画工はふたたび元気をだして探しはじめましたが、このときも糸を見つけることができず、すっかり力が抜けて地面に座り込むと、ぼくの首をぎゅっと抱きしめて大きなため息をつき、「かわいそうな子だ」とつぶやきました。
ぼくはこの言葉を聞いて、もう二度とお家には帰れないんだなと思い、めちゃくちゃに泣きました。
画工にあまりにも強く抱きしめられたので、ぼくの縛られていた腕がだらりと垂れ下がって地面に届きました。
ぼくが思わずホコリのなかに指を突っ込んでみたところ、なんとあの探し求めていた糸を指先でつまみあてることができましたやったぞ、ここにありました! とぼくが叫ぶと、画工はぼくの手をぎゅっと握りしめて、気が狂いそうなほど喜びました。
ああ、ぼくたち二人のいのちは、この細い一本の糸にしっかりと繋ぎとめられていたのです。
ぼくたちが無事に外の世界へ歩み出たとき、太陽の光があたたかく照りつけ、空はどこまでも青く晴れわたり、木々の葉っぱは美しく緑色に輝いていて、そのすべてがいつも以上に嬉しく感じられました。
フェデリゴはまたぼくにキスをして、自分の服のポケットからとても綺麗な銀の飾りを取り出すと、「これを君にあげよう」と言ってくれました。
ぼくはあまりの嬉しさに、今日身の毛もよだつほど恐ろしかった出来事なんて、すっかり綺麗さっぱり忘れ去ってしまいました。
けれど、この一連の出来事を決して忘れずにいてくれたのは、最初から最後までの一部始終をあとからじっくり聞いてくれたお母さまでした。
フェデリゴはこれよりあと、ぼくを連れて地下へ出かけることをもう二度と許されませんでした。
修道士のフラア・マルチノもこんなふうに言っていました。
あのとき二人のいのちが助かったのは、まったくもって聖母マリアさまのありがたいお恵みによるものであり、異教徒であるフェデリゴの手には決して与えられなかった神聖な糸を、神様にしっかりとお仕えする、心やさしい子供の手にはそっと授けてくださったのだ、と。
だからこそ、聖母さまのこの大きなお恵みを、一生涯終わるその日まで、絶対に忘れてはならないよ、と彼は言い聞かせました。
フラア・マルチノが言ってくれたこの言葉と、ある知り合いの劇の中で「アントニオって子は本当におかしな子だな、生みの母のことはあんなに大好きなのに、他の女の子のことはどの子もみんな大嫌いみたいだから、あの子は大人になったら絶対にお坊さんにするべきだな」と言われていたことなどが重なって、お母さまはぼくを将来出家させようと心に決めたのでした。
たしかにぼくは、どうしてだか自分でもその理由はまったくわからないのですが、女の子という女の子がそばに近づいてくるだけで、たまらなく嫌な気持ちがしたのです。
お母さまのところに遊びに来る女性たちは、人の妻であろうと、まだ若い娘であろうと、ぼくが子どもっぽい言葉で「女の子なんて大嫌い、でもお母さんは好き」というような不思議な好き嫌いの気持ちを語るのを聞いて、それをとっても面白い冗談だと思い込み、面白がって無理やりぼくにキスをしようとしました。
なかでもマリウチアという名前の娘は、このおしゃべりでぼくを何度も泣かせたものでした。
マリウチアはとっても元気いっぱいで明るい少女でした。
農家の子なのですが、洋服屋さんでお針子の見習いとして働いているため、いつも華やかな色のドレスでおしゃれをし、幅の広い白い麻の布で髪をかわいく巻き上げていました。
この少女はフェデリゴの絵のモデルもつとめていたし、お母さまのところにもよく遊びに来ていて、そのたびに自分から進んで「私はこの子の将来のお嫁さんなんだからね」と言い張り、ぼくのことを「小さな旦那さま」と呼んで、ぐいぐい迫ってはキスをしようとしたのです。
ぼくが絶対にイヤだと断るので、このおてんばな少女は何度も力ずくで迫ってきました。
ある日、ぼくがまた脅されてわんわん泣き出したとき、「なーんだ、まだまだ甘えん坊の赤ちゃんなんだから、おっぱいをくわえさせてあげなきゃ泣き止まないんだからね」と言いながら、ぼくを無理やりぎゅっと抱きしめようとしました。
ぼくが慌てて逃げ出そうとすると、少女はすかさず追いすがってきて、両方のヒザでぼくの体をがっちりと挟み込み、嫌がってそっぽを向こうとするぼくの頭を、力づくで自分の胸の方へぐいぐいと引き寄せました。
ぼくが少女の胸元から銀の飾りピンを引き抜いたとき、少女の豊かな髪の毛が波のようにハラリとほどけ、ぼくの体も、服から少し露出した少女の肩もすっぽりと覆い隠してしまいました。
お母さまは部屋の隅に立ったまま、ニコニコと楽しそうに笑いながら、マリウチアのするようすを面白がって応援し、けしかけていました。
このときフェデリゴはドアの陰に隠れて、こっそりとこの楽しげな様子をスケッチしていました。
ぼくはお母さまに向かってこう言いました。
「ぼくは一生、妻なんていうものは絶対に持ちません! ぼくはフラア・マルチノさまのような立派な僧侶になるんだ」と。
夕方になるたびに、ぼくがなんだか物思いにふけって言葉もなくじっと座っているのを、お母さまは「お坊さんにするのにぴったりの、おとなしい素直な性格だわ」と嬉しそうに思っていました。
ぼくはそんなとき、いつも「自分が大人になったら、たくさんお金を手に入れて、ものすごく立派なお寺や素敵なお城を建てたいな。そして立派なお寺の主、お城の主になったその日には、『枢機卿(カルディナーレ)』のえらいお坊さんのように、赤い馬車に乗って、きらびやかな金色の服を着た従者たちを大勢従えて、そこから威風堂々と出入りするんだ」と夢想していました。
またあるときは、フラア・マルチノから教えてもらった、さまざまな聖人や殉教者たちの勇敢なお話に自分を重ね合わせ、「もし自分が将来、信仰のために命をささげるような殉教者になったとしたら、世の中の人々からどんなにひどい迫害や意地悪をされたって、聖母マリアさまのすばらしいお恵みがあるおかげで、痛みをほんのちょっぴりも感じないですむはずだ」と思っていました。
そのなかでも特にぼくが心から願っていたのは、フェデリゴの故郷へ旅をして、そこにいる邪教の人々を、正しい本当の信仰の道へと導いて改宗させることでした。
お母さまがフラア・マルチノとどのように相談して決めたのか、その具体的な日取りはいつだったのでしょうか。
そんなことは何も知らなかったある日の朝、お母さまはぼくに子供用の小さな服を着せ、その上から真っ白な法衣をバサッと羽織らせてくれました。
この白い法衣はヒザのあたりまで届く長さで、教会にお仕えする小さな子供たちが着るものとまったく同じでした。
お母さまはそうやってすっかり身支度を整えると、ぼくを大きな鏡の前に立たせました。
ぼくはこの日から尖帽宗の教会へ通う小さな見習い(チゴ)となり、一緒にお仕えする男の子の友達たちと一緒に、大きくて重たい香炉を手に持って厳かな儀式に参加したり、祭壇の前に進み出て美しい讃美歌を歌ったりしました。
すべての細かい指示や作法は、いつもフラア・マルチノが教えてくれました。
初級翻訳・即興詩人 第5話
アンデルセン ハンス・クリスチャン
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