初級翻訳・火星兵団 第72話

海野 十三

わしが火星へ持って行ったやつは特別につくらせたもので、丈夫な鋼鉄で出来ている。
わしは、その巻尺の一端に、わしが護身用に持っていた猟銃をゆわいつけると、木の上から、やっと掛声をして、十メートルばかり離れた牢へなげこんだのじゃ」
「あはははは」
と、新田先生は笑い出した。
「なぜ、お前は笑うのか」
「博士、ほら話はいけませんね。
いくら博士がその時お若かったにしろ、そんな重いものを、十メートルも離れた遠いところへ、やすやすと投げられるものですか」
「お前こそ、何をたわけたことをいう。
火星の上では、物の重さが約三分の一に減ることを、お前は知らないのか」
「火星の上では、物が軽くなる? なるほどそうでしたねえ。
うっかりしていました」
新田先生は、頭をかき、
「博士は、巻尺のさきに銃をつけ、牢の天井から投げこまれ、それからどうしたのですか」
博士は、口をもぐもぐさせながら、
「うふふん。
わしの計画は、うまく行ったのだよ。
投げこんだ巻尺を、今度は手もとへたぐって、引上げてみると銃身に二つの青黒い塊がついていた。
それは火星人の――いや、女王ラーラの子供だった。
つまりここにいるロロとルルが、その時に巻尺を力にして、おそろしい寄生藻の牢獄をぬけ出た幸運な女王の遺児たちなのだ」
「な、なるほど。
それはいいことをなさいました」
「わしが、ロロとルルとを引上げた時は、二人とも、頭から足まで寄生藻をかぶって真青だった。
そのままでは、どんどん体がまいるから、わしは二人をかついで急いで木の上から下りると、二人を連れて、さらに森の中深く分入り、川の流れをさがして歩いた。
小川が見つかった。
わしはさっそく二人を流れにつけ、ごしごしと洗ってやったよ」
「そうでしたか。
二人はよくも助かったものですね」
「ロロは割合に元気だったが、ルルの方はだいぶん弱っていた。
その時は、かなりひどく寄生藻にやられていたのだ。
でも、わしは出来るだけの手をつくした。
その結果、ともかくも二人の体を、すっかり元のように、なおしてやった。
わしは火星人に二人をうばいかえされることをおそれ、わしの宇宙艇の一室に二人をかくして、外へ出さなかったのだ。
――こうして、ロロとルルの二人を、この地球へ連れて来ることが出来たのだ」
と、蟻田博士は、深いため息とともに、不思議な話を語り終ったのだった。

44 時おそし

火星人ロロとルルとを助けた蟻田博士の話は、新田先生をたいへん感心させた。
博士を、つめたい心の持主だとばかり思っていたのに、これをみると、なかなかやさしい心がけであった。
「ねえ、博士。
博士は、火星人ロロやルルにたいして、そんなにしんせつならば、人間にたいしてももっと思いやりを持って下さってもいいではありませんか。
やがて四月四日、モロー彗星に衝突されて、むなしく死んでしまわねばならぬ地球人類にたいして、危難をまぬかれる何かいい方法を考えて下さいませんか」
「人間は大きらいじゃ」
と、老博士は、にがにがしく言って、
「それに、もうすでに時おそしじゃ。
何をやっても、もう間に合わないだろうよ」
「そこを、何とかならないものでしょうか。
何千年・何万年という輝かしいわが人類の歴史を考えると、このまま人類を絶滅させるには、しのびないではありませんか」
「人間たちの心がけがよくないから、そんなことになるのだよ。
今ごろになって言っても、もう始らないが、わしは三十年このかた、地球人類に警告をして来たのだ。
近ごろになっても、あの『火星兵団』についての警告放送をやったりしたが、誰も本気になって、それを聞かないのだ。
対策を考えようとしないのだ。
万事、もうおそいよ。
自業自得だ」
と、博士はあいかわらず人間たちにたいして、ひややかな言葉をはいた。
(そうでもあろうが、ここで何とかして、博士の心に、人類愛・同胞愛を起させなければならない)
と、新田先生は自分の心を自分でむち打った。
「すると博士はどうされるのですか。
四月四日の前に、ロロとルルを連れて、火星へお帰りになるのですか」
「何をばかなことを! 火星へ行くのは、ロロとルルを処刑場へ連れて行くようなものだ」
(火星なんぞへ行くものか!)
と、蟻田博士は、はっきり言った。
「じゃ博士は、どこへ行かれるのですか。
まさか四月四日に、この地球の上にとどまっていて、地球人類と共に死滅せられるわけではないでしょう」
と、新田先生はつっこんだ。「ふん、わしの心はもう決まっている。だが、それを君に話すわけにはいかんよ」
「どうして話して下さらないのですか?」
新田(にった)先生は、なんだか不満でした。
「わしは、そんな大事な計画を、誰にも知られたり、邪魔されたりしたくないのだ。なにしろ、四月四日の大ピンチを切り抜けるのは、簡単なことではないからな」
博士は深いため息をつきました。
あの蟻田(ありた)博士にとっても、モロー彗星の衝突事件は、たいそう頭の痛い問題のようです。
新田先生は、これ以上博士を説得することはできないと諦め、口をつぐんで少しうつむきました。
「ほう、ほう、ほう」
博士は、変な笑い声を立てました。
「なんだ、君はいやにしょげてしまったじゃないか。若い者のくせに、そんなことでどうするんだ」
「ですが、博士。博士のそんなお言葉は、私から元気をすっかり奪ってしまいます」
「どんな時でも、最後まで勇気が必要なのさ。わしを見ろ。この通りの老人だが、どんな時だって勇気を失わずに戦ってきた。――そうだ、君にいいものを見せてやろう。こっちへおいで」
博士は新田先生を手招きすると、立ち上がって、暗くて狭い地下の割れ目の奥へと、はいっていきました。
(いったい、何を見せてくれるんだろう?)
新田先生はワクワクする好奇心にかられながら、博士の後を追いました。
しばらく進むと、急に地下道がパッと広くなり、立派な廊下や階段があらわれたので、先生はびっくりしました。
(いったい、何を見せてくれるのだろう!)
新田先生は蟻田博士の後ろについて、不思議な長い地下道を、どんどん下っていきました。
(まったく不思議だなあ。こんな立派な地下道があるなんて……)
地上は地震で見る影もないほど崩れてしまったのに、地下はこの通りちゃんとしているのです。
「地震の被害は地上の方がひどくて、地下はわりと安全だ」とは聞いていましたが、新田先生は今まさにこの地下道で、自分の目でそれをハッキリと確かめることができました。
それにしても、博士はいつの間にこんな立派な地下道を作ったのでしょうか。
先生は、底知れない博士のすごさに、あきれるほかありませんでした。
「この部屋にあるのだ。さあ、わしについて中へ入って来い!」
博士は一つの部屋の扉をカチャリと開けると、中へ入っていきました。
パッと電灯がつきました。
先生は、中へ入ってあたりを見回しながら、「いったいどんなものが並んでいる部屋だろう?」と気になりました。
その部屋はとても広かったのです。
そして、わけのわからない色々な機械がぎっしりと並んでいました。
町の工場の機械室でも、これほどすごい機械や道具がそろった部屋はないだろうと思えるほどでした。

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