初級翻訳・潜航艇「鷹の城」 第12話

小栗 虫太郎

深度計を見ながら、機関部に「いま海底に着くぞ」という声をかけようと唇を開いたとき、艇体に微かな震えを感じた。
これで、艇体が完全に着底したわけである。
私は底荷水槽に水を入れ、動揺を防いだのち、艇首から艇尾まで徹底的に点検させた。
それが終わり、「すべて固く密閉、故障なし」との報告を受けて、私は総員に対し、配置を離れて十分に休養するようにと命じた。
ここは、風波の憂いもなく、敵襲の恐れもなく、世界中で最も安全な場所である。しかも、激しい仕事を終えたあとの、休息の楽しさといったら、何物にも代えがたいものだ。
各自の持ち場を離れて兵員室へ向かう部下たちの顔には、明日の決行を思う誇りと喜びに満ちた輝きがあった。
そうしてぐっすりと眠っていたとき、「艇長、三時三十分です」という大声で呼び起こされた。
聞けば、二時ごろから艇が横揺れを始め、天候が変わって海上は風波が強くなっているらしいとのことだった。
そこで、早めの朝食をとったあと、私は総員に訓示を与えた。
「諸君、今朝われわれが行う潜航は、祖国を腐敗から救うための、偉大なる隠れんぼうだ。
しかし、恐れることはない。
プロイセンには、われわれよりも先に、輝かしい功績を上げた戦友たちがたくさんいる。
今朝、われわれは彼ら以上の大成功を期待している。
諸君、恐れずに今朝も子供のように隠れようではないか。
私は各自が、その任務を十分に尽くしてくれることを望む。
諸君、さあ、浮上の部署につこう」

それから、艇を水面下十メートルの位置に保ち、静かに潜望鏡を出して周囲の様子をうかがった。
しかし、海上は波が高く、見通しはきかなかった。
それでも、右舷の遠くに黒々と防波堤が見え、星のようにきらめくタラント軍港の明かりが見えた――いまや、戦艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は目と鼻の先に迫っていたのである。
水上に顔を出すと、頬に明け方の空気が刺すように感じられた。
本艇はこのとき通風筒を開いて新鮮な空気を入れ、やおら行動を開始した。
朝霧のために防波堤の姿は少しも見えないが、その足元で砕ける波頭だけが、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がっていた。
艇を進めて入江に入り込むと、霧はますます濃くなってきた。
「仕方がない。これでは、亀の歩みのような潜行だ」
それは、潜望鏡の視野が広がった現代では、すでに古い戦術である。
敵艦に近づき、突然水面に躍り出て、それからまた潜って魚雷を発射する機会を狙うのだ。
ルーレットの目に命を賭けたわれわれは、ここで予想外の強行襲撃に打って出た。
展望塔の中は活気づいてきた。
神経が極度に張り詰め、「もうイタリアの領海だぞ」という意識がわれわれを励ましてくれた。
その時、広大な闇の向こうに、一つの手提げ灯が現れた。
そして、大きな声で「オーイ、レオナルド・ダ・ヴィンチ……」と呼ぶ声が聞こえた。
僚艦の一つらしく、続いて現れた灯りのおかげで、本艇は戦艦レオナルド・ダ・ヴィンチの場所を知ることができた。
ところがその時、何かが艇首に触れたらしく、ズシンと震えるような衝撃が伝わった。
「捕獲網か……」
一瞬、目の前が真っ暗になったが、艇は何事もなく進んでいく。
実は、本艇は陸上の警報器につながっている浮標(ブイ)に触れてしまったのだった。
やがて、砂丘の向こうがカッと明るくなったかと思うと、天に向かって放たれた光の帯が、倒れ落ちるようにこちらへ降り注いできた。
「いかん。早く! 魚雷網が下りてくる前に発射するんだ!」
みるみるうちに陸からの砲火が激しくなり、入江の中は煮えたぎるようになった。
水に激しく当たって飛び散る波しぶきに心臓が躍ったが、まもなく闇の彼方で、鈍い、何かを引きずるような音が響いた。
艇がグラグラと揺れ、潜望鏡には海面から渦巻いて立ち昇る火竜のような火柱が映し出された。
本艇は「レオナルド・ダ・ヴィンチ」号の艦底を潜り抜け、まず第一の魚雷を発射したのだった。
そうして再び潜行し、今度は入江の入り口――距離にして約二千ヤードとおぼしきあたりから、とどめの二発を炎めがけて射ち出した。
この逆転の戦法に、敵はまんまと罠にはまってしまった。
砲台やほかの艦が気づいたときにはもう遅く、本艇は白み始めた薄闇を突き抜けて、うなりを上げながら猛スピードで突き進んでいた。
艦側から海中に飛び込む兵員たち、次第に姿を現す赤い船腹、やがて魚雷網の支柱にまで火が移り、戦艦はまるごと一団の火の塊と化した。
こうして、戦艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」はタラント軍港の水面下へと沈んでいったのである。
「見ておくがいい。モナ・リーザ嬢が、いまゲラゲラと狂ったように笑っているぞ。ダ・ヴィンチ先生のせっかくの傑作も、あんなに無様に吹き飛んでしまっては終わりだな」
私は安全区域に出ると、すぐに戦果を報告したが、打ち返してきた返電を見て唖然とした。
――貴官は目下、海軍高等軍法会議に付されている。
こうして私は、七つの海を永遠にさまよい続けなければならない身となった。
祖国よ! 法規とは何だ。戦いに敗れ崩壊したあとに、こまごまとした規律など何の意味があるというのか。
読み進めるうちに、法水の目頭がじっとりとにじんでいった。
しばらく声もなくじっと見つめていると、検事が目を覚まさせるように、ガツンと肩をたたいた。
「どうしたんだい、ひどく感激しているじゃないか」「……ただ、仏様のことだけは、絶対に忘れないようにしてくださいね」

「じゃあ、君には何かが分かったというのかい? 君は、あの傍線にとり憑かれているようだが……」

「僕は、艇長の肉体に何か秘密があるんじゃないかと思うんです。それを妻らしく、ウルリーケが『お気をつけなさい』と注意したのではないですか。いや、決定的な証拠というわけではありません。ただ、相手がジーグフリード(伝説の英雄)ですからね。あて推量であっても、図星がそこを突いている可能性はあります。とにかく、菩提樹の葉でできたというジーグフリードの弱点が、この場合、フォン・エッセンのどこにあたるのか……さっぱり僕には、この組み合わせが飲み込めないんですがね」

と検事は混乱した様子で言いましたが、さらに『ニーベルンゲン譚詩』を読み進めるうちに、第二の発見がありました。
それは、ジーグフリードが殺される山狩りの日の朝、妻のクリームヒルトが前夜の悪夢を語るという場面でのことです。

【昨夜、私は夢を見ました。山が二つ、恐ろしい音を立ててあなたの頭の上に落ちてきて、もうあなたの姿を見ることができなくなってしまったのです】

と書かれた下の空白に、次の数行の詩が記されていたのです。
それは明らかにウルリーケの筆跡で、インクの痕もまだ生々しく残っていました。彼女は自分の夢を、この物語の文章の下に書きつけていたのです。

――私が眠りについてすぐ、夢を見ました。そこはとても暑い夏の日暮れで、夕陽に輝く庭園でしたが、その光はしだいに薄れていきました。そのうちに、一枚の菩提樹の葉がチューリップの上に落ちるのを見ました。さらに歩いていくと、今度は広々とした池に出会いました。その畔に咲く撫子の花は、どれも垂れ下がるほど大きな花びらをつけていました。

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