初級翻訳・ポラーノの広場 第3話

ポラーノの広場

そして、ぼくが驚いてポカンとしているうちに、
「とうとう来たよ! こんばんは!」と言ったのです。
「ああ、この前はありがとうね! 地図はちゃんと用意しておいたよ。あの音は、今でも聞こえるかい?」
「聞こえるとも! 昨日の夜なんて、ものすごかったんだ。だから今夜こそ、ぼくはどうしても広場を探し出そうと思って、羊飼いのミーロと一緒に家を出てきたんだよ!」
「お家の方は大丈夫なのかい?」
「うん……」ファゼーロはなんだか少しごまかすように返事をしました。
「きみの旦那さんは、なかなか恐ろしい人だねえ。なんて名前なの?」
「テーモだよ。」
「テーモ……やっぱりなんだか聞いたことがある名前だなあ。」
「聞いたことがあるかもしれないね。あちこちの役所に果物や野菜を納めているんだから。」
「そうなんだねえ。まあ、とにかく地図はこれだよ。」
ぼくは、入口のところに用意しておいた地図を広げました。
「ミーロも呼んでいい?」
「誰か来ているのかい? もちろんいいよ!」
「ミーロ、おいでよ! 地図を見よう!」
するとヤギ小屋の中から、ファゼーロより三歳ほど年上の、足にちゃんと脚絆(きゃはん:足を保護するカバー)を巻き、ボロボロになった青い革のジャケットを着た、顔立ちのすっきりした若者がでてきて、ぼくにお辞儀をしました。
「おや、ぼくは地図の見方がよくわからないや。どっちが西だろう?」
「上が北だよ。そう向きを合わせて置いてごらん。」ファゼーロは外の景色と向きを合わせながら、地図を床の上に広げました。
「ほら、こっちが東で、こっちが西さ。いまぼくたちがいるのはここだよ。この丸くなっている競馬場の、この場所さ。」
「乾溜(かんりゅう)工場はどれだろう?」ミーロが尋ねました。「乾溜(かんりゅう)工場って、この地図には載(の)っていないね。こっちかしら。」
ぼくは別の地図を広げました。
「ないなあ。その工場は、いつごろからあるんだい?」
「去年からだよ。」
「だから載っていないんだね。この地図はもっと前に測量して作ったものだから。その工場は、どんな場所にあるの?」
「ムラードの森のはずれだよ。」
「ああ、これかしら。何の木が生えているのかな。ナラかカバの木だろう。トウヒやサイプレスの木じゃないよね。」
「ナラとカバの木だよ。あ、これだ! ぼくね、昨日の夜の音は、絶対にここから聞こえてきたと思うんだ。」
「行こう、行こう! 行ってみよう!」ファゼーロはもう地図を手にして跳び上がりました。
「ぼくも一緒に行っていいかい?」
「いいとも! ぼく、そう言ってほしかったんだ!」
「じゃあ、ぼくも行くよ。ちょっと待ってね。」
ぼくは大急ぎで出かける準備をしました。どうせ月が出てくるとはいえ、暗くて地図が見えないと困るので、ガラスでかこまれたランタンも手に持ちました。
「さあ、行こう!」ぼくはバタンと戸を閉めて、ファゼーロとミーロのうしろについて歩き出しました。
太陽はすっかり沈み、空は深い池のように青々としていました。あたりの草もアカシアの木も、一日のなかでいちばん鮮やかな青色に見える時間でした。
ぼくたちはもう競馬場の真ん中を横切って、まっすぐ野原へと続く小さな道に入っていました。
振り返ってみると、ぼくの家がとても小さく、黄色い光をぽつんと輝かせていました。
「ポラーノの広場へ行くと、何があるって言われているんだい?」
ミーロのあとをついて行きながら、ぼくはファゼーロに尋ねました。
「オーケストラの演奏もあるし、お酒もあるし、何でもあるんだって! ぼくはお酒なんて飲みたくないけれど、みんなをそこへ連れて行きたいんだよ。」
「そういえばそうだねえ。ぼくも子どものころ、そんな噂を聞いたことがあるよ。」
「それにね、一番すごいのは、そこへ行くと誰でも歌がすっごく上手になるんだって!」
「そうそう、そう言っていた! だけど、そんな夢みたいなことが、今でも本当に起こるのかなあ。」
「だって、あの音が聞こえるんだもの! ぼくは他のものは何もいらないから、歌が上手になりたいんだ。ねえ、ミーロだってそうでしょう?」
「うん。」ミーロもうなずきました。もともとミーロは、かなり歌が得意なのだろうとぼくは思いました。
「ぼく、小さいころはいつも、今の時間になると野原へ遊びに出かけたんだ。」ファゼーロが言いました。
「そうなんだねえ。」
「そうするとお母さんがね、『行ってらっしゃい。フクロウにだまされないように気をつけるんだよ』って言うんだ。」
「なんて言うって?」
「お母さんがね、『行ってらっしゃい。フクロウにだまされないようにね』って言うんだよ。」
「フクロウに?」
「うん、フクロウにさ。それはね、ぼくがもっと小さいころ……そう、こんなにちっちゃかったころのことなんだけど、野原に出たんだよ。すると遠くの方で、『だれだー、食べたー、だれだー、食べたー』って鳴く声がしたんだ。それがフクロウだったんだよ。ぼくはまだ幼くてバカだったから、その声の方へずんずん進んでいっちゃったんだ。それで林の中に入り込んでしまって、帰り道がわからなくなって泣いちゃったんだよ。それ以来ずっと、お母さんはそう言ってくれたんだ。」
「お母さんは、今どこにいるの?」ぼくはこの前の会話を思い出しながら、そっと尋ねました。
「いないんだ。」ファゼーロは悲しそうに言いました。
「この前、君はお姉さんがデストゥパーゴのところへ行くかもしれないって言っていたね。」
「うん。お姉さんは行きたくないんだよ。だけど旦那さんが『行け』って言うんだ。」
「テーモがかい?」
「うん。旦那さんは『山猫博士』のことが恐ろしいからね。」
「どうして『山猫博士』なんて呼ばれているんだい?」
「ぼくにはよくわからないや。ミーロは知ってる?」
「うん。」ミーロはぼくたちのほうを振り返って言いました。「あいつは、山猫を釣りあげて捕まえては、外国へ売る商売をしているんだってさ。」
「山猫を? じゃあ、動物園に売る商売なのかな?」
「動物園じゃないと思うなあ。」ミーロもそれ以上はわからないというように、黙り込んでしまいました。
そのころにはもう、あたりはすっかり暗くなっていて、西の地平線の上だけが、古い池の水が光るように青く輝いているばかりで、あたりの草も深い青黒い色に変わっていました。
「おや、ツメクサのあかりがついたよ!」ファゼーロが大きな声をあげました。
なるほど、向こうの黒っぽい草むらの中に、小さな丸い提灯(ちょうちん)のような白いツメクサの花があちこちに並んで咲いていて、そこらはむっとするような甘いハチミツの香りでいっぱいでした。
「あのあかりはね、近くでよく見ると、まるで小さなガの形をした青白いあかりが集まっているみたいなんだよ。」
「そうかねえ。ぼくは、たった一つの明かりだと思っていたよ。」
「ほら、ね、見てごらん、そうでしょう? それに、番号までついているんだよ。」
ぼくたちはしゃがみ込んで、その花をじっくり見ました。なるほど、一つひとつの花には、そう言われてみれば確かにそう見える、小さな茶色の算用数字(アラビア数字)のようなものが書かれていました。

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