初級翻訳・潜航艇「鷹の城」 第22話

小栗 虫太郎

でも、艇長のために目が見えなくなるほどのつらい目に遭った彼女のことを考えると、あの夜の毒殺事件だけでは、恨みが収まらなかったのかもしれないな……」と、検事はようやく納得がいったような顔でつぶやきました。

ヴィデ――この怪しい男の名前を突き止めた今、あとは、謎の男シュテッヘが陸に上がってくるのをじっと待つだけでした。
部屋の明かりを消した真っ暗闇の中で、二人は耳をすまし、どんな小さな物音も見逃さないように神経を尖らせて待ち構えていました。やがて夜が明けようとするころ、時計が力強い音で、ゴーン、ゴーンと五つの鐘を響かせました。その瞬間、波の音も、窓ガラスがカタカタ揺れる音も、この世のすべての音がピタリと止まってしまったかのように感じられました。

二人の前には静かな朝が訪れ、一見すると何事も起きていないように見えました。しかし、念のためにみんなの寝室を見回ってみることにしました。すると、廊下を歩くうちに、朝枝(あさえだ)の部屋のドアが、なぜか少し開いていることに気づいたのです。
部屋の中をそっと覗き込んだ瞬間、二人の心臓は凍りつきました! ベッドの上には、まるでロウ人形のように真っ白になった朝枝が、息もせず、ぐったりと横たわっていたのです。

三、海底の花園

幸いなことに、朝枝はまもなく息を吹き返しましたが、実はだれかに首を絞められ、息ができなくなっていたという、恐ろしい事実がわかりました。
さらに信じられないことに、その部屋のドアは、前の晩に寝る前に、法水がしっかりとカギをかけておいたのです。そのカギは、今でも法水の手の中にしっかりと握られたままでした。それなのに、あの不気味で目に見えない犯人は、音もなく部屋に入り込み、去っていったのです。

疑われていたヴィデではなく、朝枝が襲われたことで、法水の頭の中のパズルがガラリと組み替わりました。彼はすぐにウルリーケ夫人を呼び出すと、直球でこう切り出しました。
「また『菩提(ぼだい)樹の葉』と『十字架』のお話になりますが、僕は今になって、ようやくあなたが伝えたかった本当の意味が分かりました。そして、これまでシュテッヘという名前でみんなを怖がらせていた怪物の、本当の名前を暴くときが来ました。いいですか、夫人。実は、さっき朝枝の首を絞めたのは、シュテッヘなどではありません。フォン・エッセン艇長その人だったのです!」

「一体、何を言っているのですか!」
ウルリーケは、鋭い目つきで法水をにらみつけました。となりにいた検事は、その言葉を聞いて、まるで木の人形のようにカチコチに固まってしまいました。なぜなら、もし法水の言うことが本当なら、あのとき、みんなの目の前で確かに死んだはずの艇長が、実は生きているということになってしまうからです!

しかし、法水は迷うことなく、一気に話し続けました。
「そういえば、以前、そのお話とボートの旗のマークが一致していることで、僕たちは頭を悩ませましたね。でも今思えば、あれは偶然にしては、できすぎたイタズラでした。あなたが、背中に弱点を持つ英雄『ジークフリート』の物語を使って、艇長の弱点をほのめかしたのには、ある単純な理由があったのです。つまり、艇長には、持病の発作(ほっさ)があった。たしか、歩くときに足が痛んで動かなくなる『間欠性跛行(かんけつせいはこう)症』という病気ですね……」

その瞬間、ウルリーケ夫人の顔がビクッと引きつり、持っていた細いタバコが、ほっそりとした指の間からポロリと床に落ちました。
「そして、最初の事件のとき、その激しい発作のせいで、みんなは艇長が死んでしまったと勘違いしてしまったのです!」「なぜなら、この病気はもともと、手や足のどちらか片側だけに起こるもので、体の温度はまるで死んでしまったかのように冷たくなり、血管が固くなるせいで、脈を触ろうとしても全く感じられないほど、弱くなってしまうからなのです。

艇長がその発作を利用して、自分が死んだように見せかけたのは、あの状況ではものすごく賢いやり方でした。でも、そうやって足をひきずりながら魚雷発射管の部屋の方へと歩いて行った姿を見て、僕たちは、足の不自由なシュテッヘだと完全に勘違いしてしまったのです。

そう考えると、あの真っ暗だった謎の世界に、スーッと明るい光が差し込んでくるのが分かります。

ふと僕は、その後の艇長が、どんなに不思議で奇妙な生活を送っていたかを、はっきりと頭に思い浮かべることができました。

これまでの結果だけを見てみれば、なんと彼は、一人で三つの役割をこなしていたことになるのです。……ねえ、夫人。あなたはおそらく、そのことをご存じないのでしょうね」

「いいえ! その病気の話はたしかに本当かもしれませんけれど……今のテオバルト(艇長)は違うのです。あのウィーンの『鉄仮面』――ヘルマンスコーゲルの丘にある牢獄に閉じ込められている囚人こそが、実は彼なのですわ!」

と、ウルリーケは必死になって叫び、心の中に隠していた秘密をすべて吐き出してしまったかのように見えました。

しかし、法水は優しく首を横に振ると、コートのポケットから一通の封筒のようなものを取り出しました。

その瞬間、ウルリーケは全身の力が抜けてしまったかのように、ただうっとりと、夢でも見ているかのような様子で、法水が読み上げる言葉にじっと耳を傾けました。――はたして、その手紙に書かれていた内容とは、どのようなものだったのでしょうか。

『――そして、看守長が私を案内して、数えきれないほどたくさんの、見張り塔の階段を上っていきました。私がイギリス人の医者だからこそ、そこまで案内してくれたのでしょう。やがて階段を上りきると、廊下の突き当たりに、とても美しい部屋がありました。

そして、その部屋の中には、見たこともないような奇妙な格好をした人物が、一人でぽつんと、突っ立っていたのです。その人物は、おどけた道化師(フォールスタッフ)のお面をかぶっていました。背の高さは6フィート(約180センチ)以上もあり、着ている服は、私たちとそれほど変わらない普通のものでした。

ところが、その腰のあたりをよく見ると、そこには頑丈な鉄の鎖がしっかりと結びつけられていました。もちろん、言葉を交わすことなど、一言だって許されてはいません。

それから私は診察を始めました。それはまるで、昔フランスのバスチーユ牢獄で「鉄仮面」を診察したマルソラン医師の話を思い出すかのように、まずは仮面の口元から突き出された舌を調べることから始まりました。

そうして全身の診察が終わると、私は再び、紹介してくれた叔父のフォン・ビューローのところへ連れ戻されました。そのとき私は、うっかり患者の名前を尋ねてしまったのです。

すると叔父は、机をガン!と叩いて、「お前は、あの部屋の合鍵でも欲しいのか!」と怒鳴りつけました。しかし、すぐに優しい顔に戻ると、「まあいい、パット。あの愚か者については、これだけ教えておこう。……とある侯爵さ」と、それだけを静かに言うのでした。

ですが、お手紙で尋ねられていた「コンパス(羅針盤)のタトゥー」については、体中をくまなく探したものの、とうとう見つけることはできませんでした。

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