ヒトたるおれは、お前たち犬が恐れる”赤い華”を持って来たぞ」
モウグリが地面に火壷を投げつけると、赤い燃えさしが、乾いた苔の房に火をつけた。
燃え上がる炎を前に、議会はおののいて退いた。
モウグリは、枯れ枝を火に突っ込むと、枝先に火が燃え移って、パチパチ鳴りはじめた。
そして震え上がる狼の頭上で、その枝を振り回した。
「お前こそが主人だ」バギーラが低い声で言った。
「アケーラを死から救え。
ずっとお前の友だった」
燃え上がる枝の炎で、長い黒髪を肩にかけた少年の、すっくと立った裸身が映え、辺りの影は跳びはね、おののいた。
生涯一度も慈悲など求めたことがなかった不屈の老いた狼、アケーラは、哀れみを求めるようにモウグリを見た。
「よし!」ゆっくり見回して、モウグリは言った。
「お前たちが犬だということはよくわかった。
おれは同類の元へ行く――もし連中が本当におれの同類ならば。
ジャングルはおれには閉ざされ、お前たちの言葉と友情を忘れよう。
だが、お前たちよりは情けはあるつもりだ。
血はつながっていなくとも、お前たちは兄弟だった。
正真正銘ヒトとなっても、お前たちが裏切ったようには、お前たちを裏切らないと誓おう」モウグリが足で火を蹴ると、火の粉が舞い上がった。
「群れの中での争いは無用だ。
だが、行く前にやることがある」シーラ・カーンが、炎を前に呆けて、まばたきして座りこんでいるところに、モウグリは大またで歩みより、あごの房毛をつかんだ。
バギーラが見守るように、後に続いた。
「立て、犬!」モウグリは叫んだ。
「ヒト様が話をしているんだ、毛皮に火をつけられたくなければ立て!」
燃え上がる枝を近づけられ、シーラ・カーンは、耳を頭の後にぴったり押しつけ、目を閉じた。「この“牛殺し”は、おれが子供のときに仕留め損ねたからといって、みんなで寄って集(たか)って殺そうとした。
それならそれでいい、人間が犬をこらしめるやり方を見せてやろう。
そのひげを一本でも動かしてみろ、ルングリ(でくの坊)め、この赤い華(ほのお)を喉元(のどもと)に押しつけてやるぞ!」
モウグリがシーラ・カーンの頭を燃え盛る枝で打ち据えると、トラは震え上がり、情けない声をあげて鳴いた。
「ふん、黒焦げのジャングル猫め――さあ、失せろ! だが次におれが、人間の姿でこの議会岩(ぎかいがわ)に戻ってきたときには、貴様の毛皮を頭からかぶっていることだな、よく覚えておけ。
それから別の件だが、アケーラは自分の望むままに、自由に生きさせてやるがいい。
アケーラを殺すようなことは絶対にあってはならない。
そんな真似は、おれが許さないからな。
それに、お前たちがいつまでもここにふんぞりかえって座っていることも許さない。
おれが追い払った臆病な犬どもの代わりに、まるで偉くなったかのようにダラシなく舌を垂らしやがって。
さあ! さっさと消え失せろ!」
火は木の枝の先で激しく燃え上がり、モウグリが右へ左へと円を描くように振り回すと、狼たちは飛び散る火の粉で毛皮を焦がし、唸り声を上げながら慌てて走り去っていった。
最後にその場に残ったのは、アケーラとバギーラ、そしてモウグリの味方をした十頭ほどの狼たちだけだった。
そのとき、今まで一度も感じたことがないような不思議な痛みが、モウグリの胸の奥でこみ上げてきた。
モウグリは息を詰まらせてしゃくり上げ、大粒の涙がポロポロと顔を伝って流れ落ちた。
「なんだこれは? いったいどうしたんだ? おれはジャングルを離れたくない――これは何なんだよ、バギーラ。
おれは、死にかけているのかい?」
「いや、小さな兄弟。
それはな、人間が使う『涙』ってものさ。
今やお前が一人前の人間になり、もう子供ではないという証拠さね。
ジャングルは、この先もうお前には開かれない。
流したいだけ流すがいいさ、モウグリ。
そう、それはただの涙というものなのさ」
モウグリはその場にペタリと座り込み、心臓がはり裂けそうになりながらめそめそと泣き続けた。
生まれてから一度も、泣いたことなどなかったのに。
「これから、おれは人間の村へ行くよ。
だけど……母さんにさよならを言わなくちゃ」
モウグリは母狼と父狼が暮らす洞穴へと向かい、母狼のあたたかな毛皮に顔をうずめて泣き続けた。
その傍らで、四頭の兄弟の仔狼たちが悲しそうにクンクンと唸っていた。
「おれのことを忘れないよな?」モウグリが尋ねた。
「お前たちの足跡がたどれるうちは、絶対に忘れないよ!
人間になったら、丘のふもとまで下りておいでよ。
夜になったら畑にこっそり忍び込むから、そのときに一緒に遊ぼうぜ」と仔狼たちが言った。
「戻っておいでよ! ああ、賢い我が家の小さな蛙(かえる)っ子よ、すぐに戻ってくるんだよ。わたしたちももう年だからね、母さんも、そして父さんも」と父狼が言った。
「絶対に帰ってくるんだよ。
ねえ、わたしの可愛い小さな裸の坊や、お前のことをどんな仔よりもずっと愛しているんだからね」と母狼が優しく言った。
「かならず戻ってくるよ」モウグリは力強く答えた。
「そして、おれが戻ってくるときは、シーラ・カーンの毛皮をこの議会岩に盛大に敷き広げるときだ。
おれのことを忘れないでくれ! ジャングルの仲間たちみんなに、おれのことを絶対に忘れないでって伝えてくれ!」
モウグリが、人間と呼ばれる謎の生き物たちのところへ行くため、丘の斜面をたった一人で下っていったときには、東の空からすでに朝の光が差し始めていた。
**セオニ狼群(パック)の狩り歌**
夜明けの光が薄明(はくみょう)を突き抜けるとき、水鹿(サンバー)が恋い焦がれて鳴く
一度、二度、もう一度!
雌鹿(めじか)が跳ねる、雌鹿が跳ねる
夕餉(ゆうげ)を摂るため、林の池から勢いよく跳ね上がる
ひとりで偵察中のわたしが、それをしっかりと見たのだ
一度、二度、もう一度!
夜明けの光が薄明を突き抜けるとき、水鹿が恋い焦がれて鳴く
一度、二度、もう一度!
狼は音もなく忍び去る、狼は忍び去る
待ち望む群れの仲間たちに知らせを届けるため
かくして我らはその足跡を探し出し、見つけ、そして高らかに吠える
一度、二度、もう一度!
夜明けの光が薄明を突き抜けるとき、狼群が高らかに叫ぶ
一度、二度、もう一度!
ジャングルの中で、あとを一切残すことのない疾風(はやて)のような足!
暗闇の先をしっかりと見透かす双眼――漆黒の暗闇を!
吠えろ――どこまでも追い詰めて吠え立てろ! 聞け! おお、よく聞くがいい!
一度、二度、もう一度!
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