初級翻訳・曲馬団の「トッテンカン」 第1話

下村 千秋

一

 いちばん先頭を歩いてくるのは、赤いトルコ帽をかぶった一寸法師(いっすんぼうし)。よちよちとかわいらしく歩いてきます。
 そのうしろからは、目のところだけがくりぬかれた大きな袋を頭にかぶった大象が、太い足をゆったり、ゆったりと運んでやってきます。
 象の背中には、桃色の洋服を着たかわいい女の子が三人、まるでお人形さんのようにちょこんと並んで乗っかっています。
 さらにそのうしろからは、楽隊の人たちがやってきます。みんな赤いズボンをはいていて、大きなラッパに小さなラッパ、クラリネット、大太鼓、小太鼓などを持ち、足並みをそろえてリズムよく行進曲を吹き鳴らしています。
 さて、そのうしろには、鉄のオリに入れられたライオン、トラ、熊などの猛獣たちが、車に乗せられてやってきます。
 続いて馬が十頭ほど。それぞれかわいい女の子や男の子を一人ずつ乗せて、ひづめの音をぽかぽかと鳴らしながらやってきます。
 一番最後には、赤や黄色や青の旗をかついだ人たちが大勢、ぞろぞろと続いてきます。
 その旗にはそれぞれ、「東洋一大曲馬団(きょくばだん)」「東洋一移動大動物園」「世界的大魔術」「世界的猛獣使い」などという文字が、白く染め抜かれています。
 先頭の一寸法師から最後の旗持ちまでは、百五十メートルほどもありました。その長い行列は、楽隊が吹き鳴らす行進曲のなんともいえない心地よいリズムにつつまれ、なんともいえない賑やかな彩りをあたりにふりまきながら、八月の朝のきらきらした太陽の光の中を進んできたのです。

 ここは東京から北の方へ二十里(約八キロメートル)ほど離れた、ある湖のほとりの小さな町。
 汽車も通っていなければ電車もなく、一日にたった二度、乗合自動車が通るだけの、静か——なこの町に、ある日突然こんな行列がやってきたのですから、そりゃあもう大変な大さわぎです。
 町は一気にパッと目がさめたように活気づき、町の人々は胸がわくわくして仕事なんて手につかず、みんな通りに出てきて、目を丸くして行列を見つめています。
 なかでも、夏休み中で退屈していた子どもたちは、一年に一度のお祭りが一気にやってきたかのように大喜び。もうじっとなんてしていられず、行列の後ろから「ぞろぞろ、ぞろぞろ」とついて歩きます。
 元気いっぱいの男の子たちは、足が地面につかないほど興奮して飛びまわり、跳ねまわり、一寸法師の前に立って背くらべをしたり、象のそばに来て袋の下から長い鼻をのぞき見たり、楽隊といっしょに足拍子をとったり、ライオンや虎や熊をこわごわ眺めたり、馬の上の少年少女たちに手を振ってみたり、旗持ちの旗をかつごうとしたり、もうすっかり夢中になっています。
 なにしろ、この町が始まって以来の大事件です。一寸法師はもちろん、象を見るのも初めて、ライオンや虎や熊を見るのも初めて、という子どもたちが大勢いるのですから、こんなにはしゃいでしまうのも無理はありません。

二

 火の見やぐらが立っている町の四つ角、いちじくの葉が黒い影を落としている場所に、一軒の鍛冶屋(かじや)があります。
 ここには、新吉(しんきち)という十一歳になる見習いの男の子が働いていました。
 その朝も早い時間から、土間の仕事場で意地悪な親方に怒鳴りつけられながら、「トッテンカン、トッテンカン」と金づちを振るっていました。
 すると、遠くの方から聞いたことのない楽隊の音が鳴り響いてきます。
 はじめは、「たまに来る活動写真の楽隊かな?」と思いながら金づちを振り上げていましたが、だんだんとその音が近づいてくるにつれて、「これはふつうの楽隊じゃないぞ」と思いました。
 そうこうしているうちに、楽隊の音は、軒下からのぞきさえすれば見えそうなところまで近づいてきました。
 しかし、こんなときにうっかり外をのぞき見たりしようものなら、親方の金づちが「こつん」と自分のすねに飛んできてしまいます。
 新吉は、「いっそのこと、耳なんて聞こえなくなっちゃえばいいのに!」と思いながら、下くちびるをぎゅっと噛みしめて、金づちを振り上げていました。

 曲馬団の行列は、鍛冶屋の横手にある火の見やぐらの下までやってきました。
 すると、先頭の一寸法師が、クルリと後ろへ向きなおり、赤いトルコ帽を片手に取って上に差し上げました。
 そして、
「とまれーっ!」
 と叫びました。
 小さな体に似合わない、太くてしゃがれた声だったので、見物人たちはびっくり仰天しました。
 人間の言葉なんかしゃべれるわけがないと思っていた子どもたちは、なおさら目を丸くして驚きました。

 一寸法師は、目の前にある象の袋の裾(すそ)をめくりました。
 一尺(約三十センチ)ほど象の鼻の先があらわれると、一寸法師はそこに片手をかけました。
 かと思うと、クルリと宙返りをするようにして、象の背中に乗っている三人の少女たちの真ん中へ、すっぽりと飛び乗ってしまったのです。
 子どもたちはもちろんのこと、大人たちもこれには再びびっくりしてしまいました。

 一寸法師はそこで、ズボンのポケットから拍子木(ひょうしぎ)を取り出し、「チョン、チョン」と鳴らして、
「オーケストラ、ストップ!」
 と叫びました。
 すると、楽隊の演奏がピタリと鳴りやみました。

「チョン、チョン、チョン。とざい、とーざい!」
 一寸法師は胸を張り、あたりを見まわしながら口上(こうじょう)を述べはじめました。
「さぁて皆さん! 皆さんは今まで、私を世界一の小さな男だと思って、お子さんたちまでが私と背くらべをしたりしてバカにしていましたが、ただいま私は——世界一の大きな男になりました!」なんと皆さんは、私の足もとにもとどかぬかわいそうな一寸法師となったではありませんか。
くやしかったらここへ来て私と背くらべをしてみなされ、エヘン。
チョンチョンチョン。
とざい、とーざい。
さぁて皆さん、この世界一の大男の一寸法師が、曲馬団一同になりかわって、ごあいさつ申し上げることと相なりました。
外でもござりません。
当曲馬団は、日本中はおろか、東洋中に名を知られた大曲馬団、大動物園でござります。
象、ライオン、虎をはじめ、動物の数が九十八種、曲芸の馬が十八頭、曲芸師が三十と六人、劇とダンスの少年少女が二十と八人、それに加えて世界的|大魔術師、世界的|猛獣使い、オーケストラが日本一、そうして、小生の私の我が輩の僕が、エヘン、日本一のいい男の一寸法師、チョンチョンチョン。
さぁて皆さん。
これらの面々が、いかなる芝居、いかなるダンス、いかなる曲芸、いかなる魔術、いかなる猛獣を演出いたしますか、今晩六時より当町御役場裏の大テントで相もよおすこととなりました。
これにつきましては、当町長さまはじめ、警察の方々さま、当町|有志の皆々さまから一方ならぬご後援をいただき、一同|感謝にたえない次第。
よって当初日は、そのおん礼といたしまして、大人小人各等|半額をもってごらんに入れることと相なりました。
なにとぞ皆さん、それからそれへとご吹聴下され、にぎにぎしくおはやばや、ぞくぞくとご光来ご観覧の栄をたまわらんことを、一座一同になりかわり、象の背中に平に伏しておんねがい奉るしだぁい。

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