わたくしはこの通りすっかり酔っぱらってしまっておりまして、大変失礼とは存じますが、まあどうぞ少し気楽にして、一緒にのんびり花見をしようではありませんか。
わたくしは藤村と申しまする旅の者でございます。
そしてわたくしは西行と申す気まぐれ者でございます――」なんて言われてしまうと、それまでピンと張りつめていた心が急に狭く小さく、そしてなんだか切なく哀しくなってしまったが、よくよく考えてみればこの今のやり取りは、かねてから愛読していた『対髑髏(たいどくろ)』という物語の中の、蝸牛庵(かぎゅうあん)とお妙のやり取りとそっくりそのままではないか。
これもきっと、あの世の髑髏たちが仕掛けたイタズラの一種なのだろうか。
どうせなら、もっと切なくておかしな恋の物語でも語り合ってこそ、みやびやかで風流だと言えるはずなのに、これはまた何とも風流のかけらもない下品な髑髏(たわけ者)たちよと思いながらも、泥のついた草鞋を脱ぎもしないで、そのまま毛氈の端から足を投げ出し、「勝手に入り込むなどとはとんでもないお話ですが、それでは少しばかりお邪魔させていただきますね」と言うと、「はじめまして、まあまずは一杯!」と盃を差し出され、受け取るか受け取らないかのうちに並々と注がれたお酒からは、蘭麝(らんじゃ)のようなしめやかで懐かしい衣の香りがふわりと漂ってきた。
私は思わず息をのんで、ハッと我に返り、右手に持っていた盃をスッと下に置いて、こう言った。
「野暮を承知で申し上げますが。
――はい。
このようなお酒は、一口たりとも私の喉を通りませぬ。
――はい。
西行様。
――はい。
まったくもって、なんとも哀しいものを拝見してしまいました」銀の猫を投げ捨て、愛着のきずなを断ち切り、ああ、芭蕉の葉のように破れやすい我が身をいたわり、カゲロウのはかない命を悲しまれたというのは、いったい誰のことでございますか。
はい。
悲しみ、悲しみ、悲しみの涙を呑んで、十二因縁の生まれ変わりと巡り変わりの輪を断ち切り、幻、幻、幻の世の中にさまよい、二十五有(すべての迷いの世界)の生死のきずなをすっかり解きほぐし終えられたというのは、いったい誰のことでございますか。
はい。
院の御所で忠実に仕えていた昔、夏真っ盛りの厳しい暑さの中でも、額の汗をぬぐいながら一日中お庭の隅にかしこまり、
真冬の凍てつく雪の寒さの中でも、風や嵐を友として冷たい砂の上に横たわり、天皇の御心や息づかいを守り続け、ほんの少したりとも背くまいと振る舞われていたのに、世の無常という寂しい風に心を破られて、草を枕としては松のようにただ一人孤独に生きようとそれを悲しみ、ああ、この世はまあどうなろうと知ったことかと、満開の花に向かって涙をそそがれたというのは、いったい誰のことでございますか。
はい。
西行様。
はい。
円位様。
はい。
上人様。
はい、はい、はい、はい。
私が書き捨てた不要な紙くずなどを、いったいどうお読みになられたのでしょうか。
世間の皆様が口々に噂されるような、そんな立派な男ででもあったならば、
このように愚かな真似はしておりません。
はかないこの身。
露のような命。
西行のような風流人いったい何を分かっているというのでしょう。
お酒のお相手とあらば、
十杯や二十杯どころか、何百杯だって決して断ったりはいたしませんが、いやはやそのようなお世辞を言われましては、いったいどうお答えしたものか困ってしまいます。
「人生七十、古来稀なり」と申します。
露をいたみ、雨に悩み、たわいもない呼子鳥(よぶこどり)の風情に誘われて、草を枕に身をやつすなどというのは、およそまんまるな月を見たこともないような世間知らずの言うことです。
はっはっはっ、花を見てはただお酒を飲むまでのこと。
藤村さん、どうぞお許しくださいと、形もなしにそこにぐでんぐでんに酔い伏してしまった。
一人立ち上がり、二人立ち上がり、あちらの花を見に行こうと、一座の人々はみな立ち上がり、西行と、案内の女の子とお花と私を残したまま、盃や食べ物が散らかったままでもそのままで、かなたへと行ってしまった。
顔にちらちらとかかる花びらさえもどこか切なく、よし、そろそろ立ち上がろうとするのだが、
晴れやすく曇りやすいのは春の空である。
風が東から吹くとき、西へ散り落ちるものは花の雨である。
東へ散り、西へ落ち、南へも落ち、北へも落ちるものは、人間の心である。
今にも雨が降り出しそうな空模様のなか、「楽しさ極まれば悲しみ多し」とはよく言ったもので、うららかな花の下で風流を気取り、目の前の喜び、楽しみ、優雅なゆとり、歓楽は、いったいさいつ流れ去ってしまうのだろうと思う間もなく、一羽の鳥が鳴き渡り、目にするものすべてが雨に変わっていきそうな勢いとなった。
さすがにすっかり酔い潰れていた上人も、衣服に伝わる雨のしずくに驚かされたのか、激しい雨に打たれて起き上がられたのだが、右へ行こうとしては左へよろめき、左へ行こうとしては右へよろめき、普段は涼やかで尊いお顔の目が酒に濁り、顔は酔って赤々と染まり、その姿はまるで正気を失って狂っているかのようで、倒れそうになれば前に石があり、前のめりになれば後ろに石がある。
上人様!
それはあぶなうございますと、大声で呼びかけても耳には届かないようである。
雨が激しく風に散り、花びらに散る落花の中で、耳に入ってくるのはいったい何の声だろうと聞いてみれば、どうやら上人のご詠歌の声のようである。
惜しまれぬ身だにも世にはあるものを
あなあやにくの花のこゝろや
ああっ、倒れそうなお姿!
上人様!
上人様!
上人様!
それはあぶなうございますと、我をも忘れて鳥が飛ぶかのように駆け寄り、全身の痩せ細った力をふりしぼって後ろから抱きとめようとするのだが、悲しいかな、そのお姿は雨の中に消えうせてしまい、かわりに舞い立つものを見れば、一匹の蝶であった。
雷のような轟音を立てる花の雨が、激しく怒号して木の梢を折り、風がビュービューと吹き荒れては桜の花びらを吹き飛ばし、激しく吹きすさび、荒れ狂って、ついには破れた笠さえも奪い去られ、雨の音がようやく静まったころには、さっきまで胸をときめかせていた花の山も、寂しく悲しい谷底へと変わり、雲かと疑われた花の木々も鬱蒼とした老杉の林となり、桜が咲き散っていたあたりも枯れ果てたまま草の露が重く垂れ込め、山の雲、長い雲が、ぽつんと一人たたずむ松の梢を払って、広漠としただだっ広い谷間の空に飛び交い、めずらしい酒やごちそうを取りそろえ、「私の姿を鏡に映してみても、三月の春の花さえも恥じらうほどの美しさだわ」と、飲めや食べやと笑いざわめいていたあの花見の座も、今や古びた仏像が一つだけぽつんと安置されている荒れ果てたお堂の姿へと変わっていた。
さらさらと、かすかに耳の底に流れ入る水の響きがある。
その響きに近づいて、いったいいく何の音だろうと尋ねてみれば、岩の間から流れ落ちる一筋の苔むした清水であり、傍らの石に彫りつけられているのは、「露とくく、こゝろみに浮世すゝがばや」という句であった。
飛び上がるほどうれしくなり、これが夢ではないという証拠はこの名句ではっきりと明らかになった。
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