいい小説に違いない。
今度原稿料が入ったら一冊買ってみてやろう……」
ピシャリ!
彼の背骨は、ピンと伸びた。
というのもこれまでの経験上、このピシャリという音は、妻が三つになる女の子の頭をひっぱたいた音だからだ。
「幸福な家庭……」彼は子供のしゃくり上げる声を聞きつけた。
彼はまだ背筋をピンとさせたまま考えていた。
「子供は遅くできるなら遅くできるほうがいいし、あるいはいっそいない方がいいのかもしれない。
二人でキレイさっぱりと――あるいはいっそ下宿住まいをする方がいいのかもしれない。あとは何もかもあいつらに請け負わせて、自分一人でキレイさっぱりと」
すすり泣きの声がますます大きくなってきたので、彼はまたも立ち上がり、門のカーテンをくぐり抜けて、「マルクスは子供の泣き声の中でも『資本論』を書き上げたから、彼は偉人である……」と、考えながら外へ出た。風よけの戸を開けると、石油の匂いがぷんとした。
子供は門の右側に横たわって顔を地面に向けていたが、彼の顔を見るとわっと泣き出した。
「おお、よしよし。
泣くんじゃないぞ、泣くんじゃないぞ。
いい子だ」
と、彼は腰を曲げて女の子を抱き上げた。
彼が子供を抱いて行こうとすると、門の左側には妻が立っていて、背筋を真っ直ぐにして両手を腰に当て、怒り心頭といった様子で、まるで体操の練習でも始めそうな勢いだった。
「あなたまでも私を馬鹿にするんですね。
人の仕事の手伝いもしないで、邪魔ばかりして。
――その上、ランプをひっくり返したら晩には何を灯すんです?……」
「おお、よしよし、泣くんじゃないぞ、泣くんじゃないぞ」
彼は震え声を後に残して子供を部屋に抱き入れ、頭を撫でて「いい子だ、いい子だ」と言いながら床に下ろした。椅子を引き寄せて子供を両膝の間に置いて座り、手を上げて言った。
「泣くんじゃないぞ、いい子だから、お父さんはね、猫が顔を洗うところを見せてやるぞ」と、彼は首を伸ばしてペロリと舌を出し、手のひらを離して二度ばかり空をなめて、その手で自分の顔の上に円を描いてみせた。

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