初級翻訳・潜航艇「鷹の城」 第11話

小栗 虫太郎

その森には清らかな泉がありました。疲れたジーグフリードが喉を潤そうと身を屈めたとき、突然背後から、きらめく長槍が突き出されました。そうして、肩に残された唯一の弱点を貫かれ、ジーグフリードは、あえなくハーゲンの手によってこの世を去ったのでした。

やがて、その遺体は獲物とともにクリームヒルトのもとに届けられました。しかし彼女は、深い悲しみの中にあっても鋭い眼光を放ち、棺の前で審判を求めたのです。それは、加害者が遺体のそばを通るとき、傷口からふたたび血が溢れ出すという伝説の儀式でした。果たしてその通り、ハーゲン・トロンエが近づくと遺体は血を流しました。クリームヒルトはそれを見て心に誓い、ひそかに復讐の機会を狙って、十三年という長い歳月を過ごしました。ウォルムスの城内に閉じこもり、爪を研ぎながら復讐の時を待つクリームヒルト……。

そうして、「ニーベルンゲン譚詩」は下巻へと移っていきます。しかし、悲劇と残虐を極めたこの大叙事詩の結末を、映画や演劇を通じて知っている読者も少なくないでしょう。十三年間、一瞬たりとも変わらずにジーグフリードを想い続け、ひたむきに注がれたクリームヒルトの愛は、たとえ人倫に背き、一族を滅ぼし尽くす結果になったとしても、単に残忍な皇后の行いとは言い切れないのです。亡き人を慕って今なお尽きることのない恋の炎こそが、この長大な物語を貫く魂の旋律なのです。

十八年前にトリエステで起きた出来事と、ジーグフリードの死。また、ジーグフリードの弱点とは何だったのか。さらに、それをハーゲンに教えることになった、服の上の十字の印とは……。そしてまた、二人の女性のうち、どちらがウルリーケに重なるのか。故人を慕って今なお止まぬクリームヒルトか、それとも、隠れ蓑に騙されたブルンヒルデなのか……。作者は、時代を隔てた二つの物語をつなぎ合わせ、その隠された意味と変転の線上で、海底の惨劇を最後まで綴っていきたいのです。

「ホホウ、『ニーベルンゲン譚詩』――世界古典叢書だな。これはラスベルグ稿本の逐字訳で、英訳の中では一番価値の高いものなんだが」
そう言って、ずっしりと重い本をめくっていくうちに、ふと四、五枚のページが貼りついている箇所にぶつかりました。そこには、ページの中央から糸の跡にかけて、薄い水のような液体の流れた跡が残っています。法水(ほうすい)はその跡をしばらく嗅いでいましたが、やがて彼の瞳に、何かに魅せられたような妖しい色が浮かび上がってきました。

「ねえ支倉君、僕がもし、ボードレールのように神秘的な感覚を研ぎ澄ませていたなら、この涙の匂いで、ウルリーケのことを一体なんと表現しただろうね。これからは、牧場のように緑深く……嬰児の肌のようにすずしく……また荘重で、魂の深い呻きを聴くことができるんだよ」

その涙の跡は、片時もウルリーケの心の底を離れない幻――亡きフォン・エッセン男爵を慕う、火よりも熱く、絶えることのない情熱の泉でした。ところが、まもなくそうした感情や好色的な薄笑いは彼の顔から消え失せ、瞳が、まるで獲物を貪るかのように、ある一枚のページに釘付けになりました。それは、英雄ジーグフリードの妻クリームヒルトが、夫を害そうとするハーゲンに騙され、どんな刃も通さない夫の身体にも、たった一箇所だけ弱点があることを打ち明けてしまう、運命の章句だったのです。悪竜の命を絶った傷口から、深紅の血潮がほとばしり出たとき、その勇士は立ち昇る湯気のような血の奔流に、自らの身をひたした。
そのとき、菩提樹の枝から一枚の葉が舞い落ち、彼の肩に張りついて離れなかった。その場所だけは、鋼の刃が彼を傷つけることができる。
それゆえに、私はその手(ハーゲンの企み)を恐れるのだ。

そして、三つの句のあとにも、次のような一節があった。
クリームヒルトは語る――。
「私はひそかに、美しい絹の糸で、彼の衣の上に十字のしるしを縫いつけておきましょう」

「いつかは分かることだろうが、この数章の中に二箇所だけ、紫色の鉛筆で傍線が引いてある。――『葉(Leaf)』と『十字形(Crosslet)』の下にだ。だが、けっしてこれは今日このごろ記されたものではない。とにかく支倉君、この艇内日誌を調べてみることにしよう。そうすれば、あるいはこの傍線の意味が分かってくるかもしれないからね」
飽くことを知らない彼の探求心は、普通の人なら見過ごしてしまうような傍線の上に、鋭い神経を集中させた。
そして、白いズックの表紙がついた艇内日誌を開いたが、そのとき二人の目には、サッと驚きの色がかすめた。
というのは、最初の一ページと、中ほどにあるイタリアの戦闘艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の雷撃を記したページ以外は、ことごとく切り取られていたからだ。
ところが、それを初めから読み下していくうちに、最初の日の記述の中から、次の一章を拾い上げることができた。

――ウルリーケが旅立ちの贈り物に『ニーベルンゲン譚詩』を贈ってきた真意は判然としないが、彼女はそのうちの一節に紫の鉛筆で印をつけ、かたわらの艇員の目を怖れるようにして私に示した。
私はただちにその意味を悟ったので、くれぐれも注意するようにと伝え、彼女に感謝した。
しかし、そのために心は暗く沈み、彼女の思慮はかえって前途に暗い影を投げかけるものとなった。

三、深夜防堤の彷徨者

「法水君、分かった、やっと分かったよ。傍線をつけたのは、やはりウルリーケだったのだ」
検事が勢い込むのを、法水は不審げに眺めていたが、
「分かったって……一体何が分かったのだ?」
「つまり、葉と十字形さ。いわばこいつは、ジーグフリードの致命点だったからね。それに、傍線を引いてフォン・エッセンに示したところを見ると、何かそこになくてはならない理由があるはずだ」
「なるほど、辻褄は合うがね。だが僕は、君の言うような安っぽい満足はしないよ。大いに不十分だ。とにかく、もっと先を読んでみよう」
そう言って彼はページを繰り、タラント軍港における巨艦雷撃の箇所を読みはじめた。

――一日の仕事が終わり、今日も日が暮れようとしている。私はわが艇をアドリア海の海底に沈め、休息をとることにした。
艇そのものは、まるでベッドに横たわっているかのように、柔らかな砂の上に静かに横たわっている。天候は穏やかだ。砂の上にある艇も、ゆらゆらと揺れることはない。
ところが、ふと聴音器に推進機の響きが聞こえてきた。
そこで、ふたたび浮上して潜望鏡をのぞいてみると、沈みゆく太陽を浴びて帆を燃え立たせた漁船の群れが、一隻の汽船を中心に網を入れようとしている。
好餌(獲物)――。私の胸に、飢えた狼が羊を見るような衝動がこみ上げてきた。
たとえ狙いを定めない盲弾を放ったにしても、十隻は確実に撃沈できるだろう。ちょうど射撃演習のようにあの汽船を沈めれば、燃料や食料品はしこたま手に入るはずだ。
だが反面、潜航艇が出没したという警報が、風のように広まってしまう恐れがある。
明日の明け方の決行――それまでは何事も差し控えねばならぬ。
私は胸をさすりながら水深を測ったのち、艇をふたたび沈下させた。

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