初級翻訳・山家ものがたり 第3話

山家ものがたり

凡庸な骨が静かな庵の守りとなり、ここから幾千年の春の移ろいと哀愁を見つめ続けたいと言うならば、一時代を築いた俳句の宗匠(達人)たる者、まさにこうあるべきだと誰もが感心するはずなのに、どうにも許しがたいのは、その路雪の隠された裏の顔である。
私は、彼の人生の裏側を誰よりも深く、詳細に聞いてしまったがゆえに、この吉野山に隠れ住んで自分には分不似合いなほどの財産をこっそり蓄えていたこと、西行菴を建て直したこと、句集を出したこと、そして今またこの亡き骸をそこに埋めてほしいという遺言を残したこと――それらすべての人間の執念や思惑の行き着く先がこれなのだと知って、なんともやりきれない悲しみがこみ上げてくる。東花坊(とうかぼう)の昔のことなどがふとしのばれて、急ぎ足で山道を登っていくと、春の柔らかな日差しが旅人の笠の上にふんわりと降り注ぎ、草鞋(わらじ)のつま先あたりがポカポカと温かくなってきて、空の色までがどこか言い知れぬ憂いを帯びているように感じられた。

人の墓や墳墓というものは、これほどまでに、その人の人生のすべてを雄弁に語りかけてくるものなのだ。
路雪のお葬式を見送って、山道を歩きながら私の心の中を行き交う思いとは、まさにこれなのであった。人を葬る墓と、その墓を隠すように生い茂る夏の草との間には、「夢」と名づけられた蝶がひらひらと現れ、昼夜を問わず飛び交っている。
墳墓という場所からは、疑い、恐れ、惑い、迷いといった名前のついた細い流れが幾筋もこんこんと湧き出で、行き先も分からないまま夏草の茂みを分けて流れていく。
ここから西行菴へ下る谷道だという。
自分で自分の笠の紐をきゅっと結び直して気合を入れ、あたりを見渡せば、春はまだこの谷底へはやって来ていないように感じられたが、谷間の桜は鬱蒼とした杉林の間にぼんやりと白く、進めば進むほどいかにも春めいてきて、さっきまでの寂しく悲しい山奥の景色とはまるで思えなくなってきた。
これは一目千本の方へ向かう道に間違いない。
いったいどの曲がり角で道を間違えてしまったのだろうと、案内の女の子に尋ねてみると、娘はふふっと笑って、むっつりとした表情のままスタスタと歩いていく。
ここはいったいどこの花の山なのだろうか。
うららかで心も浮き立つような山の景色の中、道を間違えてしまったのか、それとも迷い込んでしまったのかと、案内の娘の肩をぽんと叩いてみても、例のむっつりとした素知らぬ顔のままで谷を下っていく。
もしこんな山の中で案内の子にはぐれてしまったら、その時こそ東も西も分からない旅の身の自分はどうなってしまうだろう。
どれほど心細く悲しいことか。まあいいさと案内の娘にぴったりと寄り添いながら歩いていくと、歩けば歩くほどいよいよ不思議で、これが夢なのかうつつなのか分からない。あたり一面に咲き誇る満山の花の梢の美しさは言うまでもないが、こうして歩いているこの自分自身までが夢の中にいるのではないかと疑わしくなり、ふと見上げれば、花の色は雲のようであり、霞のようであり、空はうららかに晴れ渡って、草鞋の指先がますます軽くなってきたように感じられた。
「西行菴はどこにあるのだい?」と案内の娘に尋ねてみると、「ここがもう西行菴でございます」と言う。
屏風のようにそそり立つ花の山をぐるりと回り込んでみると、なんと、かなたの花の下に真っ赤な毛氈(もうせん)が敷き詰められており、その真ん中で一人の僧侶が、みめうるわしい大勢の女性たちとお酒を酌み交わし、珍しいおつまみなどをずらりと取りそろえて、実に楽しそうに花見をしている様子だった。
そっと案内の娘に向かって、「あそこにいるのは誰だろう?」と尋ねてみると、「あれ、あれ、あれが西行様でございますよ」と教えてくれた。
これは夢なのだろうか。
それとも、たぬきやきつねの化かした幻なのだろうか。
たぬきやきつねの仕業なのだろうか。
夢なのだろうかと思いながら、ほんの一瞬の間に何百何千もの疑いの気持ちが頭をぐるぐると駆けめぐり、そっと目を閉じてみると、そこには荒涼とした枯れ草の中に寂しげなたたずまいでぽつんと佇む木像の姿が浮かんでくる。東風が吹くときも、西風が吹くときも、頭の上から雷や稲妻が襲いかかるときも、ただ雨露をしのぐだけの簡素な西行菴の風情がありありと心に思い浮かぶのに、目を開けてみれば、なんということだ、酒を酌み交わしてワイワイと騒ぎ立てているその輪の中に、すっかり前後不覚に酔い潰れている僧侶の姿があるではないか。
そーっと、自分の眉に唾をつけながら、額越しにその姿をこっそりとうかがってみれば、その眉といい、目といい、口元といい、ありとあらゆる苦労を重ねてやつれ果てたその風貌は、まさにかねてから自分の心の中で描き続けていた西行円位(えんい)の大聖その人の姿であった。
迷っていたのだ、藤村よ。目の前にごちそうがずらりと並び、柳のような細い眉を描いて、体からムスク(蘭麝)の香りを袖に漂わせた女性たちを相手にお酒を飲んでいる人物だとは露知らず、わざわざこんなところまで遥々尋ねてきたことがなんとも悔やまれる。
これは夢なのか。
それとも現実なのだろうか。
現実なのだろうか。
それとも夢なのだろうか。
夢の中にいる人は現実の心を知らず、現実の中にいる人は夢の心を知らないと言うように、魂のすべてを何者かにごっそりと奪い去られ、何かを深く考えることすらすっかり忘れてしまい、理由もなく、理屈もなく、ぽろぽろとこぼれ落ちる涙は、手に持っていた笠の上へとパラパラとしみ込んでいった。
あまりのショックに二歩三歩と後ろへ下がり、そこにあった石の上に腰を下ろして、目をギュッとつむりながら口の中でごにょごにょと呟いたのは、うろ覚えに頭の片隅に残っていた杜甫の詩『自京赴奉先県詠懷五百字』の一節だった。
「中堂有仙神(ちゅうどうにしんしんあり)
煙霧蒙玉質(えんむぎょくしつをむう)
煖客貂鼠裘(かんきゃくてうそのおりぎぬ)
悲管逐清瑟(ひかんせいしつをつぐ)
勸客駝蹄羹(かんきゃくだていのかん)
霜橙壓香橘(そうだんこうきつをあつす)
朱門酒肉臭(しゅもんしゅにくくさく)
路有凍死骨(みちにとうしのかつあり)
榮枯咫尺異(えいこしせきことなり)
惆悵難再述(ちうちょうふたたびのぶるにかたし)」
(※テキストの漢字表記に準拠)

「さあさあ、こちらへお出でなさいよ」と手を引っ張られて引き起こされ、ハッと驚いてあたりを見回すと、どうやら宴会の一員らしい人物で、時ならぬ着物の香水(袖の匂い)までがいかにもなまめかしく感じられた。
体中をブルブルと震わせながら立ち上がり、「行くものか」とその場から逃げ出そうとすると、宴会に集まっていた人々が一斉に振り返ってこちらを見る。我ながら、長旅でボロボロになった羽織のほころびや、草鞋のほつれ、破れた笠といった自分の姿が、あの美しく優雅な花見の人々の華やかな装いとはあまりにも不釣り合いで気恥ずかしく、無理やり毛氈の敷かれた場所へと引っ張られていった。
「花見の席に身分の高いも低いも、大人も子どもも関係ありませんよ。

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