そのとき、かすかに部屋の空気がゆれて、だれかが部屋をでてゆくけはいがした。
が、やはりだれもいないのだ。
「金貨はなくなっていますよ」
夫人がさけんだ。
「うん、ろうそくだってともっている。
だれかがこの部屋にいたことはたしかだよ」
「こんなおかしなことって、あるものでしょうか?」
夫人は歯をがちがちいわせて、ふるえていた。
と、またもや、廊下で大きなくしゃみがきこえた。
「いるぞ」
牧師は、はじかれたように廊下にとびだした。
あらあらしい足音は廊下をかけぬけ、台所のうら口のかんぬきを、らんぼうにひきあけているらしい。
牧師が台所にとびこんだしゅんかん、戸はあけられ、かすかな人のけはいが外へむかってかけだしたようだった。
しかし、牧師の目には、やはりなにも見えなかった。
牧師と夫人は、まっさおな顔を見あわしたまま、いつまでもいつまでも、じっと立っていた。
姿のないどろぼうが牧師館におしいったといううわさは、その日のうちに、アイピング村じゅうにひろまっていった。
家具がおどる
牧師館が姿のないどろぼうにひっかきまわされていたころ、黒馬旅館の女あるじホール夫人は、
「おまえさん、起きてくださいよ。
ぐずぐずしていてはこまりますよ」
さかんに亭主のホールをたたき起こしていた。
二人は、お手伝いのミリーよりも早く起きて、いつものように穴蔵にしこんだビールにサルサ根からとった液をまぜ、いちだんと味をよくしようというのだ。
おかみさんは、まだ寝ぼけまなこをこすっているホールをひったてて、穴蔵におりていったが、
「おや、サルサ根の液のはいったびんを持ってくるのをわすれたよ。
ちょいとおまえさん、大いそぎでとってきておくれよ」
「よしきた」
ホールは気がるにひきうけ、じぶんの部屋からいいつかったびんをとりだし、穴蔵へゆく階段をかけおりようとした。
「おやっ! 玄関のとびらのかんぬきがはずれているぞ」
ホールはびんを片手に、ぽかんとドアの前につったって、ゆうべたしかに玄関のドアはしめたはずだ、と思った。
「そうだ。
おれがろうそくをもって、うちのやつが家じゅうの戸じまりをしてまわったんだから、まちがいないな。
それに、はて、あの客の部屋の戸もあいてたようだったぞ」
ホールはそのまま、おくへひっかえして、客部屋のドアをおしてみた。
案のとおり、ドアは苦もなくひらいた。
客の姿はどこにもみえない。
ベッドの中はもぬけのからで、ぬぎちらした服があたりにちらばっている。
ホールは、おかみさんのところにかけおりていった。
「おいおい、ジャニイや、ヘンフリイが言ったとおり、あの客は大悪党らしいぜ」
おかみさんは、それをきくとかんしゃくをおこしてどなった。
「なにをねぼけたことを言ってるのさ。
しっかりおしよ」
「ねぼけてなんかいねえよ。
客は部屋にいねえし、玄関のかんぬきははずれているんだ。
が、やつの服は部屋にほうりだしてあるんだが」「とすると、はだかででかけたのかな?」
「おまえさん、それはほんとの話かい?」
「ほんとうとも……信じないなら、おまえ、じぶんの目でみてみな」
おかみさんは顔いろをかえ、とっとっと階段をのぼっていった。
ホールはあとにつづいた。
穴蔵の階段をのぼって一階にでたときだった。
大きなくしゃみが、近くできこえた。
おかみさんはホールのくしゃみだと思い、ホールはおかみさんのだと考えて、おたがいに気にとめなかった。
「あら、ほんとにいないわ。
へんだねえ、どうしたってんだろう」
おかみさんは、さっさと部屋にはいりこんで、ベッドにさわりながらさけんだ。
そのとたん、すぐうしろで、くすんくすん鼻をすする音がした。
おかみさんはすこしも気づかなかった。
「おまえさん、ちょっときてごらんよ。
まだ夜あけ前だってのに、このベッドは起きてから一時間もたってるように、すっかりつめたくなってるんだよ」
「どれどれ」
ホールも、おくればせに近よってきた。
このときだった。
世にもふしぎな、だれに言っても信じてもらえそうもないことが、とつぜんに起こりはじめた。
まずさいしょは、ふとんがくるくるとまかれ、ぱっとベッドの外にとびだした。
つぎには柱にかかっていた帽子が、きりきりとちゅうに舞って、二、三回転したかと思うと、矢のようにおかみさんの顔めがけてぶつかってきた。
「ああっ!」
おかみさんが帽子をさけようと、右にむいたとたん、こんどは洗面台のスポンジがとんできた。
つぎはズボン、そのつぎは服、恐怖に顔をひきつらして、かの女が部屋をうろうろと逃げまどうと、どこからともなく、からからとあざ笑うつめたい声がきこえてきた。
さいごに、いすがすうっと宙にうかんだ。
とみるまに、おかみさんめがけて、すごいいきおいで飛んできた。
「たすけてっ!」
おかみさんは悲鳴をあげて、にげまどった。
いすはおかみさんの背中にぴたっとくっついた。
「あれっ! たすけて、だれかきて!」
なきさけぶおかみさんを、いすはぐいぐいとおし、部屋の外につきだした。
ホールは這うようにして、いっしょに外にころがりでた。
ばたんと、二人のうしろでドアがいきおいよくしまった。
二人が命からがら、台所まで逃げのびると、お手伝いのミリーがかけつけてきた。
やっとこさでじぶんの部屋におちついたとき、ホール夫人は、うわ言のように、
「ゆうれいだわ、きっとそうだ。
そうでなければ、いすやズボンが、まるで生き物のようにとび歩くはずがないわ。
ホール、すぐに玄関のかぎをかけてちょうだい。
あの男が帰ってきても中へ入れないように、早く、早く」
「ジャニイ、気をしずめなさい。
ほら、これをぐっとひと口のんでごらん。
ずっと気分がしずまるから」
ホールがうろうろしながら、気つけ薬をおかみさんの口におしあてた。
「へんだ、へんだと思っていたんだけど……やっぱりあの男はわるい魔法をつかうんだわ。
おっかさんの代からのだいじな家具に、悪霊をふきこんだんだわ。
でなければ、いつもおっかさんが腰かけていた、あのなつかしいいすが、わたしに飛びかかってくるはずがないわ」
「さあ、ジャニイ、もうひと口飲みなよ。
おまえはえらくこうふんしてるよ」
ホールが一心になだめた。
やがて夜がすっかり明けはなれ、明るい太陽の光がまばゆくかがやきはじめると、黒馬旅館には、鍛冶屋のウォッジャーズ、雑貨屋のハクスターがよび集められた。
しかし、だれひとり、この奇怪な話をきいて、これからどうすればいいか、はっきりと言える者はいなかった。
相談はおなじところをめぐって、いつまでたってもらちがあかない。
ついに、ウォッジャーズがホールにむかって、
「これはやはり、おまえが客人の部屋にいって、どういうわけでこんな奇怪なことが起こったのか、よくよくわけをきかしてもらってくるのが、いちばんいい方法じゃないかね」
と言いだした。
これには、すぐにみんながさんせいして、お人よしのホールは、のこのこと客の部屋にでかけていった。
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