初級翻訳・気狂い機関車 第2話

大阪 圭吉

今から約一時間前の犯行の推定時刻に、この下り一番線を通過した列車について伺いたいのですが――」
すると今度は、チョビ髭の助役が前に出てきました。
「列車、と言いますと、少し部外者の方には奇妙に思われるかもしれませんが、ちょうどその時刻には、H機関庫からN駅の操車場へ、作業のために臨時運転された長距離の単行機関車(客車や貨車を引かない機関車のみの運行)が、この線路を通過しております。
入換用のタンク機関車で、番号は、確か2400形式の73号だったと思います。
ご存じの通り、臨時の単行機関車などには決まった速度はありませんので、閉塞装置による停車命令のない限り、言い換えれば、あらかじめ運転区間の線路上における安全が保障されている以上、多少の時刻の変更は認められております。
ですから、その73号のタンク機関車が駅舎のホームを通過した時刻を、今ここで厳密に申し上げることはできませんが、三時三十分から五分以上ずれるようなことはなかったはずです。
なお、機関車が下り一番線を通ったのは、ちょうどその時、下り本線に貨物列車が停車していたためです」
「すると、もちろんそのタンク機関車は、駅舎のホームを通過してから、現場で一度停車したのでしょうな?」
喬介が言葉を挟みました。
「そうです。
おそらくご存じのこととは思いますが、タンク機関車は他のテンダー機関車(炭水車を連結する機関車)と違って、別に炭水車を引いておらず、機関車の本体の一部に小さな炭水槽を持っているだけです。
したがって、H駅からN駅間のように六十マイル(約96キロ)近くもある長距離の単行運転をする場合には、どうしても当駅で石炭と水の補給をしなければならないのです。
もちろん73号も、ここで停車したに違いありません。
そして、この給水タンクから水を補給し、あそこの石炭の山から石炭を積み込んだはずです」
チョビ髭の助役はそう言って、給水タンクのすぐ東隣に、同じように線路に沿って黒々と横たわっている、高さ約十三、四フィート(約4メートル)、長さ約六十フィート(約18メートル)の大きな石炭の山を、太った体を背伸びさせるようにして指差しました。
そこで喬介は助役に軽く会釈すると、今度は司法主任と向かい合って顕微鏡を覗き込んでいる警察医のそばへ行き、その肩に軽く手をかけました。
「どうです。わかりましたか?」
すると警察医は、少しそのままで黙っていましたが、やがてゆっくり立ち上がると、大きくあくびを一つし、ロイド眼鏡のレンズを拭きながら答えました。
「ありましたよ。いや、実にたくさんありました。
まず、多量のガラス質に包まれて、アルカリ長石、雲母角閃石、輝石などの微片。それから極めて少量の石英と、橄欖岩(かんらんがん)に準長石……」
「なんですって? 橄欖岩に準長石? ……ふむ。それに、石英は?」
「ごく少量です」
「……いや、よくわかりました」「それにしても、……珍しいなあ……」
喬介はそう呟くと、しばらく黙り込んで考え込んでいましたが、やがて不意に顔を上げ、今度は助役に向かって尋ねました。
「この駅の近くの線路で、地面の砂利として『粗面岩(そめんがん)』という石を敷き詰めている場所はありますか?」

するとその問いに、助役に代わって配電室の技師が答えました。
「ここから東へ三マイル(約4.8キロ)ほど行った発電所の近くに切り通しがありますが、そこの山の切り口から珍しく粗面岩が出るので、その部分の線路だけ、わずかですが、地面の石として粗面岩を使っています」

「なるほど。するとその場所の線路は、もちろんこの駅の保線区が管理しているのでしょうね?」
「その通りです」今度は助役が答えました。

「では、最近その場所の地面を固める工事はしませんでしたか?」
「しました。昨日と一昨日の二日間、当駅保線区の作業員が五人ほど出て工事をしました」
助役がそう答えると、喬介は生き生きと目を輝かせながら言いました。
「わかりました。殺人に使われた凶器は『バチ形ツルハシ』です!」
そして、驚く一同を軽く微笑みながら見回して、こう付け加えました。
「しかもそれは、この駅の工事道具置き場にあるはずです!」

          二

私は、喬介の推理に今さらながら唖然としました。ツルハシの片方の刃先が五センチほどバチのように開いた凶器――汽車の窓からよく見かける、線路の作業員が振り上げているあの力強いバチ形ツルハシの姿が、はっきりと目に浮かびました。
内木司法主任も私と同じように驚いたようで、目を大きく見開いたまま、警察医の方を不安そうに見つめました。

するとこれまでポケットに手を入れたまま黙り込んでいた、頬骨の突き出た痩せぎすの駅長が、熱心な口調で喬介に向かって言いました。
「しかし、傷口からそれらの石の欠片が見つかったからといって、凶器が例の切り通しで使ったバチ形ツルハシだと決めるのは、少し早計ではないでしょうか? ご承知の通り、角張った砕石は道床としては理想的ですが、高価なので日本ではあまり使われず、代わりに砂利が使われます。ですが、それも値段が張るため、経済的な工夫として、下層には砂の混じった砕石を入れ、表面だけに良い砂利を敷き詰める『化粧砂利』という方法をとります。この下層の砕石に石英粗面岩を使った道床は、H駅の近くにもいくつもあるのです」

駅長はそう言って喬介の顔を熱心に見つめました。しかし、喬介は決してひるみませんでした。
「石英粗面岩、ですって? いや、大変いい参考になりました。ですが、石英粗面岩と粗面岩は、同じ火山岩に属していても、全く別の岩石であることを忘れないでください。粗面岩には石英はほとんど存在せず、代わりに橄欖岩(かんらんがん)や準長石が含まれることが多いのです。しかも、この種の岩石は日本国内では極めて産出が少なく、大変珍しい代物なんですよ」

駅長は二、三度軽く頷くと、急に黙り込んでしまいました。
喬介は司法主任に向かって言いました。
「とにかく、バチ形ツルハシはそんなに小さな道具ではありませんから、一応その辺りを探してみてください。もしあれば、きっと見つかるはずです」
二人の警官が、司法主任から凶器の捜索を命じられました。

一方、喬介はそっと私を招くと、先ほど司法主任が教えてくれた線路沿いの血の雫の跡を懐中電灯で照らしながら、線路伝いに駅の西端へ向かって歩き始めました。しかし、二十メートルほど歩いたところで立ち止まり、後ろを振り返って、給水タンクの下で指示を出している司法主任の方を顎で指しながら、私に言いました。

「ねえ君、大将(司法主任)が言っていることは、あの遺体に関しては大体間違っていないようだ。つまり、遺体はタンク機関車73号から落とされたもので、この血の雫は、同じ73号の操縦室の床から、機関車が給水で停車している時から落ち始めたものだ、というわけだ。そして彼は、73号に乗っていた被害者以外の乗務員に対して有力な疑いを抱いているらしい。まあ、素直な推理だよ。だが僕は、その推理について論じる前に、あの遺体の奇妙に開かれた両脚や、指を固く握りしめたままの右手に、何よりも興味を覚えるんだ。いいかい、あの遺体の傷口を思い出してほしい。

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