初級翻訳・火星探険 第10話

海野 十三

彼はすぐにこの出来事を本部に知らせるとともに、そこに居合わせた同僚五人にも直ちに作業を中断させ、全員を自動車に乗せて、あの牛乳配達車がいる方向へ向かって急発進させたのだった。
彼らの車が現場に到着したとき、牛乳配達車はというと、岩の上に片輪を乗り上げたまま、ぐらりと左に傾いて停車していた。
車はそうしてじっと止まっていたが、じっとしていなかったのは人間の方だった。
四人の少年――山木も、河合も、張も、そしてネッドも――は、岩石のちらばる荒れ地の上をあちこち転げまわりながら、「はははは、ひひひひ」と笑い転げていたのだ。
一体、何がおかしくてそんなに笑っているというのだろうか。
そこへ自動車を乗りつけ、車から降り立ったビル・マートンをはじめとする六人の団員たちは、雑草と岩石の上で転げまわりながら笑い続ける四人の少年の姿を見て、一斉に表情をこわばらせ、その場に立ちすくんでしまった。
やがて、マートンが大声で叫んだ。
「ああ、なんて大きなうっかりミスをしてしまったんだ! この人たちは、危険なRガスを吸ってしまったんだ。だから、こうして苦しんでいるんだ!」
「いや、苦しんでいるんじゃないぞ。
おかしくて仕方がないという風に、笑い転げているじゃないか」
「ちがうよ! おかしくて笑っているわけじゃない。
おかしくもないのに、笑わされているんだよ。
Rガスの中毒症状さ、こうしてひどく笑い転げるのは……。
さあ、この人たちを僕たちの車に乗せて、病院へ連れて行こう!
急がないと、この善良で不幸な人たちは、笑い疲れて死んでしまうかもしれないぞ。さあ、手を貸してくれ!」
「よし、じゃあ大急ぎだ!」
「おや、この人たちは子どもじゃないか……!」「東洋人だ」
こうして、山木たちはマートン青年たちの手によって、現場から運び出された。
車の上でも、山木たちはハーハー、ヒイヒイと笑いもがき、その暴れるのをなんとか押さえつけようとするマートンたちの努力は、それは大変なものだった。
本部の地下室にある医務室へ四人はひとまず収容されたが、そこに居合わせた医務員は、四少年の病状を見てこう言った。
「こいつはなかなかの重体だ。
ここに置いたのではうまく手当ができなくて、危篤状態に陥るかもしれない。
どうしても、サムナー博士のいらっしゃる本館病院へ送り届けないと、安心ができない」
医務員はそう言って、ここでは十分な治療ができないことをはっきり告げたのだ。
そこでマートンたちは、笑い続ける四人を再び車に乗せ、サムナー博士のいる本館病院へと急いだのだった。

本館というのは、ここから西北へ二十五キロメートルほど行った地点にあり、コロラド大峡谷を目の前に望む、見晴らしが最高の丘陵の上にあった。
その建物は、一つの巨大な塔の形をしていた。
しかもその塔は、西の方へかなり傾いており、十度まではいかないが、八度か九度ほど斜めに傾いていたのだ。
まるで、魚雷が不発のまま地面に突き刺さったような格好である。
塔には小さな丸い窓がポツポツと開いていたが、その窓の大きさは塔全体から比べると非常に小さく、どこか八つ目ウナギの目を思わせる気味の悪さがあった。
塔のてっぺんは、天文台の屋根のように半球を置いたような形をしている。
その脇には、旗を掲げるのにちょうどいい斜めの支柱や、超短波用らしいアンテナが三本ほど立っており、まるで塔がかんざしを挿しているかのような見た目だった。

マートンたちの自動車は、この巨大な塔の中に吸い込まれるようにして消えていった。
そのとき、自動車が塔に比べてあまりにも小さく見えた。
まるで、真っ赤なポストに向かって豆が一つ転がっていくようなものだった。
塔はそれほどまでに巨大だったのだ。
塔全体が真っ赤に塗られた巨大な建造物が、丘陵の上に傾いてそびえ立っている様子は、なんとも不気味で恐ろしげであり、この土地に慣れていない者は、あまり長くこの塔を見つめていられないと言われていた。
この塔はいいったい何なのだろうか。
サムナー博士のいる病院があることは分かっているが、病院だけが入っているわけではないのだ。
研究団員たちは「本館」と呼んでいるが、ただの本館という言葉だけでは、その正体は分からない。
さて、その詳しいことについては、これから順を追って説明することにしよう。

巨大な斜塔

あわやというところで、四人の少年たちは一命をとりとめた。
あのまま濃いRガスのなかに二、三時間も放っておかれたら、命を落としていたに違いない。
サムナー博士はこのガスの性質をよく知っていたため、四人の少年たちをうまく治療することができたのだ。
それでも、四人がここに収容されてから、笑いがピタリと止まるまでには六時間もかかった。
笑いはようやくおさまったものの、四少年の健康がもと通りに戻ったわけではなかった。
まだ、ひっきりなしにけいれんが起きるのだ。
もう声を立てて笑うようなことはなくなったが、けいれんが始まると顔が引きつったり、手足がピクピクと動いたりして、歩くこともできず、ベッドの上に寝ているしかなかった。

それから二週間が過ぎたある日、サムナー博士は午前の回診で、いつにも増して詳しく四少年の体を診察した。
そして、次のようなことを告げたのだった。
「君たちは、今日の診察からすると、どうやらガスの中毒からはすっかり回復したようだ。
今日から君たちは、自由にどこを歩いてもいい。
しかし、どこを歩いてもいいとは言っても、この本館の外に出ることは、まだ許可できない。
なぜなら、あのガスの影響がまだ完全には解明されていないため、いつまた前のような症状がぶり返したり、重体に陥ったりするか分からないからだ。
だから、この本館の中にいてさえくれれば、万が一のときには私がすぐに駆けつけて手当をしてあげられるからね。どうかこの本館の中にいてほしいんだ。
幸い、君たちの目的だったコロラド大峡谷は、本館の屋上にさえ登れば手にとるように見えるのだから、当分はこれで我慢して、この本館で過ごしてほしい」
博士がまるで小さな子どもに言い聞かせるように優しく説明してくれたので、少年たちもその理由をよく理解した。
そして、博士から「もう帰っていい」と言われるまでは、この建物の中で暮らすことに同意したのである。

その日から、四人の少年たちは、はじめはおずおずとしながらも病室の外へと歩き出した。
そして、長い廊下や曲がりくねった階段を歩き回ったり、娯楽室や食堂に入ってみたり、懸命に仕事をしている実験室をのぞき見たり、はずの方にあるエンジン室を見ては目をパチクリさせたりと、さまざまなことに驚き、そして喜んだりした。
そのなかでも、四人の少年たちを最も大喜びさせたのは、塔の上から見る、絵のように美しいコロラド大峡谷の絶景だった。
まるで絵のようだとはよく言うが、それ以上に素晴らしい景色だった。
そして大峡谷は、一日のうちにも刻々とその表情を変え、何度も違った顔を少年たちに見せてくれたのだった。すがすがしい朝の風景、真昼になってじりじりと岩が燃えるような男性的な風景、巨岩にくっきりと斜陽の影がついて紫色に暮れて行く夕景などと、見るたびに美しさが違うのであった。

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