初級翻訳・少年探偵団 第26話

少年探偵団

門野支配人は、主人よりもいくらか勇気があるらしく、さほど恐れる様子もなく立ち上がると、鍵を開けて戸を押し開き、外の廊下を見渡しました。
「誰もいやしません。
おかしいですねえ」
老人がそう言って戸を閉めようとすると、またしても、どこからともなく、あのしゃがれ声が聞こえてきたのです。
「何をキョロキョロしているんだ、ここだよ。
ここだよ」
声はこもり、まるで水の中からでも話しているような響きです。
何だかゾーッと総毛立つような、お化けじみた声のトーンでした。
「おい、貴様はどこにいるんだ。
いったい何者だッ。
ここへ出てくるがいいじゃないか!」
門野老人が空元気を出して、どこにいるとも知れない相手に怒鳴りつけました。
「ウフフ……、どこにいると思うね。
当ててみなさい……。
だが、そんなことよりも、黄金塔は無事なのかね。
二十面相は約束を違えたりはしないはずだぜ」
「何を言っているんだ——!」黄金塔はちゃんと床の間にかざってあるじゃないか。
盗賊なんかに指一本ささせるものか。
」
 門野老人は部屋の中をむやみに歩きまわりながら、姿のない敵とわたりあいました。
「ウフフフ……、おい、おい、番頭さん、きみは二十面相が、それほどお人よしだと思っているのかい。
床の間のはにせもので、ほんものは土の中にうめてあることぐらい、おれが知らないとでもいうのかい。
」
 それを聞くと、大鳥氏と支配人とは、ゾッとして顔を見あわせました。
ああ、怪盗は秘密を知っていたのです。
門野老人のせっかくの苦心はなんの役にも立たなかったのです。
「おい、あの声は、どうやら天井裏らしいぜ。
」
 大鳥氏はふと気がついたように、支配人の腕をつかんで、ヒソヒソとさ사やきました。
いかにも、そういえば、声は天井の方角からひびいてくるようです。
天井ででもなければ、ほかに人間ひとりかくれる場所なんて、どこにもないのです。
「はあ、そうかもしれません。
この天井の上に、二十面相のやつがかくれているのかもしれません。
」
 支配人は、じっと天井を見あげて、ささやきかえしました。
「早く、店の者を呼んでください。
そしてかまわないから、天井板をはがして、泥棒をつかまえるようにいいつけてください。
さ、早く、早く。
」
 大鳥氏は、両手で門野老人をおしやるようにしながら、せきたてるのです。
老人はおされるままに、廊下に出て、店員たちを呼びあつめるために、店のほうへ急いでいきました。
やがて、三人のくっきょうな店員が、シャツ一枚の姿で、脚立やこん棒などを持って、しのび足で、はいってきました。
相手にさとられぬよう、ふいに天井板をはがして、賊を手どりにしようというわけです。
門野老人の手まねのさしずにしたがって、ひとりの店員がこん棒を両手ににぎりしめ、脚立の上に乗ったかと思うと、勢いこめて、ヤッとばかりに、天井板をつきあげました。
一つき、二つき、三つき、つづけざまにつきあげたものですから、天井板はメリメリという音をたててやぶれ、みるみる大きな穴があいてしまいました。
「さあ、これで照らしてみたまえ。
」
 支配人が懐中電燈をさしだしますと、脚立の上の店員は、それを受けとって、天井の穴から首をさし入れ、屋根裏のやみの中を、アチコチと見まわしました。
大鳥時計店は、大部分がコンクリート建ての洋館で、この座敷は、あとからべつに建てました一階建ての日本間でしたから、屋根裏といっても、さほど広いわけでなく、一目で全体が見わたせるのです。
「何もいませんよ。
すみからすみまで電燈の光をあててみましたが、ネズミ一ぴきいやあしませんぜ。
」
 店員はそういって、失望したように脚立をおりました。
「そんなはずはないがなあ。
わしが見てやろう。
」
 こんどは門野支配人が、電燈を持って、脚立にのぼり、天井裏をのぞきこみました。
しかし、そこのやみの中には、どこにも人間らしいものの姿はないのです。
「おかしいですね。
たしかに、このへんから聞こえてきたのですが……。
」
「いないのかい。
」
 大鳥氏がやや安堵したらしく、たずねます。
「ええ、まるっきりからっぽでございます。
ほんとうにネズミ一ぴきいやあしません。
」
 賊の姿はとうとう発見することができませんでした。
では、いったいあのぶきみな声は、どこからひびいてきたのでしょう。
むろん、縁の下ではありません。
厚い畳の下の声が、あんなにすっきり聞こえるわけはないからです。
といって、そのほかに、どこにかくれる場所がありましょう。
ああ、魔術師二十面相は、またしてもえたいのしれぬ魔法を使いはじめたのです。
意外また意外

 姿のない声が、ほんものの黄金塔のかくし場所を知っていると言ったものですから、大鳥氏は、もう気が気でなく、三人の店員たちをたちさらせますと、門野支配人とふたりで、大急ぎで畳をあけ、床板をはずし、それから、支配人にそこの土を掘ってみるように命じました。
老人はしりはしょりして、床下においてあったくわを取り、心おぼえのある場所を掘りかえしていましたが、やがて、がっかりしたような声で、
「だんなさま、ありません。
塔は、あとかたもなく消えうせてしまいました。
」
 と報告するのでした。
大鳥氏はそれを聞きますと、落胆のあまり、そこへしりもちをついたまま、口をきく元気もなく、しばらくのあいだぼんやりと、床下のやみのなかをながめていましたが、やがて、ふしぎにたえぬもののように、小首をかたむけました。
「おい、門野君、どうもへんだぜ。
わしはあれをここへうずめてからというもの、洗面所へ行くほかは、この部屋を少しも出なかった。もしだれかが、わしのるすのあいだに、ここへしのびこんだとしても、たたみをあげ、床板をはずし、土を掘って、塔を持ちだすなんてよゆうは、まったくなかったはずだぜ。
いったいあいつは、どういう手段でぬすみだしゃあがったのかなあ。
」
 大鳥氏はくやしいよりも、何よりも、ふしぎでたまらないというおももちです。
「わたくしも、今それを考えていたところでございます。
あたりまえの家でしたら、庭のほうの縁がわの下から、床下へはいこむという手もありますけれど、このお座敷の縁がわの下には、厚い板が打ちつけてございますからね。
すきまはあっても、小犬でさえ通れないほどです。
それに、さいぜんからこの床下を、懐中電燈でしらべているのですが、人間のはいこんだようなあとが、少しもありません。
やわらかい土ですから、あいつが床をくぐってきたとしますれば、あとのつかないはずはないのですがねえ。
」
 門野支配人は、まるでキツネにでもつままれたような顔をして、大きなため息をつくのでした。
「ウフフフ……、びっくりしたかい。
二十面相の腕まえは、まあこんなもんさ。
黄金塔はたしかにちょうだいしたぜ。
それじゃ、あばよ。
」
 ああ、またしても、あの陰気な声がひびいてきたではありませんか。
いったい二十面相はどこにいるのでしょう。
廊下でもありません。
天井でもありません。
床下でもありません。
そのほかの、いったいどこに、人間ひとりかくれる場所があるのでしょう。

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