ところが、この奥の部屋には、先ほどから朝枝(あさえだ)という娘がいるそうですが、こんな静まり返った場所で、盲人の鋭い聴覚が、ドアノブを回す音一つ聞き逃すはずがありません。
それに、その娘は今朝、この『鷹の城』には乗り込んでいなかったはずなのです。
支倉君、結論を言えば……絶対に盲人には成し得ない犯行だということです。
そして、一人の妖精のような存在が、どうやら見えかけてきたということですよ」
それから法水は、ウルリーケを手招きして、当時四人がいた位置を再現させました。
すると、ウルリーケは一つずつ椅子を配置し、右端から順に指し示していきました。
「ここが石割(いしわり)さんでございました。
それからヴィデさん、次が主人、そして最後が犬射さん、というのが順序なのです。
ところが先ほども申しましたように、犬射さんは立ち上がってうろうろしておりました。ですが、ヴィデさんだけは泰然と構えていたのです。
また石割さんに至っては、滑稽で惨めな姿でしてね。肩をぴくんと張った厳つい見た目に似合わず、両膝を床について、ぶるぶると震えていたのですわ」
ウルリーケが再び隅へ戻ると、法水はしばらく眉間に皺を寄せて考えていましたが、やがて検事をニコリともせず見て、別のことを口にしました。
「ねえ支倉君、できることなら、見当違いの努力をしないように、お互い気をつけようじゃないか。
何より恐ろしいのは、僕らの方で心気症的な壁……つまり、自分たちで勝手に思い込みの壁を築き上げてしまうことなんだよ。
現にこの『卍』の形がそうなんだが、以前の『黒死館』で、クリヴォフの死体の上に何があったか覚えているかい。
あの時、それは手の形をしていて、壇上の右手を指さしていた。
なるほど、そこには犯人の意志がたしかにあったが、しかし、それを論理的にどう証明するというんだ。
こんなつまらない小細工に引っかかって、勝手な心の法則なんてものを作られてはたまらないからね」
けれども、その「卍」の形は、絶えずあざ笑うかのようにびくびくと蠢いていて、舷窓(げんそう)の外で砕ける波が反射すると薄赤く透き通り、また、その泡が消え去るまでの間、四つの手が薄気味悪くうごめいていて、それにはヒトデの化物とでも思われるような生気が宿っていました。
しかし、法水は振り返りもせず、奥の部屋の扉を開けました。
その部屋には、前部の発射装置がそっくりそのまま残っており、複雑な機械の影は、まるで都会の夜景の中にいるような錯覚を起こさせます。
その前で、朝枝はぼんやりと、一つの鉢をじっと見つめていました。
その鉢には一本の赤いアマリリスが植わっていましたが、そうしている朝枝を一目見たとき、法水はなにかしら透き通ったような、人間離れしたもの(異質なもの)を感じたのでした。
朝枝は水っぽい花模様の単衣(ひとえ)を着、薄赤色の兵児帯(へこおび)を垂らしていましたが、細面で首の長い十六歳の娘で、その四肢は、まるで病的なまでに萎え細っていたのです。朝枝の姿は、まるで病弱で神経質そうな、童話に出てくるお姫様のようです。花の雨でも降ればそのまま消えてしまいそうなほど、痛々しく、蝋人形のような白い肌をしていました。しかしその一方で、どこか恐ろしいほど激しい精神的な何かが宿っており、それは混血という人種的な病がもたらしたものなのかもしれない、とさえ思わせる雰囲気がありました。
ところが、そこへウルリーケが入ってくると、朝枝の長いまつ毛の下で瞳がキラリと光りました。彼女は母親に向かって、とげとげしい言葉を投げつけたのです。
「お母さん、どうしてこのアマリリスをここへ持ってきたの。ああ、分かったわ。お母さんは私を殺そうとしているのね。だってこの花のことは、よく知っているはずだもの……。私をまたベッドに縛り付けようとするなんて……ああ、絶対にそうに違いないわ」
朝枝のヒステリックな態度には、何かひたむきで神々しいような恐ろしさがあり、それには法水でさえ面食らってしまいました。すると、一瞬ウルリーケの顔に動揺の色が浮かびましたが、彼女は動じることなく静かに言い返しました。
「まあ朝枝さん、私が持ってきただなんて……一体何を言っているの? お母さんは、あなたを癒してくれたこの花に感謝こそすれ、粗末に扱うはずがないでしょう。さあ、家に帰ってすぐに横になりなさい……あなたはまだ、本調子ではないのですよ」
その思いもよらない奇妙なやり取りに、法水はしばらく花と朝枝の顔を交互に見比べていましたが、やがて口を開きました。
「なんだか分かりませんが、僕にこの花について教えてくれませんか」
「叔父さま、それはこういうことなのですわ」
朝枝は、法水の顔に浮かぶ妙に切迫した表情には気づかない様子で、語り始めました。
「私は一ヶ月ほど前から、得体の知れない病にかかりました。熱もなく、ただ痩せ衰えていくだけで、ずっとうとうとしていたのです。あとで聞くと、医者は『憂鬱症の初期だ』とか『何かの腺病だ』とか言っていたそうですが、どんなに薬を飲んでも、体からは日増しに力が失われていきました。そうして指と指の隙間がどんどん離れていくのが目立つようになるにつれ、このアマリリスの蕾がふっくらと膨らんできたのです。私はそれを見て、叶わぬ願いをこの花に託してみました。『もし私が治るなら、それまで蕾を閉じていてください』と。本当のことを言えば、力を出そうと血が上ったようなこの花の生々しさに、私は嫉妬を感じていたのです。ところが叔父さま、不思議なことに、今にも開きそうだったその蕾が、五日経っても十日経っても、いつまで経っても開こうとしないのです。そして私の病気も、それと同時にまるで薄皮を剥ぐように治っていきました。ところが、初めてベッドから出た今朝、ふと気がつくと、この花が枕元から消えているのです。それなのに叔父さま、いつのまにか『鷹の城』に来ていて、こうしてパッと開いているではありませんか」
その不思議なアマリリスが、赤い舌のような花びらをだらりと垂らしている様子は、何かを訴えかけているようでした。その言いようのない神秘的で詩的な雰囲気は、青みがかった童話本の挿絵のようでしたが、今朝の事件と同時に起きたこの奇跡には、単なる偶然ではなく、底知れぬ深い因縁が隠されているのではないかと思われました。
法水は次々と現れる謎に混乱しましたが、やがて一同を部屋から出し、現場の調査を開始しました。そしてまず最初に、艇長の遺品二点を取り上げたのです。
二、ニーベルンゲン譚詩
作者はここで、潜航艇の中に現れた「ニーベルンゲン譚詩」について語らねばなりません。といっても、このドイツの大古典を学術的にどうこう言うのではありません。それは「ヒルデブランドの歌」に続き、「英雄の書」や「グドルン詩篇」などと共に、民族が滅びない限り語り継がれる、不朽の古典であるからです……。
この物語がおそらく十二世紀末に編まれたであろうことは、物語の中にカトリックのミサの描写があることや、それが北方の異教の精神と不思議な融合を見せていることからも分かります。
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