初級翻訳・旅の仲間 第7話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

すると、窓があいて、お姫さまが、長いまっ白なガウンを着て、大きな黒いつばをつけて、とび出しました。
お姫さまは、町をこえて、大きな山のほうへむかって、とんでいきました。

旅の仲間は、自分のからだがよそから見えないようにしていました。
それで、お姫さまには見つからずに、すぐそのあとを追いかけて、お姫さまのからだをむちで打ちました。
打ったところからは、血が流れ出ました。
ああ、なんとおそろしい空の旅でしょう!
風のせいで、お姫さまのガウンはあおられて、まるで大きな帆のように、あっちへもこっちへもひろがりました。
それをすかして、お月さまの光がぼんやり見えました。
「まあ、ひどいあられだこと! ひどいあられだこと!」とお姫さまは、むちで打たれるたびに言いました。
でも、お姫さまは、むちで打たれるくらい、しかたがありません。

それでも、とうとう山につきました。
山につくと、お姫さまはトントンと山をたたきました。
すると、かみなりの鳴るようなすさまじい音がして、山がさっと開きました。
お姫さまは中へはいっていきました。
旅の仲間もすぐあとにつづいてはいりました。
よそからはからだが見えないようにしていましたから、だれも、旅の仲間に気がついたものはありませんでした。

お姫さまと旅の仲間は、大きな、長い廊下を通っていきました。
廊下のかべは、ふしぎな光をはなっていました。
それもそのはず、何千とも知れない光グモが、かべをはいあがったりおりたりして、火のように光っていたからです。
やがて、ふたりは、金と銀とで作られた、大きな広間に出ました。
ヒマワリほどもある、赤や青の大きな花が、かべにかがやいていました。
けれども、この花をつむことは、だれにもできません。
なぜなら、くきと見えたのは、じつは見るもおそろしい毒のあるヘビでしたし、また、花と思われたのは、そのヘビの口からはき出すほのおだったのです。
天井ではホタルがピカリピカリと光り、空色のコウモリがうすいつばさをバタバタうっていました。
そのありさまは、なんともいいようのない、ふしぎな光景でした。
広間のまん中に玉座がありましたが、それは、四つのウマのがいこつの上にのっていました。
くつわは、まっかな火のクモでできていました。
玉座はといえば、乳色のガラスでできていました。クッションは、お互いにしっぽをかみあっている、小さな黒ネズミたちです。
玉座の上には、バラのように赤いクモの巣の、天がいがありました。
それには、見るもかわいらしい、小さな緑のハエがちりばめてあって、宝石のようにキラキラしていました。
その玉座には、ひとりの年とった魔法使いが、みにくい頭にかんむりをかぶり、手には、しゃくを持って、すわっていました。
魔法使いは、お姫さまのひたいにキスをして、自分のそばのりっぱな椅子に、腰をおろさせました。
やがて、音楽がはじまりました。
大きな黒いキリギリスが、ハーモニカを吹き鳴らしました。
フクロウは、たいこがないので、かわりに、自分のおなかをたたきました。
なんておかしなコンサートでしょう。
ちっぽけな黒い小人が、ずきんに鬼火をつけて、広間の中を踊りまわりました。
そうしているあいだも、旅の仲間の姿は、だれにも見えませんでした。
ほんとうは、玉座のすぐうしろに立っていて、なにもかも、のこらず見たり、聞いたりしていたのでした。
そのうちに、宮中の役人たちが出てきました。
見れば、たいそうきれいで、じょうひんなようすをしています。
しかし、ほんとうにものを見ることができる人ならば、その役人たちがなんであるか、すぐにわかるはずです。
じつは、この役人たちは、ほうきのえに、キャベツの頭が、くっついているだけだったのです。
魔法使いが、それに命をふきこんで、ししゅうをした着物をきせてやっていたのです。
けれども、そんなことは、どうだってかまいません。
ただ、にぎやかに飾りたてるためのものだったのですから。
それからも、踊りは、しばらくつづきました。
そのあとで、お姫さまは魔法使いに、またあたらしく、結婚を申しこみに来た人のあることを話しました。
そして、
「あしたの朝、その人が御殿へ来たら、どんなことを心に思っていて、たずねてみましょうか?」と、ききました。
「いいかい。
おまえに、いいことを教えてやろう」と、魔法使いは言いました。
「なにか、ごくやさしいことを考えていなさい。
そういうことは、あんがい思いつかんもんでな。
そうだ、おまえの靴のことでも考えていなさい。
まず、あたりっこないね。
そうしたら、すぐ首を切らせなさい。
だが、あすの晩、わしのところへ来るときには、忘れずに、そいつの目玉を持ってくるんじゃよ。
もう、目玉が食いたくてたまらんからのう」
「はい、目玉は、忘れずに持ってまいります」と、お姫さまは、ていねいにおじぎをして、言いました。
魔法使いが山を開いてやると、お姫さまは、御殿を目ざして、とんで帰りました。
旅の仲間も、すぐそのあとを追いかけて、お姫さまをむちで、打って打って、打ちのめしました。
なんてひどいあられなんだろう、と、お姫さまは、深いため息をつきつき、大いそぎでとんで帰って、窓から寝室の中へはいりこみました。
いっぽう、旅の仲間は、ヨハンネスがまだ眠っている宿屋にとんで帰りました。
つばさをはずすと、くたびれきっていましたので、すぐに寝床にはいりました。
あくる朝、ヨハンネスは、ずいぶん早くから目をさましました。
旅の仲間も起きあがって、こんなことを言いました。
「ゆうべは、みょうな夢を見ましたよ。
それが、お姫さまと、お姫さまの靴の夢なんでね。
だから、ヨハンネスさんや、『お姫さまは、ご自分の靴のことを、考えていらっしゃるんじゃありませんか』と、きいてごらんださいよ」
もちろん、これは、旅の仲間が、山の魔法使いから、自分の耳で、じかに聞いたことなのです。
しかし、ヨハンネスには、そのことは、なんにも言いませんでした。
「ぼくは、なんて言うか、まだきめてないんです」と、ヨハンネスは言いました。
「あなたが夢でごらんになったことは、きっと、ほんとうのことにちがいありません。
だって、ぼくは、神さまが、きっと助けてくださると信じているんですもの。
だけど、あなたともお別れですね。
もしも、ぼくがやりそこなったら、もうこれっきり、お会いできないんですからね」
そこで、ふたりは、キスをしあいました。
それから、ヨハンネスは、町へはいって、御殿をさして行きました。
大きな広間は、人でいっぱいでした。
裁判官たちは、ひじかけ椅子に腰かけて、頭のうしろに、カモのやわらかいわた毛のつまったふとんをあてていました。
それというのも、この人たちは、いろんなことを、どっさり考えなければなりませんからね。
お年よりの王さまは、立ちあがって、白いハンカチで、目の涙をふきました。
まもなく、お姫さまがはいってきました。
きょうはまた、お姫さまは、きのうよりもずっと美しく見えます。そして、そこにいる人々に、ニコニコしながらごあいさつをして、ヨハンネスに手を差し出し、「おはようございます」と言いました。

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