初級翻訳・サーカスの怪人 第18話

サーカスの怪人

わしには少しも心あたりがない。わしをこんなところへ閉じこめておいて、グランド・サーカスの団長になりすました男が何者なのか、まったくわからないのだ。そのうえ、こんどはわしの子どもまで、こんなひどい目にあわせるとは……」

「べつに、ひどい目にあわせたわけじゃない。おまえさんと親子いっしょに住ませてやるために、この子をここへつれてきたんだよ。そのうちに、妹のミヨ子もここへつれてきてやる。ハハハハ……」

腹話術師は、相手をばかにしたような笑い声をたてました。

それをじっと覗いていた乞食少年は、なんともいえない不思議な気持ちになりました。いったい、これはどういうわけなのでしょうか。この痩せ衰えた老人がほんとうの笠原団長で、あのもうひとりの笠原さんは偽物だとでもいうのでしょうか。

骸骨男の正体

このあと、地下室でどんなことが起こったか。それはのちにわかることですので、お話をとばして、それから三日めのできごとにうつります。

その三日めの午後でした。笠原団長の西洋館へ、名探偵明智小五郎がたずねてきました。明智は骸骨男のことで話したいことがあるというので、笠原さんは丁寧に彼を応接室へと通しました。ふたりがテーブルをはさんで椅子に腰かけると、そこへ女中さんがコーヒーを運んできました。

「明智さん、あなたがお世話くださった若い女中が、三日ほどまえから体の具合が悪いといって実家へ帰ったまま戻ってきませんので、きのうもあなたの事務所へお電話したのですが、ひどく具合が悪いのでしょうか」

笠原さんが、心配そうな顔でたずねました。

「いや、これにはちょっとわけがあるのですよ。あの子は、べつに病気ではありません。しかし、もう二度とここへは帰ってこないでしょう」

明智は、妙なことをいいました。

「えっ? それはどういうわけですか」

笠原さんは、変な顔をして聞きかえします。

「あとでお話ししますよ。それよりも、きょうはおもしろいものを持ってきましたから、まずそれをお見せしましょう」

明智はそういって、持ってきた風呂敷包みを解くと、中からびっくりするようなものを取りだしました。

「あっ、それは……」

「骸骨男のかぶっていたドクロ仮面です。わたしはとうとう、これを手に入れました。いや、そればかりではありません。骸骨男の秘密が、すっかりわかってしまったのです」

そういって明智探偵は、笠原さんの顔をじっと見つめました。

「えっ、骸骨男の秘密が……」

笠原さんは驚きのあまり、椅子から立ちあがりそうになりました。なんだか、顔の色が変わっているようです。明智は、その骸骨の頭をテーブルの上において、説明をはじめました。

「あいつは、これをかぶってみんなを怖がらせていたのです。ほら、こうしてかぶるのですよ」

明智は骸骨の頭を両手で持って、自分の頭へすっぽりとかぶせました。すると、まるで明智がとつぜん恐ろしい骸骨男になったように見えるのでした。

「こういうふうにして化けていたのですよ。ほんとうに骸骨の顔をもった男がいたわけではありません。頭からかぶるのですから、この骸骨は人間の顔よりずっと大きいのです。それで、いっそう恐ろしく見えたのです。むろん、こしらえたものです」

笠原さんはそれを聞いても、べつに驚く様子もなく、腕組みをしてじっと目をつぶって、まるで眠ってでもいるように見えるのでした。明智は話しつづけます。

「骸骨男は、サーカスのテントの中でも、大型バスの中でも、またこの家でも、たびたび煙のように消えうせましたね。その秘密は、このドクロ仮面にあったのです。どこかへちょっと隠れて、ドクロ仮面を脱いでしまえば、まったく別の人間になれるのですからね。そのとき、別の洋服を用意しておいて着替えてしまえば、いっそうわからなくなります」犯人は、あらかじめ別の服装を用意しておいたのですよ。
まず、この家の二階の部屋から骸骨男が消えうせた秘密と、二度目に骸骨男と正一君とが消えてしまった秘密について、お話ししましょう。
その秘密は、わたしの少年助手である小林君が発見したのです。
あなたにも知らせず、わたしは小林君をこの家に女中として住み込ませていたのですよ。
「えっ、小林君が女中に?」
笠原さんは、つぶっていた目を開いて、不思議そうに聞き返しました。
「小林君が女の子に変装したのです。そして、この家の女中になって、いろいろと探り出したのですよ」
明智はここで、二階の窓の鉄格子が蝶番(ちょうつがい)で開くようになっていることや、屋根裏に隠れ場所ができていることなど、女中に化けた小林少年が見つけ出した秘密を詳しく説明しました。
「ところが、そうした仕掛けがあったとしても、どうしても解けない謎がひとつ残るのです。屋根の隠れ場所は、人間ひとりしか入れません。正一君をそこへ隠すと、骸骨男が隠れる場所がなくなってしまう。庭へ降りなかったことは、足跡がないので明らかです。骸骨男は、いったいどこへ隠れてしまったのでしょう? あのとき刑事たちが家の中を隅から隅まで調べましたが、怪しい者はひとりもいませんでした。これは一体どういうわけでしょう。そこに恐ろしい秘密があったのです」
明智はここで言葉を切り、笠原さんの顔を見つめました。笠原さんはつぶっていた目をパッと開いて明智の顔を見ながら、なぜかニヤニヤと笑っています。
「で、その秘密が、ようやくおわかりになったのですね」
「その通りです。秘密以上のことがわかりました。笠原さん、犯人はいつでもみんなの目の前にいたのですよ。それなのに、誰もその人を疑わなかった。なぜ疑わなかったかというと、その男は犯人に狙われている被害者だとばかり、みんなが思い込んでいたからです。グランド・サーカスは、あんなにたびたび骸骨男が現れたので、お客が来なくなってしまいました。そのため、いちばん損をするのは笠原さん、あなたでした。骸骨男は正一君を狙いました。その正一君は、あなたの子どもです。ここでもいちばん苦しむのはあなたでした。そのあなたが、ドクロ仮面をかぶり、骸骨男に化けていたなんて、誰も考えつくはずがありません。そこに、あなたの恐ろしい秘密があったのです。いつも骸骨男が消えたあとに、あなたが現れる。しかし誰も疑いませんでした。あなたと骸骨男が同一人物だなんて、どうして想像できるでしょう。いつか大型バスの中から骸骨男が消えたのも、バスの床に隠し戸がついていたというのはごまかしで、実際はきみがひとり芝居をやって、取っ組み合っているように見せかけたのです。きみと骸骨男は同一人物なのだから、取っ組み合えるはずがありませんからね。この秘密を解いたのも小林君でした。三日前、あなたの部下の腹話術師が正一君を隠したトランクを自動車に乗せて、大山の山中の炭焼き小屋へ行ったとき、小林君は乞食少年に変装して、あの自動車の後ろの荷物入れの中に隠れていたのですよ。そして、炭焼き小屋の地下室に誰が閉じ込められているかということを、すっかり探り出してしまいました。笠原さん、もう警察にもわかってしまったのです。

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