初級翻訳・桜の実の熟する時 第9話

島崎 藤村

どうしてこんなに足の甲が高くなっちゃったのかねえ」
「どうだ、俺の足なんてこれだぜ」
主人はセルの単衣(ひとえ)の着物をまくり上げ、太い腰のわりにキュッと小さく引き締まった足を、捨吉のほうに見せびらかすように突き出した。
「お父さんの足ったら、本当に人並み外れて小さいんだから」
と細君が笑った。
民助は奥座敷の縁側の近くで、主人と向き合うようにして座っていた。
コンコンと咳払いをするのが癖だった彼は、「自分たちが歳をとったことはそんなに気になりませんが、弘さんや捨吉がこんなに大きくなったのを見ると、本当にびっくりしますよ」と言って、またコンコンと咳をした。
「なんせ、『おばあちゃん、しもやけが痛いよぅ』って泣いていた捨吉が、もうこんななんだからねえ」
主人はふっくらとした体をゆさゆさ揺らしながら、おかしそうに笑った。

家族や親しい人たちだけの、温かいお祝いの宴が始まった。
昔の苦しかった頃のことを忘れないおばあさんも、隠居らしい上品な薄い羽織を着て、まだ子どもっぽく切りそろえたばかりの髪の後ろ髪をちょっぴり気にしながら、みんなと一緒に食卓を囲んだ。
「弘は、お兄ちゃんの隣にお座りなさい」
母親にそう言われた弘は、自分のごはん茶碗を捨吉の隣へとよいしょと持ってきた。
捨吉もちょっと緊張した面持ちで正座し、大好きな「おこわ」をごちそうになった。
食事がすんで、みんなで楽しそうなおしゃべりが始まる頃になると、主人はいつものように、なんだかお芝居の役者のような口調やしぐさ(仮白・かりしろ)が出始めるのだった。
お芝居の世界に関わるようになってから、それがすっかり主人の癖になっていたのである。主人は歌舞伎の「成田屋」のような雰囲気を持っていて、時々かっこいいセリフいまわしを真似たあとで、「成田屋!」と自分で自分の掛け声をかけることがありました。
そんなふうにおどける時は、主人の機嫌がとても良い時でした。
「弘、何か一つやってみせろよ!」
主人はやる気満々の表情で、息子にもお芝居の真似をするようにうながしました。
「やめなさいよ!」
細君(さいくん)は手に持った団扇(うちわ)で夫をたしなめるようにしながら笑いました。
「お父さんの真似をしてそんなお芝居ばかり覚えて、困っちゃうじゃありませんか。今に弘はお芝居の世界の人になってしまいますよ」
「この子がまた、すごく上手なんだからねえ」
主人は息子の自慢話を民助(たみすけ)に聞かせました。
「民助さん、こんなことあなたがたの前で言うのもなんですがね」とおばあさんも話に加わりました。
「どうもあたしは、この子が良すぎるくらい物覚えが良いのが心配でならないんですよ。米(こめ)も同じように心配しているんです。まあ百人一首なんかを教えてやりますだろ、すると二回か三回教えただけで、もうその歌をすっかり暗記しちまうんです……あなたたちの前で言うのも気恥ずかしいですが、本当に恐ろしいほど頭のいい子なんですよ……」
「弘さんは本当に利口ですからねえ」と民助が相づちを打ちました。
「だけど、あまりに記憶力が良すぎるのも心配ですよ」と細君が言いました。
「私の兄が子どもの頃は、ちょうどあんな感じだったそうですからねえ」
「奥さんのそのお兄さんは、二十二か三くらいで亡くなられましたろう。学問がものすごくできる人だったそうですがねえ」
主人は民助に向かってそう説明して聞かせました。
「実はね、私もおばあさんや米と同じように思わないわけでもないんです。ときどき弘の顔を見ていると、この子にはあまり無理に勉強させないほうがいい、田舎へでもやってのびのび育てたほうがいい、そう思うこともあるんですよ」
「そのくせに、お父さんは一番ものを教えたがるくせに――一番甘やかすくせに!」
細君がそう言ってクスッと笑いました。

若くして亡くなった細君の兄の話から、学問に夢中になりすぎたと言われた人たちの噂が、みんなの会話の中で次々と飛び出しました。
田辺家の親戚で、田舎にひっそりと暮らしている年老いた漢学者の噂も出ました。
平田派の国学に深く心酔していた、捨吉たちの父親の話も出ました。
「捨吉、そんなところでじっとかしこまって、何を考えているんだい?」
主人が励ますような明るい声で言いました。
「みんな、これからどんな大人になっていくんでしょうねえ」
細君は自分の子どもと捨吉の顔を見比べました。
おばあさんは首を横に振って言いました。
「捨さんの学校はキリスト教(耶蘇)だって言うからさ、そこがどうも少し気に入らないんだよねえ。あたしはどうも、あの『アーメン』って言葉が好きになれないんだよ」
「おばあさん、そんなふうにあれこれ心配していたらキリがありませんよ。これから英語を学ばせようと思ったら、他に良い学校なんてないんですから。捨吉の通っている学校なんて、先生はみんなアメリカ人なんですよ。朝から晩まで英語漬けだそうです」
主人はそう言ってから、捨吉の兄のほうをちらっと見て言いました。
「いつか、捨吉にも外国(洋行)に行かせてやりたいものですねぇ――お店の大勝の親分も、そう言ってくすぐってくれるんですよ――」
民助は言葉を返すかわりに、コンコンと咳をしたり、ニコニコと笑ったりしました。

記念すべき細君の病気全快の祝いの席であっても、主人はどうにかして捨吉の気持ちを盛り上げ、喜ばせようとしているように見えました。
将来は自分の右腕として、そして事業を受け継ぐ後継者にしたいという熱い望みを、遠い未来の夢にかけているようでした。

三

しかし、そんな楽しい田辺の家にいても、捨吉の心はちっとも晴れませんでした。
「お前はそんなところで何を考えているんだ」と田辺のおじさんに尋ねられたときも、自分が考えている本当のことを、他の人にハッキリと答えることはできませんでした。
それでも、彼は考えずにはいられませんでした。
「もう二度と近づくまい」と固く心に誓っていたはずの繁子(しげこ)と、思いがけず途中ですれ違ったあの日の出来事は、たとえ誰にも話さないまでも、あまりに深い感動として彼の胸に残り続けていました。
その記憶が、頭から離れなかったのです。
避けよう、避けようとしながらも、結局は避けられなかったあの瞬間の心の動揺と、言い表せないほどの切ない悲しみ――。
品川の駅の手前から高輪の方へ通う、あの人通りの少ない細い抜け道、その道端に生えていた草の色までも、彼はまだハッキリと思い出すことができました。
あの白いショール(肩掛)に身を包み、うつむき加減で乗っていった人力車(車)の中の人の姿さえも、鮮明に思い浮かべることができたのです。
あのとき一度だけ親しく言葉を交わした年上の女性が、何も言わずにすれ違っていった姿は、何を見るよりも強く、何を聞くよりも深く、まるで心の壁に描かれた絵のように、過ぎ去った日々の儚(はかな)さや物悲しさを彼に深く考えさせずにはおかなかったのです。

夏期学校がまもなく開かれるという日も、すぐそこに迫っていました。
その噂を耳にしたときから、捨吉は楽しみで心待ちにしていたのですが、暑中休暇で家に戻ってきてからまだ少ししか経っていません。

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