そして上にはカッコウがとまっていて、下には重い鉛のおもりが垂れ下がっていました。
ぴかぴか光る真鍮(しんちゅう)板の振り子が左右に揺れ動き、コットン、コットンと音を立てていました。
ところが、その子が見ていたのはこの時計ではありませんでした。
そうです、この子が見ていたのは、母親の紡車(つむぎぐるま)だったのです。
それは時計の真下に置いてありました。
その紡車こそ、この子が家中で一番好きなものだったのです。
でも、それに触ることはできません。
なぜって、ちょっとでも触ろうものなら、すぐに指先をパチンと叩かれるのですから。
でも、母親が糸を紡いでいる間じゅう、この子はいつまでもそこに座って、ぶんぶん回る紡錘(ぼうすい)と、ぐるぐる回る車輪を眺めているのでした。
そしてそれを眺めながら、自分だけの思いにふけるのです。
「ああ、ぼくにもこの紡車で糸を紡げたらなあ!」
父親も母親も眠っていました。
男の子は二人のほうを見ました。
そして紡車を眺めました。
それからすぐに、かわいらしい素足が一つ寝床から出てきました。
またもう一つが出てきました。
こうして小さな脚が二本現れました。
コトリ! 男の子は床の上に立ちました。
男の子はもう一度振り向いて、父親と母親が眠っているかどうかを確かめました。
確かに、二人とも眠っています。
そこで、小さな短い寝巻のまま、抜き足差し足こっそりと紡車のところへ忍び寄り、糸を紡ぎはじめました。
糸は紡錘から飛び出し、車輪はすばらしい速さで回りました。
私はその子のブロンドの髪の毛と水色の瞳にキスをしてやりました。
それは本当にかわいらしい光景でした。
そのとき、母親が目を覚ましました。
カーテンが動いて、母親が外をのぞきました。
そして、小人の妖精か、さもなければ、ほかの小さな精霊が来ているのではないかと思いました。
「あらまあ!」母親はこう言いながら、怖々(こわごわ)と夫の脇腹をつつきました。
父親は目を開けると、手で目をこすりながら、一心に働いている小さい少年のほうを眺めました。
「あれはベルテルじゃないか」と、父親は言いました。
それから、私の視線はそのみすぼらしい部屋を後にして、別のところへ向かいました。
なぜなら、私はとても広いところを見回しているのですから。
その同じ瞬間に、私は大理石の神々が立っているバチカン宮殿の広間を見ていました。
私はラオコーンの群像を照らしました。
すると、石が溜息をついているように思われました。
私は美の女神ミューズの胸に、そっとキスをしました。
すると、その胸が高鳴るような気がしました。
けれども、私の光はナイルの群像のところに、あの巨大な神のところに、一番長くとどまっていました。
その巨大な神はスフィンクスに身を預けて、まるで移り行く年月のことを考えてでもいるかのように、物思いに沈んで、夢見るように横たわっていました。
小さい愛の神アモールたちは、そのまわりでワニと戯れていました。
豊饒(ほうじょう)の角の中にはごく小さいアモールが一人、腕を組んで座っていました。
そして、厳かな顔をした大きな河の神を見ていました。
このアモールは、あの紡車のそばにいた小さい男の子にそっくりの姿をしていました。
顔かたちも同じでした。
ここには、小さな大理石の子供がまるで生きているように、かわいらしく立っていました。
けれどもその子が大理石の中から飛び出して以来、年の車はもう千回以上も回っているのです。
あのみすぼらしい部屋の中の男の子が紡車を回したのと同じ数だけ、もっと大きな時の車もぶんぶんと回ったのです。
そしてこの世紀が、このような大理石の神々を作り出す日まで、さらにさらに回り続けていくのです。
いいですか、これはみんな幾年も前のことですよ。
ところでおととい」と、月は語り続けました。
「私はシェラン島の東海岸にある、どこかの入江を見下ろしていました。
そこには美しい森や、小高い丘や、赤い壁をめぐらした古いお屋敷などがあって、外堀には白鳥が泳いでいます。
そして、リンゴ園の間に教会の立っている小さな田舎町があります。
たくさんの小舟が、それぞれ松明(たいまつ)をともして、静かな水のおもてを滑って行きました。しかし、たいまつをつけていたからといって、それはウナギを捕るためではありませんでした。いや、それどころか、あたりのようすからして、まるでお祭りのようでした!
音楽が鳴りひびき、歌がうたわれていました。一そうの小舟のまん中には、今夜みんなが敬意を表している人が立っていました。それは大きなマントにくるまった、背の高い、がっしりした男で、青い眼と長い白い髪の毛を持っていました。わたしはこの人を知っていました。そしてすぐさまわたしは、ナイルの群像やあらゆる大理石の神々のあるバチカン宮殿のことを思い浮かべました。それといっしょに、あの小さなみすぼらしい部屋のことも思い出しました。あの小さいベルテルが、短い寝巻のまますわって糸をつむいでいたのは、たしかグレンネ街だったと思います。時の車はぐるぐる回りました。新しい神々が、大理石の中から立ちあがったのです。
「小舟の中から、ばんざいの声がひびきました。『ベルテル・トルワルセンばんざい!』」
第二十五夜
「わたしはきみにフランクフルトの、ある光景を話してあげましょう」と、月が言いました。「わたしはそこで特に一つの建物をながめました。といっても、それはゲーテの生まれた家でもなく、古い議事堂でもありません。その議事堂の格子窓からは、そのむかし皇帝の戴冠式のときにあぶり肉にされて、人々のご馳走にされた、角のついたままの牡牛の頭蓋骨が、いまもなお突きでているのですが、しかし、わたしがながめていたのはそんなものではなくて、せまいユダヤ人街の入口の角のところにある、緑色に塗られた、みすぼらしい平民の家だったのです。それはロスチャイルドの家でした。
わたしは開いている戸口から中をのぞいてみました。階段のところには、あかあかと明りがついていました。そこには下男たちが重そうな銀の燭台に火のともっているろうそくを持って、立っていました。そして、轎(かご)に乗ったまま階段を運ばれてきた、ひとりの年とった婦人に向かって、ていねいにおじぎをしていました。この家の主人は帽子もかぶらず立っていて、この老婦人の手にうやうやしくキスをしました。老婦人はこの人の母親だったのです。老婦人は息子と召使たちに親しげにうなずいてみせました。
それから、人々は老婦人を狭い暗い小路の中の、とある小さな家へ運んで行きました。そこにこの老婦人は住んでいたのです。そこで子供たちを生んだのです。そしてそこから、子供たちの幸福が花のように咲きいでたのです。もしもいま、わたしが人からいやしまれているこの小路と小さい家とを見捨てたなら、幸福もまた息子たちを見捨てるだろう、というのが、この老婦人の信念だったのです」
月はこれ以上話してくれませんでした。今夜の月の訪れはあまりに短いものでした。しかしわたしは、人からいやしまれているその狭い小路に住む年とった婦人のことを考えてみました。
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