というわけは、本物の建物は、地中深いところにあって、外からは見えなかった。
ただその建物の出入口にあたるところが小さい塔になっていた。
塔とはいうものの、たった三階しかなく、各階とも部屋の広さは五メートル平方ぐらい、屋上が展望台になって居て、柱に例の赤三角のついた旗がひるがえっていた。
見渡すかぎり雑草のしげる凸凹平原の中に、こうした旗のひるがえる小塔のあることは、このあたりの風景をますます異様のものにした。
赤三角研究団の団員は、どういうわけか、いつもたいてい防毒面のようなものを被ってこの荒蕪地を走りまわり、測量をしたり、煙をあげたり、そうかと思うと小型飛行機を飛ばしたり、時には耕作用のトラクターのように土を掘りながら進行する自動車を何台かならべて競争をするのだった。
この赤三角研究団は、いったい何のためにこんなことをやっているのであろうか。
さて赤三角研究団では、この頃又へんなことを始めた。
例の荒蕪地の方々に大小さまざまな檻を建てたのである。
そしてその中にさまざまな動物を入れた。
馬や牛や羊はいうに及ばず、鶏や家鴨などの鳥類や、それから気味のわるい蛇や鰐や蜥蜴などの爬蟲類を入れた網付の檻もあった。
早合点をする人なら、ははあここに動物園が出来るのかと思ったことであろう。
ところが本当はそうでない。
その証拠には、檻の傍にかたまっている研究団の人々の傍で話を聞いてみるのが早道である。
「どこまで進行したかね」
「もうあと、檻一つ出来れば、それで完了だ。
全部で四十個の檻が揃うわけだ」
「もう一つ残っている檻って、何を入れる檻かね」
「第十九号の檻だ。
チンパンジー(類人猿)を入れる檻だ」
「ああ、そうか。
おいおい、瓦斯の方は準備は出来ているかあ」
「出来すぎて、皆退屈しているよ、昼から野球試合でも始めようかといっている」
「ふふふ、えらく手まわしがいいね。
もちろん瓦斯試験もすんでいるんだろうなあ」
「大丈夫だとも、何なら野球場だけをR瓦斯で包んで、その瓦斯の中で野球をしようかといっている」
「だめだ、R瓦斯を出しちゃ。
瓦斯放出は今日の午後三時からということになっているから、厳格に時間を守るように。
そうでないと思い懸けない事件が起ると、責任上困るからなあ」
「僕達は全部マスクをつけているからいいではないか」
「ああ、僕達はいいが、村民でまだ引揚げない連中もあるだろう」
「しかし、放送で再三注意しておいたからねえ、“この地区では瓦斯実験を行うので危険につき今日の正午以後翌日の正午まで立入禁止だ”と繰返し注意を与えてある。
だから、このへんにまごまごしている者はいないよ」
「だが、念には念を入れないといけない。
とにかくR瓦斯の放出時間は午後三時だ。
それより早くは、やらないからそのつもりで……」
この会話によると、この地区一帯に、本日の午後三時以後R瓦斯がまかれるらしい。
R瓦斯というのは、或る学会雑誌に出ていたが、それは元々この地球にはなかった瓦斯であり天文学者が火星にこのR瓦斯なるものがあることを報告したのに端を発し、この地球でも研究資料としてR瓦斯の製造が始まったのだ。
R瓦斯は地球生物にどんな影響を与えるか。
それについてこの赤三角研究団が今研究を始めているのであった。今回は、普通の動物だけに限り、人間に対しては行わないことになっていた。
それは、人間に対して行った場合にどれほどの危険があるのか、まだ分からなかったからだ。
今回の動物実験が無事に終わったら、次回にはさらに万全の準備をととのえて、人間を実験台にすることになっていたのだ。
これまで室内で研究した結果によると、モルモットなどは非常に強い作用を受けて、顔をゆがめながら転げまわって苦しむそうだ。
そして、一時間後には命を落としてしまうという。
今日のこのガスはとても重く設定されており、試験を行う地区の外へは流れ出さないように注意が払われていた。
さて、時間刻々と時は過ぎ去り、ついに午後三時を迎えた。
そこまでに、この広い試験エリアの中に人間がいないことが、念入りに確かめられていた。
エリア内にいるのは、マスクをつけた研究団員たちと、四十個の檻の中に入れられた動物たちだけだった。
団員たちは、その日ガスが放出されたら、動物たちの様子を詳しく調べたり、そのガスの中で発電機を回したり、エンジンをかけたり、ポンプを動かしたりといった重要な仕事があり、今日は総出で作業にあたることになっていた。
「もうすぐガスを放出するから、街道のほうをよく見張っているんだぞ。
もし自動車がやって来たら、すぐに停めて別の道へ迂回(うかい)してもらうんだ」
「はい、分かりました!」
まもなく、Rガスは十五台の自動車に積まれたタンクから、もうもうと放出された。
黄色みがかったこの重たいガスは、草の地面をなめるようにして、静かに広がっていった。
やがて、檻を包み込み、丘を包み込み……おっと、大変だ! その丘の影から、一台の牛乳配達車がふらふらと姿を現した。
大きな箱には、乳をしぼられるメス牛の絵が描かれ、その上には「牛頭大仙人」と大きな文字が貼り付けられている。
これこそ間違いなく、あの山木(やまき)、河合(かわい)、張(ちょう)、ネッドの四人の少年が乗っているおんぼろ自動車だった。
なぜ今ごろになって、丘の影から現れたのだろうか。彼らの自動車は何も知らないらしく、黄色みがかった雲のようなガスの塊の中へ、どんどん進んでいく。
さあ、大変なことになってしまった!
ガス中毒
四少年の自動車では、ラジオの受信機が動いていなかったことが、この大事件の原因だった。
ラジオを聞いて注意していれば、こんな間違いは起こらなかったはずなのだ。
受信機は一台積んではいたが、牛頭大仙人の占い用に改造してしまったため、今は普通のラジオが聞けない状態になっていたのである。
しかも四少年の自動車は、昨日の夕方ちょうどこのあたりから大峡谷が遠くまで見渡せるようになったので大喜びし、道もないこの原野へと自動車を乗り入れていたのだ。
そして、丘の中腹に大きな洞窟を見つけると、その中に車を乗り入れて昨夜はそこで一晩を明かしたのだった。
そして今朝を迎えたものの、すぐには出発することができなかった。
なぜなら、エンジンの調子が悪くなってしまったからだ。
なにしろ古いおんぼろ自動車のことだから、エンジンを直すといっても簡単にはいかない。
たいそう手間取ってしまい、結局出発できたのは午後三時になってからだったのだ。
この間、研究団員たちも、この洞窟の中まで点検には入っていこなかった。
いくら物好きだといっても、まさかこんな奥深くの場所に人間が隠れているとは夢にも思っていなかったからである。
少年たちの自動車は、のんびりと黄色みがかったRガスの雲の中をゆっくりと進んでいく。
ただ、石ころがあまりにも多いため、なかなかスムーズには走れなかったのだ。
研究団員たちがこの牛乳配達車を見つけるまでに、約十五分ほどの時間が過ぎていた。
それを見つけた団員の一人、ビル・マートンは肝をつぶした。
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