馬車の上には、おりに入れられたライオンや熊がのせられています。
あの有名な象が、例の大きな布をかぶって歩いています。
それから、たくさんの少年少女たちが馬車いっぱいに乗っかっています。
最後に、いろんな荷物をのせた馬車が何台も続いて行きました。
いよいよ曲馬団は、汽車に乗るために駅の方へ引きあげていくのです。
その駅は、湖の岸に沿って一里(約四キロ)ほど北へ行ったところにありました。
新吉は火の見下ろしの柱の下にぼんやりと立ち尽くして見送っていましたが、もうじっとしていられないほど、さびしさがこみ上げてきました。
あの曲馬団が、今の自分のささやかな幸せを全部どこかへ持って行ってしまうような気がしたのです。
とうとう新吉は、曲馬団の後を追って走り出しました。
曲馬団といっしょにいたい、その一心だけで、ほかのことは何も考えられなかったのです。
顔も手も足も、まるで外国の子どものようにまっ黒に日焼けした鍛冶屋の見習い・新吉が、幸せに満ちた目をきらきらと輝かせながら、あかりのともり始めた町からたった一人で遠ざかっていく姿は、どう見ても尋常ではありませんでしたが、町の中でそのことに気づく人は一人もいませんでした。六
新吉は、曲馬団の荷物を積んだ馬車に追いつくと、後ろからこっそりとその隅っこに飛び乗りました。
空には星がキラキラと光りはじめました。
その星空をぼんやりと眺めながら、新吉は曲馬団の仲間に加わってからのことを、あれこれと想像しました。
思い描くことはどれもこれも、華やかで幸せなことばかりでした。
すっかり夜になってから、曲馬団の一行は停車場に到着しました。
「なんて言って頼んだら、仲間に入れてもらえるかな……」
新吉がそんなことを考えていると、そこへひょっこりと、赤いメリンスの着物を着た少女があらわれました。
馬乗りの少女ですが、着物をきているので、まるでふつうの町の女の子のように見えました。
少女は新吉を見つけると、
「おや、こんなところにまっ黒な子がいるよ」
と言いました。
新吉はどぎまぎして、馬車からずるずるとすべり下りました。
「お前さん、どこからついて来たの?」
「ぼ、ぼ、ぼくね……」と、新吉はしどろもどろになってから、「ぼく、曲馬の仲間に入りたいんだよ!」
やっとの思いでそれを口に出しました。
「いやーだ!」
そう言うと少女はくるりと背中を向け、走って行ってしまいました。
それから間もなく、少女はもっと年上の女の人を連れて、再び戻ってきました。
「お前、曲馬団に入りたいんだって? いったいどこから来たの?」
「昨日まで曲馬をやってたろう、あの町からついて来たんだ」
「それで、あんたの家は?」
「ぼく、鍛冶屋の小僧だよ」
「どうりでまっくろけの顔をしていると思ったわ。それで、だまって鍛冶屋を出てきちゃったんだね。なんて悪い子なの。親方に怒られるから、さっさと帰りなさいね」
「でもぼく、鍛冶屋へ帰るのはいやなんだよ! 親方もおかみさんも意地悪で、しょっちゅうひどい目にあわせるんだもの」
「曲馬団の中だって同じことだよ。ここなんてもっとつらいことばかりなんだから。ねえ、だからそんなつまらないことは考えないで、おとなしく帰りなさい。わかった?」
「…………」
新吉が返事に困っていると、
「おーい、時間だよ! ぐずぐずしていると、汽車が出ちまうぞ!」と大きな叫び声が聞こえてきました。
女の人は少女の手を引いて、改札口の方へと走って行ってしまいました。
やがて、曲馬団の一行を乗せた汽車は出発していきました。
一人あとに残された新吉はがっかりして、その場にぽつんと突っ立っていました。
まもなく、曲馬団の荷物は倉庫の方へと引っ張られていきました。
倉庫の前のレールには、貨車が三つほど引き込まれていました。
荷物は、象やライオンや虎、そのほかの動物たちといっしょに、その貨車に積み込まれていくのです。
それを知った新吉は、貨車の戸が開いているのを幸いに、暗い方からそっと忍び寄り、まるでネズミのように素早く、貨車の中へと飛び込みました。
七
そうしてとうとう新吉は、東京の北のはずれの町まで来てしまったのです。
はじめ、貨車の中に飛び込んだとき、新吉は隅っこで小さく丸くなっていました。
するとそこへ、なんと象が乗り込んできたのです。
これには新吉も飛び上がるほどびっくりしました。
うっかりすれば、象の足に踏みつぶされてしまうからです。
新吉は夢中になって子ネズミのように縮こまりました。
象は長い鼻の先でフウフウと息を吐きながら、新吉の頭や肩をそっと触ってみました。
新吉はもう生きた心地がしませんでした。
けれど、象はそれっきりおとなしくなりました。
「おや、ここに人間の子が寝ているぞ、かわいそうに……」
象はそう思ったのかもしれません。
そのうちに新吉は、そのままぐっすりと眠り込んでしまったのです。
「こら、小僧!」
大きな声が響いたので、新吉はびっくりして目を覚ましました。すると目の前に、洋服を着た体の大きな男が、目をぎろぎろと光らせながら立っていました。
この人こそ曲馬団の団長でした。
いつの間にか夜が明け、いつの間にか貨車は東京の北のはずれの町の停車場に到着していたのです。
象はすでに貨車から下ろされていました。
「おい、小僧」
団長はもう一度そう言うと、
「てめえ、曲馬団の仲間に入れてやろうか?」と、急にやさしい顔をしました。
「おじさん、ほんとに仲間に入れてくれるの?」
新吉は元気よく跳ね起きると、そう聞き返しました。
「ああ。おとなしく言うことを聞いて、そして一生懸命に働くなら、入れてやってもいいぞ」
「ぼく、一生懸命働くよ! 何だってするよ!」
「よしよし、いい子だ」
団長はにこにこしながら、新吉の頭をなでてくれました。
こうして新吉は、念願どおり曲馬団の仲間に入ることができたのです。
八
曲馬小屋は、町の通りへと、もう立派に建てられていました。
屋根にはイルミネーションが輝き、正面には金銀の垂れ幕が下がり、何本もの旗がにぎやかに立ち並び、それは新吉のいた町で見たものと少しも変わらない、見事なものでした。つい昨日までは、この小屋の中をのぞいて見ることもできなかったのに、今日の新吉はもう曲馬団の一員となっていて、この立派な小屋が自分の家なのです。
新吉は、あまりのうれしさに、これは夢ではないかとさえ思いました。
新吉はうれしさのあまり、おがくずの敷いてある円い演技場を、ぴょんぴょん飛びまわっていると、出入り口の垂れ幕のかげから、一人の少女と、それより年の上の女の人が出て来ました。
よく見ると、昨日の夕方、田舎の停車場でいろいろと新吉に忠告してくれた二人でした。
二人はちょっとおどろいたように目を丸くしていましたが、
「お前はとうとう仲間入りをしてしまったのね」
と年の高い方の女が言いました。
それからまた、
「もういやになっても、この仲間から出られやしないよ」
と言いました。
「ほんとねえ、かわいそうね」
と少女も同情するように言いました。
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