初級翻訳・山家ものがたり 第2話

山家ものがたり

松や杉の梢のあいだに身を隠しながら、まるで「友達が見つかったぞ!」と言わんばかりに、惜しみなく美しい声を響かせている――いったい、この声はどこの谷の入り口から鳴り響いてきたものなのだろうか。杉の丸太をかついで山を下りていく木こりの姿が見えた。あれはどこへ行くのだろうと、案内をしてくれている女の子に尋ねてみると、「あれは吉野川へ行くんです」と教えてくれた。
「さあ、このあたりでちょっと一休みしようか」と木の切り株に腰を下ろし、笠の紐がほどけていたので結び直そうとしたとき、ふと坂の向こう側をお葬式の一行が通り過ぎていくのが見えた。白いちょうちんが、菜の花のあいだに隠れたり見え隠れしたりしている。
「あそこに見えるのは、いったい誰のお葬式なのだろうか」と案内の娘に尋ねてみると、それは当時、世間にその名を知らぬ者のいない美濃派の有名な俳句の達人・路雪(ろせつ)の、お墓へと向かうお見送り(野辺送り)の儀式なのだと分かった。
なんと、あの強気で風流に生きたちょっぴり尖った人生を歩んだ路雪も、美しき吉野の桜の花の下でパッと散り果ててしまったのだ。なんとも惜しいことだ。世間をすっかり捨てて隠居したというわけでもなく、いつの間にか吉野の草深い庵に引きこもり、人知れず風流な世界にどっぷりと浸かっていると聞いていた。思えば、走り書きされたような短い句が一枚あるだけでも、物好きな人たちのあいだではものすごくもてはやされているというのに、自分のような者でさえ、その名前を聞いたことがあるだけで、まだ名句の一つすら見たことも聞いたこともないというのに、なんだかとても惜しいような、胸が締め付けられるような心地がするのだった。
しかし、案内の娘はどうしたことか、顔の色がサーッと青ざめて、今まで口をへの字に曲げてあまり喋らなかったのに、急に口を開いた。「東京のお客さま、かなしいことがございます……」と言うのだ。
それまで口を閉ざして、「あの山は何という山ですか?」や「あの煙は何の煙ですか?」と尋ねても、まともに返事すらしなかった案内の無口な女の子が、その無口なお花ちゃんが、いま急に口を開いて、年齢には似合わないほどしっかりとした言葉づかひで話し出すものだから驚いた。そして耳を傾けて聞いてみると、その亡くなった宗匠(路雪)の、人には言えない秘密のとんでもない悪事が次々と明かされていくのだった。

あぁ、なんと悲しい話を聞いてしまったことだろう。
案内をしてくれている娘・お花ちゃんの家は、もともとはそれなりの財産があり、この吉野の里でもゆたかな暮らしを営んでいた家だった。しかし、父親が二年前、「京都見物に行ってくる」と家を出てからというもの、人が変わったように遊びほうけて身を持ち崩し、ありとあらゆる家財を酒や遊びで飲み潰し、ついには姉娘の着物まで売り飛ばしてしまった。それだけでは満足できず、穏やかで優しい母親まで家から追い出し、京都から連れてきた怪しげな女を家に引き入れて、「もっと飲め、もっと食え」と、明日をも知れぬ気狂いのようなどんちゃん騒ぎの毎日を送っていたのだという。
すっかり落ちぶれて、とうとう吉野川で鮎を取る漁師にまで身を落とした父親が、「二十円の金を返せ」と無理難題を言い、それが無理なら「姉娘をよこせ」と、あの路雪からしつこくせがまれていたというのだ。父親や新しい母親からの毎日の厳しい折檻(せっかん)はあまりにも耐えがたく、かといって、あんなにも欲深く非道な路雪ごときに自分の大切な身を汚されてたまるものかと、すべての悲しみを一身に背負った彼女は、自分の流す涙で袖を濡らしながら、吉野川へ身を投げたのだという。その悲しい夜から、まだ百日も経っていないのだと彼女は語った。
あまりのショックに言葉を失い、体をブルブルと震わせながら、しばらくの間、案内の娘の顔を見つめてしまった。しかし、ちょうどその時、お葬式の行列がすでに目の前まで近づいてきており、声を出すこともなく私たちの前を通り過ぎようとしていた。
よく見ると、白いちょうちんのロウソクの光が、昼間であるにもかかわらずどこか薄赤くぼんやりとしていて、ひっそりと寂しげな雰囲気をただよわせている。金色や銀色にきらめく蓮(はす)の花の飾りが、太陽の光に照り輝いているというのに、美しく飾り立てられた葬具のすべてが、かえって悲しみをそそる種のようにしか思えない。

棺の後ろに付き添って、黄色い衣をまとい、まるで水面にぽつんと浮かぶハスの葉の上の露よりもなお目立って、一片の塵(ちり)すら感じさせないような、いかにも徳の高いお坊さんに見えるあの人は誰だろうと、案内のお花ちゃんに尋ねてみると、「あれは上市村とかいうところの和尚様です」と教えてくれた。
次に、黒い紋付きの羽織を着て、右手に扇子を持ちながら、腰を少し屈めて歩いているあの人は誰だろうと尋ねると、「あれはこの里の村長様です」と言う。
僧侶のような服(十徳)を着た人と、茶色の羽織を着た人のあいだに挟まれて、金縁の眼鏡をかけているあの人は誰だろうと尋ねると、「あれはこの村の乞食から成り上がって、いまや京都の四条とかいう場所で大金を貸している金貸しです」とのことだった。
目元が涼しげで肌の色も白く、なまめかしく美しい姿をして、うつむきながら歩いているあの人は誰だろうと尋ねると、「あれはこの村の小学校の先生です」と言う。
羽織の折り目がきっちりと正しく、どこか悲しげに空ばかりを見上げて、まわりを気にする様子もなく一人で歩いているあの人は誰だろうと尋ねると、「あれは隣村の漢文(漢字・中国の学問)の先生です」と答えた。
棺の飾りから、白いちょうちんの光、お供えの花の色に至るまで、じっと細かく見極めながら歩いているあの人は誰だろうと尋ねると、「あれはこの村の画家で、年はまだやっと二十一歳です」とのことだった。
肌の色が浅黒く、顔立ちがどこか凄まじく、一歩歩くごとに「南無阿彌陀佛、南無阿彌陀佛、南無阿彌陀佛」と声に出して唱えながら歩いているあの人は誰だろうと尋ねると、――あれこそが、我が親、吉野川の鮎取り漁師である父親なのだと教えてくれた。

お葬式の行列はなんとも悲しげに、やがて私たちの前を通り過ぎていき、先頭をゆく白いちょうちんの光が山の峰の向こう側にすっぽりと隠れて見えなくなったころ、私はようやく気持ちを立て直し、服の塵を払って立ち上がった。
思えば、なんとも皮肉でおかしな話だが、それが路雪という人間の風流な生き様というものなのだろうか。
吉野山の西行菴(さいぎょうあん)が二度も火事で燃えてしまい、誰も再び建て直そうとする人がいなかったというのに、自分のこれまでの人生で書き殴った使い捨ての裏紙(反古)をかき集めて、形ばかりの西行菴を建て直したという人物は、まさに彼(路雪)その人であった。
案内の娘の話によると、それが彼の生前からの強い望みであったため、西行菴のそばに自分の亡き骸を埋め、この場所に美しい石の塔を建ててほしいという遺言を残したのだという。

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