あるところに、とても立派な紳士がいました。
この紳士の持ち物といえば、靴べらと、くしが一つだけ。
これが、彼の持っているすべてでした。
でもそのかわり、彼は世界中でいちばんきれいなカラーを持っていました。
さて、これからお話しするのは、そのカラーの物語ですよ。
カラーはすっかり大人になったので、そろそろ結婚したいなと思うようになりました。
するとあるとき、偶然にも洗濯物の中で、おしゃれな靴下どめに出会ったのです。
「これは、驚いた!」とカラーは言いました。
「今までこれほどスラリとしていて、上品で、しとやかで、美しい方を見たことがありません。お名前を教えていただけませんか?」
「教えられませんわ」と、靴下どめは答えました。
「どちらにお住まいなのですか?」とカラーがたずねます。
けれど、靴下どめはとても恥ずかしがり屋だったので、そんなことを聞かれるのは、なんだか変な気分でした。
「あなたはきっと、帯なんですね」とカラーは言いました。
「それも、着物の下にしめる大切な帯でしょう。あなたが実用的なだけでなく、飾りとしても素晴らしいことは、私にだってちゃんとわかりますよ。かわいいお嬢さん!」
「話しかけないでください」と靴下どめは言いました。
「あなたにお話しするつもりなんて、これっぽっちもありませんわ」
「とんでもない、あなたのように美しい方なら」とカラーは食い下がります。
「お話しする理由は、十分すぎるほどありますよ」
「あまり近づかないでくださいな」と靴下どめは言いました。
「あなたって、ずいぶんずうずうしいのね」
「私はこれでも立派な紳士ですよ」とカラーは胸を張りました。
「靴べらや、くしだって持っているんですからね」
……と言いましたが、これは本当のことではありません。
靴べらや、くしを持っているのは、カラーの持ち主であるご主人なのです。カラーは、ほらを吹いたのでした。
「そばに来ないで!」と靴下どめは言いました。
「私、こういうことに慣れていないんですもの」
「気取っちゃって」とカラーは言いました。
そのとき、カラーは洗濯物の中から取り出されました。
そして、のりをつけられて、椅子の上で日光に当てられました。
それからアイロン台の上に寝かされると、そこへ熱いアイロンがやってきました。
「奥さん!」とカラーは呼びかけました。
「かわいい未亡人の奥さん。私はすっかり熱くなってしまいましたよ。見違えるほどきれいになったでしょう? しわも伸びて、こんなに立派になりました。おまけに、焼け穴まで作ってくれましたね。うう、熱い!――ぼくはあなたに、結婚を申し込みますよ」
「ふん、ぼろきれのくせに!」とアイロンは言い放つと、いばった様子でカラーの上を通り過ぎていきました。
このアイロンはものすごくうぬぼれが強くて、自分では汽車を引っ張る機関車のようなつもりでいたのです。
「ぼろきれのくせに!」アイロンの言葉に、カラーのへりが少しすり切れてしまいました。
そこで今度は、紙切りばさみがやってきて、そのすり切れたところを切り取ろうとしました。
「おや、おや!」とカラーは言いました。
「あなたは、なんて素晴らしい踊り子さんなんでしょう。まあ、なんて足がよく伸びること! こんなに美しいものは、今まで見たことがありません。誰にも真似できない芸ですよ」
「そんなこと、知ってるわ」とはさみは言いました。
「あなたは伯爵夫人になっても、ちっとも恥ずかしくありませんよ」とカラーは言います。
「ぼくが持っているのは、立派な紳士の道具と、靴べらと、くしだけです。これに伯爵領さえあれば、完璧なんですがね」
「あら、プロポーズのつもり?」とはさみが言いました。
はさみはすっかり怒ってしまい、その勢いで、つい大きく切りすぎてしまいました。
こうして、カラーはとうとう、お払い箱になってしまいました。
「さてと、こうなったら、くしにでもプロポーズするか。――かわいいお嬢さん! あなたの歯は、なんてきれいに並んでいるんでしょう!」とカラーは言いました。
「あなたは今まで、結婚しようと思ったことはありませんか?」
「もちろんありますわ」とくしは言いました。
「だって、もう靴べらさんと婚約しているんですもの」
「婚約しているって!」とカラーは叫びました。
これで、もう結婚を申し込む相手は誰ひとりいなくなりました。
それからというもの、カラーは結婚というものを軽蔑するようになりました。
長い年月が、過ぎていきました。とうとう、カラーは製糸工場の箱の中へやってきました。
そこには、たくさんの古布が集まっていました。
でも、上等なものは上等なもの同士、下等なものは下等なもの同士というふうに、別々に分けられていました。
みんな、おしゃべりしたいことが山ほどありました。
なかでもカラーは、誰よりもたくさん語ることがありました。
なぜって、カラーはとんでもないほら吹きだったのですから。
「ぼくには、恋人が山ほどいたもんさ」と、カラーは言いました。
「おかげで、ぼくはちっとも落ち着いてなんていられなかった。
これでもぼくは、立派な紳士だったんだぜ。
ちゃんと糊付けをされた、誇り高い紳士さ。
それにぼくは、一度も使ったことのない靴べらと、くしまで持っていたんだよ。
――あのころのぼくを、みんなに見せたかったなあ。
きちんとたたまれて、横になっていた、あのころのぼくをさ。
それはそうと、最初の恋人のことは忘れられないものだね。
あの人はとっても上品で、やさしくて、きれいな靴下どめだったっけ。
ぼくのために、洗濯桶の中まで飛び込んできたもんさ。
そうそう、未亡人もいたよ。
あの人はすっかり熱くなってしまったけれど、ぼくはほったらかしておいた。
黒焦げになるまでね。
その次が、一流の踊り子さ。
この女のおかげで、ぼくは傷を負ってしまってね。これ、この通り、そのあとなら今でも残っている始末さ。
まったく、気の強い女だったよ。
すると今度は、ぼく自身のくしまでが、ぼくを恋してしまってね。
その恋の苦しさのあまり、すっかり歯が抜けてしまったよ。
こんな話なら、いくらだってあるよ。
しかし、ぼくが一番悪いことをしたと思っているのは、あの靴下どめ――いや、洗濯桶の中まで飛び込んできた、あの帯のことだよ。
これには、ぼくも良心の呵責を感じているんだ。
考えてみれば、いま、ぼくが白い紙になるのも、しかたがないことかもしれない」
そして、カラーはそのとおりになりました。
ほかの古布たちもみんな、白い紙になりました。
ところが、カラーがなった白い紙というのが、どうでしょう。
いま、わたしたちが見ているこの白い紙、このお話が印刷されている、まさにその紙なんです。
というのも、カラーはあとになって、ありもしないことまで、とんでもないほらを吹き続けたからなのです。
わたしたちはこのことをよく覚えておいて、そんな嘘をつかないように気をつけましょう。
なぜならばですよ、わたしたちにしたって、いつかはぼろ箱の中に入って、白い紙にされないともかぎりませんからね。
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