お嫁さんはどうせ一人いれば足りるんだから、お前さえよければ、喜んで取り換えてあげようよ」
イワンは胸から、あんなに大切にして肌身はなさず持っていた銀の小箱の鍵を取り出すと、もったいないとも思わず、兄さんに渡してしまいました。
5
その晩、イワンと娘の盛大な結婚式が挙げられました。
――不思議なことに、家の主であるはずなのに、イワンの兄さんは弟の晴れのパーティーに姿を見せようともしませんでした。
お嫁さんは、いつの間にか花婿が別の人に替わっていることに気づいて、びっくりしました。
「あなた、本当にあたしを愛してくださるの?」と、お嫁さんはイワンに尋ねました。
「神さまに誓ってもいいよ!」
イワンは、生まれて初めての感動に我を忘れて叫びました。
「そうね。でも、あなたのお兄さんは、どうしてあたしに嘘をついたのかしら?」
「嘘をついたわけじゃないよ。誰よりも優しい親切な兄さんだもの!」
イワンは大慌てで、自分の鍵についての話を花嫁に細かく話して聞かせました。
すると娘は怒って、みるみる顔色を変えました。
「あなたからそれを奪うなんて、あなたのお兄さんは、ヤギの毛皮を着たオオカミだわ。それに、かわいそうにあなたは、あたしのせいで、お父さんが遺してくださった大切な『これからの人生』を失くしてしまったのね……。でも、安心していらっしゃい。あたしがきっと、その銀の小箱の代わりに、あなたにすてきな人生を作ってあげますから」
そう言って、娘はイワンに優しいキスをしました。
イワンの兄さんは、不思議なことに、それから何日経っても、何ヶ月経っても、何年経っても二度と姿を現しませんでした。
そこでイワンは、あらためてそのお屋敷の主人となり、愛しい妻と一緒に何不自由なく幸せな日々を送ることができました。
…………
ところでさて、イワンの兄さんは一体どうなってしまったのでしょうか。
自分の花嫁と鍵を取り換えることができたイワンの兄さんは、その鍵を使ってさっそくタンスの中にしまってあった銀の小箱を開けてみました。
しかし中には、ただ一本の細いロープが束ねて入っているだけでした。
その結び目のところに小さな紙切れが挟まっていて、次のような言葉が書かれていました。
(地下室の北の隅の床石を持ち上げて、その裏についているフックにこのロープを通して、地の底へ降りて行きなさい。そこにお前の気楽な半生が用意されています)
イワンの兄さんは、まるで宝の穴を掘り当てたような気持ちになり、その紙に書いてあるとおりのことを実行しました。
もう何十年もの昔から誰も使ったことのない古い地下室に忍び込み、そこの北の隅にあるホコリだらけの重たい床石をやっとの思いで持ち上げてみました。
すると本当に、その裏側にちょうどいいフックがついていたので、そこへ銀の小箱に入っていたロープを引っ掛け、ドキドキする胸をおさえながら、そろそろと地の底へ降りていきました。
ところが、それはあらかじめ罠(わな)として仕掛けられていたのです。
ロープは「プチッ」と音を立てて切れました。
「うわっ!」と叫んだ瞬間、イワンの兄さんはあっという間に深い深い穴の底へと落ちていきましたが、運よく、とても柔らかいベッドがすっぽりと体を受け止めてくれました。その穴のどこか一番高い天井のあたりから、明るいお日さまの光がもれてくるようになっていたので、そのベッドがまだ新しくて、なかなか上等なものであることがわかりました。
イワンの兄さんは、ここはどうやら宝の眠る蔵ではなさそうだぞと気づいて、あわてふためきながら、あたりを探し回りました。
その穴の中にあったものは、そのベッドのほかに、山のように積まれたすごいたくさんのパンと、何十樽ものぶどう酒だけでした。
先々のことを深く考えていたお父さんが、愚かな息子の身を心配して用意した、食べるものに困らない気楽な「これからの人生」とは、ただそれだけのことだったのです。
決してほかの人に邪魔されないような場所をわざわざ選んで作った秘密の場所でしたから、たとえその中でどんな大声で叫んだとしても、それが万が一にも誰かの耳に届くようなことは絶対にありませんでした。
イワンの兄さんは、そんな穴の底で、イワンの代わりにこれからのこりの人生を暮らさなければならなくなったのでした。
みなさんは、それでもイワンのお父さんが、自分の息子たちのためにしてあげたことを、間違っていたなんて思わないでしょうね。
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