「お客さま、ちょっとうかがわせておもらい申してえだが――」
ホールがまのびした声をかけた、とたん、
「うるさい、でてゆけ!」
すさまじい声といっしょに、ホールは胸ぐらをどーんとつかれて、ばったりたおれた。
魔術師か?
り、りりりーん! もうれつな勢いでベルがなった。
これで三度目だ。
あの化けものの客部屋からである。
「なんどでもならすがいいわ。
だれがいってやるもんか。
あんな男は悪魔に食われて死んでしまえばいいんだ」
おかみさんは、長いすによこになったきり、にくにくしそうに言って、起きあがろうともしない。
あれっきり客の部屋にはよりつく人もない。
おかみさんは朝食をもってゆかなかった。きっと客は、腹をすかせて弱りきっているのだろう。
昼ちかくになると、おかみさんはいいにおいをたてて、じゅうじゅうと肉をやきはじめた。
たまりかねた男は、台所の戸口にたって、
「おかみさんはいないかね? すぐに、へやへきてくれ」
はや口に言って、姿をけした。
「ふん、お呼びかね」
おかみさんはうしろ姿に毒づきながら、ちょっと考えて、勘定書をひょいと盆の上にのせ、客のへやにはいっていった。
「お勘定でございますか?」
盆をつきつけながら、おかみさんはすまして言った。
「なにを言ってるんだ。
だれが勘定だといった。
ぼくはまだ朝食もくってないんだぜ。
なぜ、ぼくの食事の支度をしてくれないんだ。
ベルをならしても知らんぷりだ。
ぼくは仙人じゃないぞ。
飯もくわずに生きていられるか」
「おやおや、お食事のさいそくでございますか? では、わたくしにもさいそくさせてくださいませ。
お勘定をしていただきたいんです」
「三日まえに言っただろう。
まだ金を送ってこないんだよ」
「あたしは二日まえに、ちゃんと申したはずですわ。
これいじょうお金を送ってくるのなんか待っていられないんです。
あなたさまは朝の食事がほんのすこしおくれたからついて、がみがみとお叱りになりますが、あたしどもはもう、五日もお勘定をまっておりますよ」
「な、なにを言うんだ。
人をぺこぺこな空きっ腹にさせておいて……け、けしからん。
じつにけしからん」
「けしからんのは、そちらですよ。
食事のさいそくをなさるくらいなら、さっさとお勘定をはらってからにしていただきたいですね。
わたしのほうが、よっぽどさいそくしたいですよ」
この言葉は、さすがに男の心にぐさりとつきささったらしい。
男はにわかにおとなしくなり、
「まあ、そう腹をたてないでくれたまえ。
じつは、ないと思った金が、おもいがけなくポケットの中にすこしばかり残っていたんだ」
「ええっ!」
とたんにおかみさんの頭に、さっき村の人がかけこんで話したばかりの牧師館のどろぼうのことが、さっと頭にひらめいた。
なんとなく思いあたるものがあった。
そこで、ずばりとたずねた。
「お金があったんですって? いったい、どこで手にお入れになったのかしら……」
みるみる男のようすがおちつきを失い、はげしい怒りにぶるぶるふるえ、じだんだをふんでどなった。
「なにをぬかす。
失礼なやつめ!」
おかみさんはすこしもひるまず、
「ちっとも失礼じゃございませんわ。
お勘定をいただくにしろ、朝の食事を用意しますにしろ、そのまえにぜひともはっきりうかがっておきたいことがございます。
お客さまは、いったいどうやって、いすに魔法をかけてあやつり、いつのまに部屋からぬけだし、また、いつお帰りになったのですか? なんのことわりもなく、空気のように、かって気ままに出入りなさってはめいわくでございますよ。
それに――」
男は、
「うるさい、やめろ、やめろ!」
ものすごいけんまくでどなりちらし、足をふみならした。
「ようし、きさまたちがそんな料けんなら考えがあるぞ。
おれがどんな人間か、おまえらにわかるはずはないんだ。
が、知りたければ知らせてやろう。
見ておくがいい!」
恐怖の一瞬
怒りくるった男は、ついにじぶんから正体をあらわしたのだった。
「見よ!」
男は手袋をはめた手をふりまわし、
「おれがどんな人間か知りたければしらせてやろう。
よく見ておけ!」
そのすさまじさに、おかみさんはちぢみあがってしまった。
男は、ぱっと手をひろげると、つるりとひとなで顔をなでおろした。
すると、顔のまん中に、ぽかりと穴があいた。
「さあ」
男は手ににぎったものを、おかみさんの手のなかにおしつけた。
みるまに変わってしまった男の顔に、どぎもをぬかれてしまったおかみさんは、男のわたすものを、ひょいとうけとった。
が、ひと目みるなり、かなきり声をあげてほうりだしてしまった。
鼻だ! たったいままで男の顔にくっついていた鼻なのである。
ピンク色に光った鼻は、ごろごろと床をころがっていった。
「だれかきて!」
おかみさんの必死のさけびに、ホールや酒場にいた男の連中がどやどやとかけつけてきた。
男は、その連中のまえで、ゆうゆうと眼鏡をはずし、帽子をとった。
かけつけた連中は、立ちすくんで息をのみ、男のやることをながめているばかりだった。
こんどは、ほうたいをぐるぐるほどきはじめた。
人びとは、ほうたいの下から、どんなおそろしい顔があらわれるのか、と考えただけでも、おそろしさにぞっとして、じっとしていられなくなった。
うき足だったひとりが、
「こいつあたいへんだ!」
大声をあげると、わっとばかり、ひとりのこらず逃げだしてしまった。ホール夫人だけは、恐怖で足がすくんでしまい、その場にとり残されていました。
男の顔から、ほうたいが次々ととられてゆくにつれて、いったいどうしたというのでしょう――。
そのあとには、なにもなくなってしまったのです。
考えていたような恐ろしい顔も、みにくい顔もあらわれてはこず、男の顔はきれいすっかりかき消え、首なしの怪人がそこにぽつんとつっ立っていたのでした。
首なしの化けものは、そのままの勢いで、玄関へとびだしていきました。
入口の酒場にぎっしりと寄り集まって、がやがやとさわいでいた村の連中にむかって、ホール夫人と、それからお手伝いのミリーがけたたましい悲鳴をあげながら、玄関のとびらを押しあけ、こぼれ落ちるようにわっと外へとびだしていきました。
それからあとの大さわぎは、わざわざお話するまでもありません。
人びとは遠まきに黒馬旅館をとりかこんで、口々に話し合っていました。
「頭がねえそうだよ。
ほんとにねえんだ。
帽子をとって、ほうたいをはずしたら、その下にあるはずの頭がまるでないってんだからな」
「ばかを言うな。
そんなことがあってたまるかよ」
「ほんとだってば、おや、お巡りさんのジャッファーズがきたぞ。
あの化けものをつかまえにきたんだ!」
旅館をとりこんでいた人びとは、わっと巡査をとりまき、おもい思いにしゃべりたてました。
巡査は、いばった様子で、こう言いました。
「頭があろうがなかろうが、わしはやつをつかまえなければならんのだ」
「そうです、そうですとも!
お巡りさん、さあ、はやくつかまえてくだせえ!」
ホール夫人はまっすぐに玄関へとすすみ、入口のドアをいきおいよく開けはなちました。
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