初級翻訳・海底大陸 第18話

海底大陸

何万、何億と言いたいほどの大群でクーパーを取り囲んでいるのです。まるで野球のシーズン中に球場へ行って、グラウンドの真ん中へ座り込んでしまったかのような光景でした。怪物たちは大きな目玉をぐるぐると回して、クーパーの方をじろじろと見つめています。さあ、これから一体何が始まるのでしょうか。

聞こえるひも

怪物の捕虜になったクーパー事務長は、もう観念しました。彼はもともと頭がよく、落ち着きがあり、そして不撓不屈の精神を持った紳士でした。アングロ・サクソン人種の持つ最もよい性質を兼ね備えた人物です。クイーン・メリー号が遭難して以来の、彼の涙ぐましい奮闘ぶりには、仇敵といえども拍手を送らずにはいられないでしょう。メリー号の乗組員の中で、彼ほどしっかりとした人物は他に見当たらなかったのですから。そのクーパーでさえ、自分の知識ではどうすることもできない水母の化け物のような怪物団の前に引き据えられ、完全に観念して目を閉じました。これ以上、立ち上がって争ってみても無駄だと思ったのです。
するとそのとき、一匹の怪物が、正面の一段高いところに鎮座している、やや体の大きい王様のような怪物――後にわかったことですが、やはりあれが王様だったのです――と何か話を交わしていましたが、やがて妙なひもを持ってクーパーのところへやってきました。そのひもは、何とも不思議な形をしていたのです。それは長いゴム管のようで、ところどころにソーセージのようなふくらみがついていました。そしてその先には、毛のようにふわふわしたものがついています。
その怪物はクーパーのところへ近づくと、そのひものもう一方の端をとり、彼の耳の後ろへ貼りつけました。
すると不思議なことが起こりました。
いままでガヤガヤと騒いでいるだけで、何を言っているのかさっぱりわからなかった怪物たちの声が、急にはっきりと聞きとれるようになったのです。
声が聞こえるだけでなく、怪物たちが話している言葉の意味まで理解できるようになりました。この長いひもは、海底超人国でつくられた奇妙な受話器だったのでした。これさえあれば、超人語が他の生物にもわかるようになる、たいへん不思議な道具だったのです。

「どうも見るからに、あいつはみにくい格好をしているじゃないか。いやあ、気持ちが悪い」
「なんだか体のあちこちが突っ張っていて、節のところだけが動くんだ。われわれみたいに、どこでも自由に動かせないみたいだな。どう考えても下等動物だよ」
「あのふわふわしているのは、触覚のある鞭毛(べんもう)かと思って最初はびっくりしたが、そうじゃない。あれは何の役にも立たないものさ。いや、まったく化け物みたいだなあ」

そんな声が、しきりにクーパーの耳に入ってきます。誰のことを言っているのかと最初は聞き流していましたが、よく考えてみると、その嘲笑されている当人というのがほかならぬクーパー自身のことだと分かり、あきれて物も言えません。
(下等動物だの、みにくい化け物だのと言うが、あいつらの方がよほど化け物じゃないか)
と、クーパーは憤慨してみましたが、なにしろ多勢に無勢、どうすることもできません。彼らは自分たちの化け物のような姿に見慣れているため、初めて見る地上の人間の姿が変に思えてしかたがないのでしょう。どうも情けないことになってしまったものです。

そのうちに、一匹――というか、一人というか、とにかく海底超人がクーパーの前へやってきて、ちょこなんと座りました。
「いかがですかな。わたしが喋っている言葉が、あなたに通じているでしょう。さあ、返事をしてみてください」
その言葉は、クーパーにはっきりと聞きとれました。たいへん丁寧な口調でした。クーパーは少し気をよくしました。
「さっきから、あなたがたの話がよくわかるようになりました。ずいぶん、ぼくの悪口を言っている人がいますね。みな聞こえていますよ」
するとその超人はあわてて後ろを向き、こちらをジロジロ見ながら悪態をついている連中の方に、手で何やら合図をしました。それは彼らを叱っているようでした。そうしておいて、超人は再びクーパーの方へ向き直り、
「いや、どうしようもないのですよ、あの子供たちは」
「はーん、あれは子供なんですか」
「そうです、子供です。まだ体の発育期でしてね、礼儀も何も教えていないんです」
「ははあ、この国でもやはり礼儀なんてものを教えるのですか」
「もちろんです。世の中はすべて礼儀から出発しなければ、うまく治まりません。――ところで、王さまアトラ殿下が、ぜひあなたにお会いして、いろいろ伺いたいとおっしゃるのです。向こうへ行って、お話を聞かせてくれませんか」
そう言って超人は、向こうを指さしました。高い台の上では、王さまアトラ殿下が、大きな頭を重そうにぶらぶらと振りながら、クーパーの方を見ていました。
「よろしい、行きましょう。しかし、言っておきますがね、わたしを見世物扱いにするのはやめてください。無礼なことをされたり、また危害を加えられるようなことがあれば、わたしは人類の名誉のために、命をかけても戦いを挑みますよ。いいですかね」
と、クーパーは少し強気なところを見せました。
「そんなことはありません。失礼のないように十分に心がけます。わたし――外務大臣ランタの名誉にかけて誓います」
「そうですか。それならいいのです」
外務大臣ランタは、そこでクーパーを連れて、王さまアトラ殿下の前へ出ました。
「殿下。人間の代表者を連れてまいりました。名前はクーパー。あのクイーン・メリー号の事務長を務めている、なかなか礼儀正しい人物であります」
と紹介をすると、デカ頭の王さまは、ますます頭を左右に強く振りながら、
「ああそうか。こっちへ近寄って大いにくつろげ、と言ってくれ」
ランタはクーパーの方を振り返って、
「お聞きのとおりです。さあ、ここへ来て十分くつろいでください」
と言って、王さまの前にある、ぶよぶよした座布団のようなものを指しました。さて、いよいよ海底超人の王さまとクーパーの奇妙な初対面が始まることとなったのです。

「おお、クーパー君か。苦しゅうない。」「もそっとこちらへ」
 クーパーは笑い出したいのを必死でこらえました。
 海底超人の王さまという生き物は、まるで時代劇のような言葉遣いをするのです。
「やあ、わたしがクーパーです。お招きいただき、大変光栄です。ですが、まずご挨拶よりも先に申し上げなければならないことがあります。それは、あなたがたが『クイーン・メリー号』を暴力によって、いつまでもこんなところに閉じ込めていることです。これは一体どういうことですか。責任ある説明を伺いたい。さもないと、メリー号を預かっているわたしとして、イギリスへ帰ってから申し開きができません」
「はっはっはっ。うるさいことを言うやつだ。そんなに目を三角にしないで、ほがらかに面白く遊んでいったらどうだ。きみたちは、どうも乱暴でいかんね」
「乱暴? 乱暴とはどっちのことです。大西洋を穏やかに航海しているわがクイーン・メリー号を、こんなところへ引っ張り込むなんて、怪しからんではありませんか。

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