初級翻訳・大空魔艦 第9話

大空魔艦

もう一つの疑問である「なぜ空魔艦は丁坊をあんな場所に降ろしたのか」については、空魔艦の幹部たちに直接聞いてみなければ分かりません。
しかしそれは、今まさに空魔艦の船内でどんな光景が繰り広げられているかを説明すれば、いとも簡単にわかることでした。
それでは、場面をそちらへと移してみましょう。

ここは例の氷庫の前にある、空魔艦の秘密の拠点でした。
丁坊を捕らえた方の空魔艦――「足の骨」の機長室では、「笑い熊」と呼ばれる機長が、マスクをつけたまま一つの機械をいじっていました。
その周りには、六、七人の幹部たちのほかに、中国人のチンセイも加わって、じっと機械を注視しています。
「こっちの機械はちゃんと動いているんだから、もうそろそろ聞こえてきてもいいはずだ」
「笑い熊」はそう言いました。
しばらくすると、その機械から、ぼそぼそと話し合う声が聞こえてきました。
「笑い熊」は緊張した面持ちで、機械の目盛盤をしきりに合わせました。

“隊長さん。
なぜあなたがたは、こんな北極まで探険に来られたのですか。
その目的はどんなことなのですか”

そんな声は、まぎれもなく丁坊の声でした。
なぜ丁坊の声がここ聞こえてくるのでしょうか。

“お前が日本人なら聞かせてやってもいいことなのだが――”

その声は、たしかに探険隊の隊長である大月大佐の声でした。
「笑い熊」はマスクの中でにやりと笑い、こう言いました。
「いよいよしゃべりだしたぞ。
はっはっは、探険隊の連中もあの小僧も、まさか小僧の体を包んでいるゴム袋の中に、無線電話機が隠してあるとは夢にも思っていまい。
見ていろ。
いまに奴らは、我々が知りたい探険隊の秘密の目的やなんやかんやを、向こうからどんどんしゃべってくれる。
そうなれば、わが空魔艦の活動もぐんと楽になるというものだ。
うふふふ」

驚くべきことを、「笑い熊」は口にしたのです。
なんと、丁坊の体を包んでいたゴム袋の中に、無線電話機が仕掛けられていたというのです。
もちろん、そんなことは丁坊本人も知らなければ、大月大佐もまったく気づいていません。
そして、自分たちの会話が恐るべき空魔艦の一味に盗み聞きされているとも知らず、大佐はこれから重大な話を、隠されたマイクロフォンの前で始めようとしていました。
ああ、なんて危ないんだ!
重大な使命を背負った……。

空魔艦「足の骨」の船内では、隊長の「笑い熊」をはじめとする幹部の連中が、そろって高声器(スピーカー)の前に集まっていました。
ちょうどいま、水上にいる探険隊長・大月大佐と、丁坊少年との重大な会話が始まろうとしていたからです。

「丁坊。
お前が熱心な愛国心を持った日本人だということはよく分かった。
では、わが探険隊の目的というものを教えてやろう」
これは大月大佐の声でした。
「ああ、隊長さん、ついに分かってくれたのですね!
僕はこんなに嬉しいことはありません。
さあ、聞かせてください。
こんな極地へ探険にやってきた目的というのを!」
これは丁坊の声です。

いよいよ、探険隊の重大な秘密がもれようとしていました。
氷の上にいる探険隊員たちは、誰一人として、この会話がそのままそっくり空魔艦の高声器から響きわたっていることなど知る由もありません。
その高声器の前に、怪人隊長「笑い熊」はタコのようなマスクをかぶせた顔をぐっと近づけました。

「――じゃあ丁坊、よく聞け。
これは大いなる秘密だが、お前も知ってのとおり、このごろ北極に近い地方に、恐ろしいほど大型の飛行機を持った国籍不明の集団がうろついていて、なにやら熱心に高度な研究を行っているという情報が入った。
『北極のことなんかどうでもいい』という人間は多いが、私はその話を聞いて心底びっくりしたのだ。
というのも、昔はこの氷に閉ざされた北極地方を船だけで通り抜けるのはほとんど不可能で、交通路としては何の価値もなかった。
ところが近年、航空機がすばらしい発達をとげてからは、無理に氷を割って進まなくとも、空を飛行機で飛べばこの北極地方を簡単に通り抜けられるという見込みが立ってきたのだ。
しかし、この北極航空にはまだまだ数々の問題がある。
こんなものすごく寒い場所では、エンジンも電池もすっかり働きが悪くなるし、お天気の移り変わりもよく分からない。それに、飛行機に使われている金属材料もものすごく折れやすくなるなど、困ったことや分からないことが山ほどあるのだ。
だから、『飛行機さえ持っていれば、極地を簡単に飛び越えられる』と考えるのは大間違いなのだよ。
分かるだろう、丁坊」
「ええ、よく分かりますとも!」
「例の国籍不明の集団は、この空魔艦を使って北極に乗り込み、さまざまな研究を始めているらしい。
その研究というのが、決して油断のならない危険なものであることは、空魔艦がときどき日本内地の上空に姿を現すことからも十分に察しがつく」
「そうですとも!
僕だって東京に住んでいたのに、ある日突然空魔艦にさらわれてしまったんですからねえ」
「うむ、まさにそこだ。
あの空魔艦の一団は、あきらかに日本を狙っているのだ――」日本に対してどんな悪だくみを考えているのか、それはまだはっきり分からないけれど、この段階できちんと突き止めておかなければ、日本国民は安心してのんびり眠ることもできません。
私たちが若鷹丸(わかたかまる)に乗ってこんな大冒険をしてまでここへやってきたのも、まさにそれを暴くためなのです!」
熱く燃え上がるような勢いで語る、隊長の大月大佐の言葉は、まるで火のように熱を帯びていました。
死ぬ気で突撃するしかない――そんな覚悟がにじみ出ています。

「――ところが残念ながら、私たちの任務は途中で挫折してしまいました。
若鷹丸はまず氷に閉じ込められ、その次に沈没してしまったのです。
これ以上前進しようと思っても、もはや船という足がありません。
本当に残念ですが、もうどうにもならないのです。
それどころか、前進するどころか、無事に日本へ生きて帰ることさえあきらめなければならない状況です。
この極地に遅い春が来て氷が割れだすころには、私たちは揃って冷たい海水の中に投げ出されてしまうでしょう。
悔しい。
本当に、心から悔しい」
大月大佐はそう言うと、体をわなわなと震わせました。
自分自身は最初から命を捨てる覚悟で来ているので、捨てる命など惜しくありませんが、部下である隊員たちの命までここでむざむざと失わせてしまうのは、どうしても耐えられなかったのです。
若鷹丸は「どんなに厚い氷に閉ざされても絶対に安全だ」と太鼓判を押されていたのに、まさかこんなことになってしまうとは、計画がすっかり狂ってしまいました。
丁坊は、大月大佐がすっかり気落ちしているのを見て、気の毒に思うと同時に、「こんなことで弱音を吐いていてはいけない」と感じました。
そこで少年は、隊長を元気づけようと思い立ちました。

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