すると、プルチネッラは笑い転げて飛び上がりました。こうして彼の憂鬱もどこかへ吹き飛んでしまいました。
けれども、コロンビーナの言葉は真実でした。プルチネッラは彼女を愛していたのです。それも、芸術における崇高で偉大なものを愛するのと同じくらい、深く、高く彼女を愛していたのです。コロンビーナの結婚式の日、プルチネッラは誰よりも楽しげに振る舞いました。しかし夜になると、彼は一人で泣きました。もし観客たちがその歪んだ顔を見たならば、手を叩いて喜んだことでしょう。
つい先日、コロンビーナが亡くなりました。葬儀の日、アルレッキーノは舞台に立たなくてもいいことになりました。彼は悲しみに打ちひしがれた未亡人ならぬ『未亡夫』なのですから。そこで劇場の監督は、美しいコロンビーナと陽気なアルレッキーノがいなくても観客を失望させないよう、何か本当に愉快な出し物を上演しなければなりませんでした。
そのために、プルチネッラはいつもの二倍もおかしく振る舞わなければなりませんでした。プルチネッラは心に絶望を抱えながらも、踊り、跳ね回りました。そして、拍手喝采を浴びたのです。
『すばらしいぞ! じつにすばらしい!』
プルチネッラは何度も舞台に呼び出されました。ああ、プルチネッラという男は、なんと測り知れない価値を持っているのでしょう!
昨夜、芝居が終わったあと、この小さな化け物はたった一人で町を出て、寂しい墓地の方へとさまよっていきました。コロンビーナの墓の上に供えられた花輪は、もうすっかり枯れていました。プルチネッラはそこに腰を下ろしました。その姿は、まるで一枚の絵のような光景でした。手はあごの下にあてられ、その瞳は、じっとわたしのほうを見つめていたのです。」まるで一つの記念像のようでした。
墓の上のプルチネッラ、それはまことに珍しいこっけいなものです。
もしも見物人がこのお気に入りの役者を見たならば、きっとさわぎたてたことでしょう。
「すばらしいぞプルチネッラ、すばらしいぞ、じつにすばらしい!」
第十七夜
月が話してくれたことを聞いてください。
「わたしは幼年学校の生徒が士官になって、はじめてりっぱな制服を着たのを見たことがあります。舞踏会の衣裳をつけた若い娘や、宴会服を着て楽しそうにしている公爵の若い花嫁を見たこともあります。
けれどもどんな喜びも、わたしが今夜見たひとりの子供、四つになる小さい女の子の喜びには、とうていくらべることができません。その子は新しい青色の着物と新しいバラ色の帽子をもらって、いまそのすばらしい晴れ着を着たところでした。
みんなが明りを求めて呼んでいました。窓からさしこむ月の光だけでは十分ではないので、もっと明るい光で照らさなければならなかったのです。そこには小さい女の子が人形のように、腕を心配そうに着物からはなし、指を一本一本ひろく開いて、かたくなって立っていました。ああ、その眼と顔ぜんたいとが、どんなに喜びに輝いていたことでしょう!
『あしたは、その着物をきて、おもてへ行ってもいいのよ』と、母親が言いました。
女の子は帽子を見上げたり、着物を見おろしたりしながら、嬉しそうにほほえみました。
『お母さん!』と、女の子は言いました。『あたしがこんなすてきな着物を着ているのを見たら、犬たちなんて思うかしら!』」
第十八夜
「わたしは」と、月が言いました。
「きみにポンペーのことを話してあげたことがありますが、あれはいきいきとした都市がたくさん並んでいる中で、さらしものにされている都市の死骸です。けれどもわたしは、それよりももっと珍しい、もう一つの都市を知っています。それは都市の死骸ではなくて、都市の幽霊です。
噴水が大理石の水盤の中でぴちゃぴちゃ音をたてているところではどこでも、わたしはその水に浮んでいる都市のおとぎばなしを聞いているような気がします。たしかに、噴水の水はそれを物語っているにちがいありません。打寄せる岸辺の波はそれを歌っているにちがいありません。海のおもてには、しばしば霧がたちこめます。それは寡婦のベールです。海の花婿は死にました。その城とその都市とは、いまや御陵となっているのです。
きみはこの都市を知っていますか? その通りには車のころがる音も、馬のひづめの音も聞えたことがありません。そこには魚が泳いでいて、黒いゴンドラが幽霊のように緑の水の上を走って行きます。
わたしは」と、月はなおも語りつづけました。「きみにその都市の中でいちばん大きな広場を見せてあげましょう。そうすれば、きみはまるでお伽の都市に来たのかと思うでしょう。
広い敷石のあいだには草が生えています。夜が明けはじめると、人なれた鳩が何千ともなく、離れて立っている高い塔のまわりを飛びまわります。きみは三方からアーケードに取りかこまれています。そこには長いキセルをもったトルコ人がじっとすわっています。美しいギリシャの少年が円柱によりかかって、昔の威力を物語る戦勝記念標の高い旗竿を見上げています。旗は喪章のように垂れさがっています。
ひとりの娘がそこで休んでいます。水のはいった重い桶を下に置いていました。桶をかついできた棒は肩の上にのせたまま、戦勝柱に身をもたせています。
いまきみの眼の前に見えるのは妖精の城ではなくて、教会です。金めっきをした円屋根とそのまわりの金の球が、わたしの光を受けて、きらきらと輝いています。その上のほうにあるりっぱな青銅の馬は、おとぎばなしの中の青銅の馬のように、旅をしてきました。はじめここへやってきて、それから行ってしまい、そうしてまた戻ってきたのです。
きみには壁や窓の色とりどりの美しさが見えますか? まるで天才が子供の言うなりになって、この珍しい寺院の装飾をしたのではないかと思われます。きみにはあの円柱の上の翼のある獅子が見えますか? 金はいまもかわらず光っていますが、翼はしばられています。獅子は死んでいるのです。なぜならば、海の王が死んでいるからです。
大きな会堂の中はからっぽです。むかし高価な絵がかかっていたところも、いまでは裸の壁がむきだしになっています。浮浪者がアーチの下で眠っています。かつては、この廊下には身分の高い貴族しか足を踏み入れることができなかったものです。深い井戸からか、それとも溜息の橋のそばの牢獄からか、一つの溜息が聞えてきます。」その昔には、色あざやかなゴンドラの上でタンバリンの音が響き、婚約の指輪が輝かしい総督の船ブーチントロから、海の女王アドリア海へと投げ込まれたのです。
アドリアよ、おまえの身を霧の中につつみなさい! 寡婦のベールをもって、おまえの胸をおおいなさい! そしてそれを、おまえの花婿の御陵の上に、幽霊のような大理石の都ベネチアの上にかけなさい!
第十九夜
「わたしはある大きな劇場を見下ろしました」と、月が言いました。
「その劇場は見物人でいっぱいでした。
というのは、新しい俳優が初舞台を踏むことになっていたからです。
わたしの光は壁にある小さな窓の上をすべっていきました。
すると、化粧をした一つの顔が、額(ひたい)を窓ガラスに押しつけていました。
それがその晩の主人公だったのです。
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