「1日に、44回も夕ぐれを見たことがあるよ!」
といったすこしあとに、きみはこうつけくわえた。
「そうなんだ……ひとはすっごくせつなくなると、夕ぐれがこいしくなるんだ……」
「その44回ながめた日は、じゃあすっごくせつなかったの?」
だけどこの王子くんは、へんじをなさらなかった。
7
5日め、またヒツジのおかげで、この王子くんにまつわるなぞが、ひとつあきらかになった。その子は、なんのまえおきもなく、いきなりきいてきたんだ。ずっとひとりで、うーんとなやんでいたことが、とけたみたいに。
「ヒツジがちいさな木を食べるんなら、花も食べるのかな?」
「ヒツジは目に入ったものみんな食べるよ。」
「花にトゲがあっても?」
「ああ。花にトゲがあっても。」
「じゃあ、トゲはなんのためにあるの?」
わからなかった。そのときぼくは、エンジンのかたくしまったネジを外そうと、もう手いっぱいだった。しかも気が気でなかった。どうも、てひどくやられたらしいということがわかってきたし、さいあく、のみ水がなくなることもあるって、ほんとにおもえてきたからだ。
「トゲはなんのためにあるの?」
この王子くん、しつもんをいちどはじめたら、ぜったいおやめにならない。ぼくは、ネジでいらいらしていたから、いいかげんにへんじをした。
「トゲなんて、なんのやくにも立たないよ、たんに花がいじわるしたいんだろ!」
「えっ!」
すると、だんまりしてから、その子はうらめしそうにつっかかってきた。
「ウソだ! 花はかよわくて、むじゃきなんだ! どうにかして、ほっとしたいだけなんだ! トゲがあるから、あぶないんだぞって、おもいたいだけなんだ……」
ぼくは、なにもいわなかった。かたわらで、こうかんがえていた。「このネジがてこでもうごかないんなら、いっそ、かなづちでふっとばしてやる。」でも、この王子くんは、またぼくのかんがえをじゃまなさった。
「きみは、ほんとにきみは花が……」
「やめろ! やめてくれ! 知るもんか! いいかげんにいっただけだ。ぼくはいま、もっとだいじなことでいそがしいんだ!」「ぼくには、ちゃんとやらなきゃいけないことがあるんだよ!」
その子は、ぼくをぽかんと見た。
「ちゃんとやらなきゃ……」
その子はぼくを見つめた。エンジンに手をかけ、指はふるいグリスで黒くよごれて、ぶかっこうなおきものの上にかがんでいる、そんなぼくのことを。
「おとなのひとみたいな、しゃべりかた!」
ぼくはちょっとはずかしくなった。でも、ようしゃなくことばがつづく。
「きみはとりちがえてる……みんないっしょくたにしてる!」
その子は、ほんきでおこっていた。こがね色のかみの毛が、風になびいていた。
「まっ赤なおじさんのいる星があったんだけど、そのひとは花のにおいもかがないし、星もながめない。ひとをすきになったこともなくて、たし算のほかはなんにもしたことがないんだ。1にちじゅう、きみみたいに、くりかえすんだ。『わたしは、ちゃんとしたにんげんだ! ちゃんとしたにんげんなんだ!』それで、はなをたかくする。でもそんなの、にんげんじゃない、そんなの、キノコだ!」
「な、なに?」
「キノコ!」
この王子くん、すっかりごりっぷくだ。
「100まん年まえから、花はトゲをもってる。100まん年まえから、ヒツジはそんな花でも食べてしまう。だったらどうして、それをちゃんとわかろうとしちゃいけないわけ? なんで、ものすごくがんばってまで、そのなんのやくにも立たないトゲを、じぶんのものにしたのかって。ヒツジと花のけんかは、だいじじゃないの? ふとった赤いおじさんのたし算のほうがちゃんとしてて、だいじだっていうの? たったひとつしかない花、ぼくの星のほかにはどこにもない、ぼくだけの花が、ぼくにはあって、それに、ちいさなヒツジが1ぴきいるだけで、花を食べつくしちゃうこともあるって、しかも、じぶんのしてることもわからずに、あさ、ふっとやっちゃうことがあるってわかってたとしても、それでもそれが、だいじじゃないっていうの?」
その子はまっ赤になって、しゃべりつづける。
「だれかが、200まんの星のなかにもふたつとない、どれかいちりんの花をすきになったんなら、そのひとはきっと、星空をながめるだけでしあわせになれる。『あのどこかに、ぼくの花がある……』っておもえるから。でも、もしこのヒツジが、あの花を食べたら、そのひとにとっては、まるで、星ぜんぶが、いきなりなくなったみたいなんだ! だから、それはだいじじゃないっていうの、ねえ!」
その子は、もうなにもいえなかった。いきなり、わあっとなきだした。
夜がおちて、ぼくはどうぐを手ばなした。なんだか、どうでもよくなった。エンジンのことも、ネジのことも、のどのかわきも、死ぬことさえも。ひとつの星、ひとつのわくせい、ぼくのいばしょ――このちきゅうの上に、ひとりの気ままな王子くんが、いじらしく立っている。
ぼくはその子をだきしめ、ゆっくりとあやした。その子にいった。
「きみのすきな花は、なにもあぶなくなんかない……ヒツジにくちわをかいてあげる、きみのヒツジに……花をまもるものもかいてあげる……あと……」
どういっていいのか、ぼくにはよくわからなかった。じぶんは、なんてぶきようなんだろうとおもった。どうやったら、この子と心がかようのか、ぼくにはわからない……すごくふしぎなところだ、なみだのくにって。
8
ほどなくして、その花のことがどんどんわかっていった。それまでも、王子くんの星には、とてもつつましい花があった。花びらがひとまわりするだけの、ちっともばしょをとらない花だ。あさ、気がつくと草のなかから生えていて、夜にはなくなっている。
でも、あの子のいった花はそれじゃなくて、ある日、どこからかタネがはこばれてきて、めを出したんだ。王子くんはまぢかで、そのちいさなめを見つめた。いままで見てきた花のめとは、ぜんぜんちがっていた。またべつのバオバブかもしれなかった。でも、くきはすぐのびるのをやめて、花になるじゅんびをはじめた。王子くんは、大きなつぼみがつくのを目のあたりにして、花がひらくときはどんなにすごいんだろうと、わくわくした。
けれど、その花はみどり色のへやに入ったまま、なかなかおめかしをやめなかった。どんな色がいいか、じっくりとえらび、ちまちまとふくをきて、花びらをひとつひとつととのえていく。ひなげしみたいに、しわくちゃのまま出たくなかった。きらきらとかがやくくらい、きれいになるまで、花をひらきたくなかった。そうなんだ、その花はとってもおしゃれさんなんだ! だから、かくれたまま、なん日もなん日も、みじたくをつづけた。
ようやく、あるあさ、ちょうどお日さまがのぼるころ、ぱっと花がひらいた。あまりに気をくばりすぎたからか、その花はあくびをした。
「ふわあ。目がさめたばかりで……ごめんなさいね……まだ、かみがくしゃくしゃ……」
そのとき、王子くんの口から、おもわずことばがこぼれました。
「き、きれいだ!」
「そうね」と花はなにげなくいいました。
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