しかも、それこそが、孔子が日々のさまざまな出来事を鮮やかに片付けていく力の源なのだ。
それは決して、自分が以前に考えていたような、ただきれいなだけの空想などではない。
十分に現実をしっかりと見据えた、血のにじむような実生活上の真理なのだ。
そして、それをつかみ取ることこそが、本当の学問なのだ。
彼はだんだんと、そんなことに気がつき始めた。
同時に、彼の態度も次第に変わってきて、「お仕事(仕官)をもらうこと」などは、もうどうでもいいことのように思えてきたのだった。
そして、そういう澄んだ目で他の生徒たちを見渡してみると、なるほど顔回はその中でも頭一つ分ぬきんでている。
閔子騫(びんしけん)、冉伯牛(ぜんはくぎゅう)、仲弓(ちゅうきゅう)もなかなかに立派である。
宰我(さいが)や子貢は、なんだか少し生意気に見える。
子夏(しか)と子游(しゆう)は、すこし中身が薄っぺらい。
子路は、あちこち穴だらけの野心家のように思える。
そして自分自身はどうかと、彼は我が身を振り返り、いつもぞっとするような冷たさ(肌寒さ)を感じるのだった。
子路と同じように政治が好きでありながら、子路ほどの力強さや素直さを持たない彼は、なにかにつけてコソコソとしたずるい作戦を使ったり、苦しい言い訳をしたりすることが多かった。
生徒仲間からは謙虚な人だと評されていたが、それは本当の謙虚さではなく、負けず嫌いやずるさからくる、上っ面だけのものにすぎないことを、他ならぬ彼自身が一番よく知っていたのだった。彼は自分の腹の底に、ずるくてコソコソとしたイタチのような動物が住みついていて、いつも自分を裏切り、孔子の心に背かせているような気がしてならなかった。
(俺は本当の道を求めているんだ。
この気持ちに間違いはないはずだ。
)
彼はたしかにそう信じていた。
しかし同時に、彼の心のどこかで、自分が道から逃げたがっていることも、まぎれもない事実だった。
そして、
(だめだ。
俺は孔子の説く道とは、もともと縁のない人間だったんだ。
)
彼はこのごろ、しみじみとそう思うようになっていた。
そして、何度「いっそ孔子の門に別れを告げようか」と考えたことか知れない。
しかし、思い切ってそれを実行することもできなかった。
こうしてぐずぐずしている間に、彼の腹の中にいるイタチは、いよいよ彼に上っ面をとりつくろうための小賢しい作戦をとらせた。
そして、その小策を弄したあとの寂しさは、そのたびごとにますます深くなっていくばかりだった。
こうして彼の顔色は、孔子の目にもはっきりとわかるほど、血の気を失っていったのである。
彼はついに、ある日ひとりで孔子に面会を申し込んだ。
心の中を何もかも包み隠さず打ち明けて、孔子の教えを乞うつもりだったのだ。
ところが、孔子の部屋に入るやいなや、あの腹の中のイタチが、思わず口を滑らせてこう言ってしまった。
「私は、先生のお教えになることに強いあこがれを持っております。
ただ、自分の力が足りないのが残念でなりません……」
彼はそう言ってしまってから、自分の言葉に少しも心のこもった痛切さがないことに自分で驚いた。
(何のために自分はわざわざひとりで先生に面会を求めたんだ。
こんな平凡なことを言うくらいなら、いつだってよかったはずだ。
先生もさぞ、おかしな奴だと思われるだろうな。
)
そう思って、恐る恐る孔子の顔を見た。
しかし孔子は、思ったよりもはるかに引き締まった、真剣な顔をしていた。
そして、しばらく冉求(ぜんきゅう)をじっと見つめてから、こう言った。
「苦しいかね?」
いかにも相手の心に寄り添うような、優しい声だった。
冉求のイタチは、その声を聞くと急に頭をひっこめた。
そしてその代わりに、胸が熱くなるようなしみじみとした実感が、彼の胸いっぱいに広がった。
彼はまるで、母親の胸に顔をうずめているかのように、思う存分甘えてみたいとさえ思った。
「はい、苦しいんです……。
どうして私は、素直な心になれないのでしょう。
いつまでもこんな調子では、先生の教えを受けても、結局だめになってしまうのではないかと恐ろしいのです」
「お前の気持ちはよくわかる。
しかし、苦しむということは、苦しまないのよりはかえっていいことなのだよ。
お前は、自分で苦しむようになったことを、一つの進歩だと思って感謝していい。
何も絶望することはない」
「でも先生、私には真実の道をつかみ取るだけの素質がないのです。
私はもともとだめにできている男なんです。
私は卑怯者です。
偽り者です。
そして……」
冉求は、急になにか重い束縛から解き放たれたかのように、やたらに自分をけなしはじめた。
「お黙りなさい!」
その時、凛とした孔子の声が部屋に響きわたった。
「お前は、自分で自分の欠点を並べ立てて、自分の気休めにするつもりなのか。
そんなことをしている暇があるなら、なぜもっと必死にもがいて苦しんでみないのか。
お前は、もともと自分にその力がないのだと言い訳がましく言っているが、本当に力があるか無いかなんて、全力を尽くして試してみた後でなければわかるものではない。
力のない者は途中で倒れるものだ。
倒れてはじめて、力の足りなかったことが証明されるのだ。
倒れてもいないうちから、自分の力が足りないと決めつけるのは、天に対する冒涜(ぼうとく)というものだ。
何が悪だといっても、まだ一度も試してもいない自分の力を、最初から否定してしまうことほど大きな悪はない。
それは生命そのものを否定することに等しいからだ。
しかし……」
孔子は少し声を落として、こう続けた。
「お前は、まだ心からお前自身の力を否定しているわけではない。
お前はそんなことを言って、私に言い訳をすると同時に、お前自身にも言い訳をしているのだ。
いけないな、それこそがお前の一番の欠点なのだよ」
冉求は、自分ではもう引っ込めたつもりでいたイタチの頭が、孔子の目には丸見えだったことに気づき、激しく動揺した。
しかし孔子は、静かに言葉をつづけた。
「それというのも、お前の求道心が、まだ本当には燃え上がっていないからだ。
本当に道をもとめる心が燃えていれば、他人によく見せようとしたり自分をごまかしたりする心をすっかり焼き尽くして、素直で素朴な心にかえることができるはずだ。
素朴な心こそは、『仁』という最高の境地に近づくための最善の道なのだ。
そもそも『仁』というものは、そんなに遠くにあるものではない。
遠くにあるように思えるのは、心に余計な飾りをつけて、自分で自分を遠ざけているからにほかならない。
つまり、求める心がまだ真剣ではない――そう言うよりほかないのだ。
どうだ、そうは思わないのか?」
冉求は、うやうやしく深く頭を下げた。
「とにかく、自分で自分の限界を勝手に決めるようなことを言うのは、自分の恥にはなっても、決して言い訳の弁護にはならないのだ」「それに、よくそこいらの若い者たちが歌っている歌に、
3 ゆすらうめの木
花咲きゃまねく、
ひらりひらりと
色よくまねく。
まねきゃこの胸
こがれるばかり、
道が遠くて
行かりゃせぬ。
というのがある。
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