初級翻訳・海底大陸 第19話

海底大陸

一体ここはどこなんです」
 クーパーは、まだここが大西洋の海底大陸だとは知らないので、まずはそんなことを聞きたがったのです。
「まるで、きみに反対に尋問されているようだな。ここがどこであるか、それはきみがいま見ているとおりだ。それよりもわしは、きみたちの生活が知りたい。きみたちは、あのような小さな動くもの(船のことらしい)に乗って、なにをしているのかね。なぜ、じっとして一つところにとまってはいないのかね」
 クーパーは、からからと笑い出しました。
「あっはっはっ。やはりあなたがたは、人類の偉大さを知らないんだ。人類はあなたがたよりずっと賢明ですよ。海の上を走ることもできるし、空を飛ぶこともできる」
「ああ、あの空を飛ぶのか。ときどき妙なものが空中を飛んでいるのが見えるが、あれもきみたちの仲間の仕業か」
「そうですとも」
 と、クーパーは少し鼻が高くなりました。
「まだ驚くことがたくさんありますよ。陸の上には自動車が走る――」
「陸というと、――」
「え、陸を知らないんですか。つまり、あなたがたがこうして住んでいるような場所が、海の上に高く突き出しているのが陸です。それは大変広い」
「うむ、どのくらい広いのかね」
「どのくらい広いといっても、簡単には言えません」
「この広場の何倍くらいあるかね」
「この広場の何倍? さあ何倍というか、百万倍の百万倍の、そのまた百万倍の百万倍くらいはありますよ。人間だって大した数です。ざっと数えても五百億人くらいはいますぞ。それからまた――」
 と、クーパーがしきりに喋っているとき、どうしたものか、急に辺りが騒がしくなりました。

 何事だろうと思ってクーパーが顔を上げると、そこへ駆け込んできた十四、五名の超人が王さまの前にぴたりと座り込みました。
「た、大変です! 失踪されていたロロー王子さまがお帰りになりました。海底第一門のところへ、いまお帰りになりました!」
「なに、ロロー王子が帰ってきたというのか。それは驚いた。早くこっちへ来いと言え。あいつは長い間、一体なにをしていたのだろうか。おい、早くしろ!」
 と、王さまはクーパーのことなどすっかり忘れて、急にそわそわし始めました。失踪していたロロー王子のお帰りというけれど、この国にも失踪なんてことがあるのかと、クーパーは呆れてしまいました。
「それが王さま、その……お客さまを三人連れてこられたのでございまして――」
「客を連れてきた? 何者だ」
「やはり人間らしく見えます。大きいのが二人に、小さいのが一人です」
「なんだ、今ごろ人間を連れてきてもダメだ。こっちの方がすっかり先にやっているわい。ロローにそう言え。『おまえなんか、もう帰ってこなくともいい』って」
 と、王さまは急に不機嫌になりました。すると、このとき外務大臣ランタが進み出て言いました。
「王さまに申し上げます。ロロー王子殿下は、人間を捕まえるのにどれほど苦労をなされたかわからないのでございます。ただわずかばかり遅れたというだけで、ちゃんと三人も連れてお帰りになったのですから、さすがは王子さまであると、臣下一同は感嘆申し上げている次第でございます。ぜひともどうか、お迎えになりますよう願いまする」
 すると王さまは、また急に機嫌がよくなって、
「そうか、おまえをはじめ臣民一同が、王子の勇敢な旅行を褒めているというのか。では、それに免じて入国を許すとしよう。ロローにすぐこっちへ来いと言え」「それから、人間も連れてくるようにいいつけるんだぞ」
「ははっ、ありがたいしあわせでございます」
 そういって外務大臣ランタは、王さまの機嫌が変わらぬうちに、門の方へ駆け出していった。
 やがて奏楽の音が聞こえてくると、いよいよ王子ロロー殿下がこの広場へ入ってきた。
 クーパーは王子とはどんなやつかと思ってその方を見ていると、そこへ入ってきたのは、妙なマスクをしてゴムの服を着た人間と、そのあとに東洋人の大きいのと小さいのがひとりずつ、そのまたあとに白人がひとり、入ってきたので、「ありゃりゃ」と驚いた。

三人の客人

「おお、あの少年はボーイの三千夫じゃないか。おーい。三千夫、三千夫!」
 クーパーは、我を忘れてその場に立ち上がり、こっちへ降りてくる少年の方に手を振った。
 驚いたのは三千夫だ。みょうちきりんなタコの化け物みたいな動物が、うじゃうじゃ固まっているその中から、いきなり英語で自分の名が呼ばれたものだから、肝をつぶすのも道理であった。
 だが、その声のする方を見れば、これぞ見覚えのある人物――自分をよく可愛がってくれたクイーン・メリー号の事務長クーパーだったから、こんどは嬉しさに胸がぐーっとつまった。
「ああ、クーパー事務長! ぼく、三千夫です。よく生きていましたね!」
 三千夫は階段をころがるように降りて、クーパーの胸にぱっと飛びついた。
「おお、やっぱり三千夫か。よく来てくれた。おまえに会えて、ぼくは……ぼくはどんなにか嬉しいぞ。おまえは急に船上から姿を消したが、一体どうしていたんだ」
「ぼくですか。ぼくは気がついてみると、海上を漂流していたんです。そしてフランス汽船ルゾン号に助けられたんです。そうです、クーパー事務長。そのルゾン号はいまもクイーン・メリー号を捜索するために、ちょうどこの真上の洋上をただよっているのですよ」
「ええっ、この真上の洋上というのかい。一体ここはどこだろうねえ」
 クーパーは三千夫をひしと抱きしめて、離そうともしない。そうであろう。彼は知りたいと思っていた遭難当時の模様がいま三千夫の口から漏れてくるので、まるで飢えた者が食を求めるような騒ぎであった。
「クーパー事務長、あなたはまだ知らないのですか。ここは大西洋の海底ですよ」
「大西洋の海底だって? いや、そんな馬鹿なことがあるものかね。海底だというが、海底なら海水につかっていなければならない。ところがここには空気があるばかりで、海水なんかどこにも見えないよ。海底ではない」
「そうじゃないですよ、クーパーさん。海水はないけれど、大西洋の海底には違いないのです。海底のそのまた底に、こうしたアトランタという国があるのです。もっともこの国の生物は、海水に住んでいた動物から進化したので、軟体動物みたいな形をしていますが、いま、海底大陸の空気洞の中に入って、空気を吸って生きているのです」
「なんだか知らないが、おまえもなかなか学者みたいな口をきくようになったね」
「え、クーパー事務長。それは海底大陸の研究大家である長良川博士に教わったのですよ。ぼくは長良川博士とご一緒におここへやってきたのです。それからパリ大学のドン助教授も一緒ですよ。ほら、あれをごらんなさい」
 といって、三千夫少年はクーパーに、かなたに立っている人物を指した。

やさしい博士の心

 クーパーが驚いて、目をあげてそばを見ると、さっき姿を見かけた東洋人と白人とが、謹厳な顔をこっちへ向けていた。
「やあ、あなたがたは、メリー号を助けに来てくださったのでしょう。ぼくはあなたがたに、お礼を百ぺんもいいますよ」
 そういってクーパーは、ふたりの手を代わる代わる強く振って喜んだ。
「クーパー事務長。

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