初級翻訳・時計屋敷の秘密 第10話

時計屋敷の秘密

あごから下はお面はなかったが、そのかわりに、とうもろこしのようなひげがもじゃもじゃと、のび放題になっていた。
そういう怪人物が、ガラス天井の上で、さっきから活躍していたのだ。
彼は見かけにあわない力を、そのかまきりのようにやせさらばえた身体からひねり出し、鉄の棒をてこにつかって、大きな土台石を動かしようとして、一所けんめいやった。
その土台石の奥には、すでに大きな穴が用意されてあった。
それは多分この鉄のくさりにつながれた怪しい囚人が、ひまにまかせて、これまでに掘っておいたものであろう。
土台石の一個が、ついにくるりと一回転して、奥の穴へころがりこんだ。
と、どっと濁水が侵入してきた。怪人は鉄の棒を放りだして、ガラス天井に腹ばいになると、岩がなくなって出来た穴の中へ、細い長い腕をつっこんだ。
間もなく、怪人は、
「おおッ」
と、うなった。
そして全身の力をこめて、穴から何か引っぱりだした。
もちろんそれは八木少年の身体であった。
少年のずぶぬれになった上半身が、穴から出て来た。
怪人は、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、両手をつかって少年の身体を、なおも引っぱり出した。
それは成功した。
八木少年は、意識をうしなったままではあるが、濁水から完全に救いだされ、ガラス天井の上にびしょぬれの身体を横たえた。
怪人は、よほどつかれたと見え、八木少年のそばにどんと尻餅をつき、はっはっと大きく呼吸をはずませた。
そのとき、怪人は苦しい呼吸をつくために、顔をあげた。
すると彼が顔につけているお面がはじめてはっきり見えた。
それは見るからにおそろしい死神のお面であった。
まわりを黒い布でつつみ、その奥に、半ば骸骨になった死神の顔がのぞいている――というマスクであった。
何人であろうか、こんなおそろしいお面をつけて、こんなところに鉄のくさりでつながれているのは。
かなり永い間、怪人は呼吸をはずませ、肩を波のように上下し、指でのどをかきむしり、苦しみつづけていた。
そのうちに、ようやくおさまったものと見え、ふらふらと立ち上った。
そして鉄の棒をとって、土台石を動しはじめた。
元のように土台石を直そうというのであろう。
八木君は、溺死したのではなかろうか。
土台石を元へもどすよりも、早く八木君をかいほうしてもらいたいと、この際、誰でも思うであろう。
ところが怪人は、そんなことは捨ておいて、土台石を元のとおりに直すことに夢中になっているように見えた。
そして、その間にも、ときどきうしろをふりかえって、このガラス廊下の入り口の方を気にしていた。
語る怪囚人

 怪囚人は、一息いれると、八木少年のそばににじりより、気を失っている少年をよびさまそうとつとめた。
少年は、やっと気がついた。
そしてきょろきょろと、あたりを見まわした。
「あ、あなたは?」
 怪囚人は、しっかりと少年を抱えていて、はなさなかった。
そして仮面をかぶった自分の顔を見られまいと、顔をそっぽに向けていた。
「もう心配ありません。
きみの生命、助かりました」
 怪囚人は聞きにくいことばで、少年をなぐさめた。
「ああ、そうだった、ぼくが地下道の中で溺死するとき、あなたはぼくを助けてくだすったのですね。
ありがとう、ありがとう」
「そうです。
私、君を助けました。
君はかわいそうでありました。
私は自分のためにこしらえてあった、脱走の穴を利用して、きみを救いました」
「えっ、脱走ですって、あなたは誰です」
 八木少年は相手の腕をおしのけて、相手をよく見ようとした。
怪囚人は、もはや自分の姿を見られることをさけようとはしなかった。
「おお、あなたは……」
 八木少年はびっくりして、うしろへとびのいた。
おそろしい顔だ、太い鉄鎖でつながれている囚人だ。
極悪の人間なのであろう。
なんというおそろしいことだ。
だが、次の瞬間、八木少年は前へとび出すと、死神の面をかぶった囚人の膝に、がばとすがりついた。
そして涙と共に、おわびをいった。
「すみません、あなたは、ぼくの生命の恩人です。
その恩人に対し、ちょっとの間でも、ぼくがおそろしそうに、後へ身をひいたことはおわびします」
「その心配、いりません。
私、おそろしい仮面をつけています。
私の姿、おそろしいです。
君がにげようとしたこと、むりではありません。
しかし、私、悪者ではありません。
不幸にして、悪人のためにとらわれ、ここに永い間つながれているのです」
「ああ、そうでしたか、いったい、どうしてそんなことになったのですか、あなたは、どこの何という方ですか」
「くわしい話、あとでいたします」
「今、話して下さい」
「今、話すこと、よろしくありません。
そのわけは、たいへん急ぐ仕事があります。
そしてその仕事は、きみの力でないと、できないのです」
 怪囚人は、そういった。
しかし八木少年にはのみこみかねた。
急ぐ仕事というのは、いったい何のことであろうか。
これをたずねると、怪囚人は、こういった。
「おどろいてはいけません。
この屋敷は、このままでは、あと一時間とたたないうちに、大爆発をして、あとかたもなくなってしまいます」
「えっ、この時計屋敷が、あと一時間とたたないうちに大爆発をするんですって、それはたいへんだ。
この屋敷には、たくさんの人たちがまよいこんでいるのです。
ぼくの友だちも四人、この屋敷にはいっています。
そういう人たちを助けてやらねばなりません。「いや、待ちなさい。その人たちを助けるのは、とてもむずかしいと思う。それよりも、きみに急いでやってほしいことは、その大爆発が起きないようにすることなんだ」
「なんですって? この屋敷が爆発しないようにすることも、まだできるんですか? いったいどうすればいいんですか?」
「それは、いま動いている大時計をとめることだ」
「えッ、あの大時計をとめるって……。あ、大時計は動いているんだ! いつの間にあんなに動きだしたんだろう?」
八木少年は、どこからともなくひびいてくる、大時計の時をきざむ音に初めて気づいて、目を丸くしました。
「大時計は、少し前に鐘を三つ鳴らした。このままだと、あと一時間もしないうちに、四つ鳴らすだろう。四つ鳴らしてしまったら、この屋敷は粉々に吹っ飛んでしまうんだ」
「それはどうしてですか?」
「理由を説明しているひまはない! きみは急いで大時計をとめてくるんだ!」
「いったいどうすれば、あの大時計をとめることができるんですか?」
「子ども級の力では、できないかもしれない……。いや、いまはきみに行ってもらうほかに方法はないのだ。もっとこっちへ寄りなさい。大時計のしくみはこうなっている――」
怪囚人はそう言うと、鉄の壁に、折れた釘で大時計の図をすばやく描きだしました。

大発見

場面はかわって、四人の少年たちのほうへうつります。
地震のあとで放りこまれた部屋の一方の壁がするすると上にあがり、その向こうにあらわれたのは、ほこりをかぶった古めかしい実験室のような部屋でした。そこには一つの額縁が曲がってかかっていましたが、中の油絵はまん中が切りとられていてなくなっており、どうやら人物画らしかったことなどは、すでにご存じのとおりです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました