初級翻訳・潜航艇「鷹の城」 第20話

小栗 虫太郎

それでも法水は、その不気味なマークに、まるで魔法をかけるように命を吹き込んでいきました。
「この風変わりなマークの数々は、ちょうどこの部屋の真裏にあたる防波堤の上に書かれていたものです。パッと見ただけでは、ただの子供のいたずら書きにしか見えないでしょう。
しかし、幸いなことに、僕のちょっと変わったマニアックな知識がここで大いに役に立ちました。
つまり、これは大昔の大砲や火薬の秘密のマーク(火薬の生みの親であるコンスタンチン・アンクリッツェンから、ベネチアの城を攻める大砲使いのアレッサンドロ・カポビアンコまでが使っていた暗号)なのです。もちろん、こんな古い暗号を知っているのは、外国の軍事専門家の中でも、ほんのひと握りの人たちだけでしょう。「そこでまず、最初のマークから順番に、ガラスの粉、ひたす薬、硫黄(いおう)、タンニン、水銀、お酢、溶かす薬、黄色い粉、赤い絵の具、木のヤニ――と読んでいって、それぞれの言葉の頭文字を並べていくのです。
すると、なんとそれらが、ドイツ語で『ギフト・モルダー(毒殺者、つまり毒で人を殺した犯人)』という言葉になるではありませんか!
そうです、毒殺者なのです。
ところが、その後に続く14の文字は、残念ながらどうしても読むことができません。けれど、文字の数からなんとなく考えてみると、そこには二人の名前が隠されているように思えるのです。
もちろん、そのうちの一人は、もうすでに片づけられています。あの嵐の夜に、悪い人間でありながら、友達のシュテッヘを毒で殺してしまった八住(やすみ)です。となると、もう一人のほうは、奥さん、いったい誰のことになるのでしょうか」
法水は、相手の心にグサリと突き刺さるような強い話し方で問いかけました。しかしウルリーケは、まるで夢でも見ているかのように、ただぼんやりと目を潤ませているだけでした。
けれども検事は、あの遭難の夜の秘密がバラされていくのを聞きながら、その現場のどこか暗い片隅に、人間の目には見えない不気味な目撃者が潜んでいたのだと想像して、体中がゾクゾクと震え出すのを感じていました。
すると次の瞬間、その恐怖はさらに何倍にも膨らみ、彼は気絶しそうになるほどの大きなショックを受けたのです。
「もちろん、もう一人の名前を、ここでわざわざ口にする必要はないでしょう。
ですが、それ以外にも、まだもう一つ大きな問題があるのです。
というのは、最後に大きく書かれている『X』の文字から、亡くなった人の血で描かれた『卍(まんじ)』のマークが頭に浮かんでくるからです。さらに怪しいのは、毎晩のように八住が外へ出かけるのが、夜明けの朝5時ごろであり、今日の事件もやっぱり同じ時間に起きているということです。
そこで、この『X』という文字を、ローマ数字の『Ⅴ(5)』が二つ合わさったものだと考えてみましょう。すると、次に恐ろしい事件が起こるのも、やはり同じ朝5時なのではないかという心配が、どんどん強くなってくるのです。
奥さん、私たちは一晩中眠らずに、あなたを守りましょう。
あなたの悪い行いは、近代の素晴らしい軍人と言われた最初の夫フォン・エッセンを葬り去っただけでなく、続いて二人目の夫であるシュテッヘにも悲しい最期を迎えさせ、さらには三人目の夫である八住まで殺さなければならなくなりました。
そしてやがては、あの英雄フォン・エッセンも、私たちの手によって犯人として捕まることになるでしょう。
ですが、どんなことがあっても私たちは、悪い行いをしたあなたを、死の危険から守り抜かなければならないのです」
こうして、フォン・エッセンが本当に生きていることがはっきりしただけでなく、夜明けの朝5時には、おそらくその恐ろしい魔の手が、ウルリーケに伸びてくるに違いありません。
部屋の中は再び、しんと静まり返りました。すると、それまでは聞こえなかった海の波の音が耳に響き、遠くから馬車のラッパの音が、かすかに聞こえてくるのでした。
ところが、そのすぐ後に、事態はガラリと急展開しました。ウルリーケが静かに立ち上がると、本棚の中から二つのものを取り出してきたのです。
それを見た瞬間、法水はきまりが悪そうに、パッと顔を伏せてしまいました。
なぜなら、そのうちの一つは、かつてシュテッヘが研究していた『古代火術史』という本でしたが、まだページの端も切られておらず、一度も読まれた形跡がなかったからです。そしてもう一つの新聞の切り抜き帳には、大きな戦争の直前にヨットクラブのメンバーたちがどう動いたかが書かれており、なんと艇長とシュテッヘは、お互いに入れ替わるようにして反対のクラブに入会していたのです。
ウルリーケは、法水がバツ悪そうに言ったお礼の言葉を静かに受け入れると、自分の部屋へと戻っていきました。しかし、これで恐ろしい犯人の名前が、一瞬にしてフォン・エッセンからシュテッヘへと変わってしまいました。それと同時に、次に狙われている二人目の犠牲者が一体誰なのかも、いつの間にかモヤモヤと分からなくなってしまったのです。
どちらにせよ、あの遭難の夜に起きた秘密は、底なし沼のように深い謎に包まれています。もしかしたら、あの事故を生き延びた三人の目の見えない人たちに質問してみれば、本当のことが分かるかもしれません。
そこで、防波堤の上に書かれていた『もう一人の人物』が誰なのかを突き止めるために、さっそく三人の目の不自由な人たちが呼ばれることになりました。やがて、彼らの寂しげで悲しそうな姿が部屋に現れると、部屋の空気はさらにどんよりと暗く重苦しいものに変わっていきました。
まず最初に、詩人である犬射(いぬい)が、自慢の美しい髪をふわ揺らしながら、質問に答え始めました。
「私に、あの嵐の夜の艇長について話せとおっしゃるのですね。それは一言で言うなら、まるで海そのもののように、どこまでも静かで落ち着き払ったお姿でした。
艇長は、私たちに向かって『最後まで絶対に希望を捨てるな!』と何度も強く励ましてくださいました。けれど、目が見えない私たちの心は、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、知らず識らずのうちに、救命胴衣が置いてある倉庫のほうへと向けられていたのです。
すると艇長は、私たちのただごとではない様子に気づいたのでしょう。フッと優しく微笑むと、私たちに潜望鏡(海の上を見るための望遠鏡)を覗かせてくれたのです。
ところが驚いたことに、深さ20メートルもの深い海の中であるにもかかわらず、まわりの海水がまるで水銀のようにキラキラと白い光を放っているではありませんか。
『流氷だよ』――艇長にそう言われて、私たちは初めて、まわりの温度がものすごく下がっていることに気がついたのです。そしてそれを知った瞬間、急に私たちの目の前が真っ暗になり、まるで地面が真っ二つに割れて、その底から恐ろしい地獄が口を開けてこちらを覗いているような、そんな恐ろしい気持ちになりました。なぜなら、流氷は最短でも二日は続くものです。たとえその中に浮き上がったとしても、すぐに手足が凍えてしまい、凍死という悲しい結末を迎えなければならないからです。

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