初級翻訳・論語物語 第33話

下村 湖人

明日までには、きっとはっきりするからさ!」
「ふん、なんだよ、調査って!
あいつらの奏でる音楽にすっかり骨抜きにされちまって、隊長さんまで『あれは孔子の一行にちがいない』なんて言い出すような調査なんて、まっぴらごめんだね!」
「だいたい、音楽だけで決めようってわけじゃないんだよ。
世間のうわさでも、孔子さまの一行がこのあたりを通るってことは、まちがいないらしいんだ」
「それだって、ここ二、三日のあいだに、変なやつがこのへんをうろちょろして、ふれ回った話だろ!」
「それだけじゃないさ!」
「じゃあ、どんな証拠があるってんだよ!」
「証拠は、隊長さんのところにあるんだ!」
「なんだよ、自分でもよく知らないくせに、ひっこんでろよ!
俺たちは俺たちのやりたいように勝手にやるんだからな……!
おい、みんな、こっちへ来い!」
「待てってば!」
「くそっ、殴ったな!」
「おとなしくしろ、軍の命令だ!」
「なんだと!」
どうやら、外で小競り合いが始まってしまったようです。
つづいて、たくさんの群衆がわめき立てる声、兵士たちがそれを必死におさえつけようと叫ぶ声、ドタバタと走り回る足音、カチャカチャと剣がぶつかる音、物を放り投げる音などが、もうごちゃ混ぜになって大騒ぎになりました。
お弟子さんたちは、びっくりして孔子のまわりにぎゅっと集まり、まるで石像のようにピクリとも動けなくなってしまいました。
誰も彼も顔がまっ青です。中には、ガチガチと体がふるえている者もいました。
孔子は、一瞬だけ目を閉じて考え込んでいましたが、す静かに目を開けると、お弟子さんたちの顔を一人ひとりゆっくりと見まわしました。
「おそれることはないよ。みんな、そこに座りなさい」
孔子はそう言って、落ち着いた様子で自分の席に座りました。
お弟子さんたちも、あわてて腰をおろしましたが、その多くは腰が浮いたままで、いつ飛び出せるような体勢でした。
孔子は、とても堂々とした、それでいてゆったりとした優しい声で話し始めました。
「文王(ぶんおう)さまがお隠れになってから、昔の聖人(せいじん)たちの素晴らしい教え(道)を受け継いでいるのは、この私だ。
私はそう固く信じている。
そして、今私たちがこうしてここにいることも、まさしく天の意思なのだ。
永遠にその素晴らしい教えを人々に伝えていこうとする、天の表れなのだよ。
もし、その教えを滅ぼしてしまうのが天の意思なのだとしたら、どうして、あとの時代に生まれたこの私が、昔の詩や書物、礼儀や音楽にこんなにも深く親しむことができただろうか。
天はきっと、私たちを守ってくださる。
いや、私のこの大きな使命を守り抜いてくださるはずだ。
天の意思によって教えを守り育てているこの私を、匡(きょう)の人たちが一体どうしようというのだろうね。
みんな、どうか安心してくれ」
さっきまで半分腰が浮いていたお弟子さんたちも、その言葉を聞いて、やっと自分の席にしっかりと座ることができました。
「それにね――」と、孔子は話を続けました。
「人間というものは、心の底をトントンと叩いてみれば、必ず正しい教えを求め、素晴らしい徳を慕っているものなのだ。
だから、正しい徳というものは、決してひとりぼっちで孤立することなんてないんだよ。
どんなにさみしく感じることがあっても、正しい道をしっかり守り続けていれば、誰かがきっと心動かされて、その手をぎゅっと握りしめてくれるものなのだ。
匡の人たちだって、私たちと同じ人間だ。
現に、悪いやつである陽虎を憎んではいても、この孔子のことを憎んでいるわけではないんだよ。
何も心配することはない。
ただ天を信じ、自分を信じて、正しく生きてさえいれば、道は自然と開けてくるものなのだよ」
お屋敷の外の騒ぎは、そう簡単にはおさまりませんでした。
しかし不思議なことに、それとは反対に、お部屋の中は、誰も息をすることすら忘れているかのように、しーーんしずまりかえっていました。
孔子は話し終えると、もう一度みんなの顔をていねいに見まわし、何度も一人でうなずきました。
そして最後に、部屋の隅っこで小さくなって座っている顔刻(がんこく)を見つけると、ふっと顔をほころばせて言いました。
「おや、顔刻も無事でいてくれたんだね、よかったよかった」
顔刻は、うれしそうに、ますます小さくなって縮こまりました。
「それじゃあ、子路(しろ)――」
孔子は、にこにこしながら子路の方を振り返りました。
「またみんなと一緒に、文王さまの音楽を始めようか」
子路は、さっきまで汗が出るほどぎゅっと握りしめていた剣を、さやに入ったまま自分の前にドスンと立てて、その右手でコンコンとさやを叩きながら、元気よくリズムを取り始めたのでした。二人の喉からは、やがて朗々たる歌声が流れ出した。
他の門人たちは、しばらくそれに耳をすましていたが、間もなくそれに合せて、ある者は唄い、ある者は剣を叩いた。
門外の騒音と、屋内の旋律とは、かなり永い間、星空の下にもみ合っていたが、騒音は次第に旋律に圧せられて、小半時もたつと、匡の人々は、子守唄でも聞きながら、深い眠りに落ちて行くかのようであった。
翌日は、隊長をはじめ、匡の役人たちが五六名、礼を厚うして孔子に面会を求めた。
誰よりも生きかえったようになったのは、顔刻であった。
しかし彼は、その日の出発に際して、どうしても孔子の車の御者台に乗ろうとはしなかった。

1 子曰く、吾回と言う。
終日違わざること愚なるが如し。
退きて其の私を省れば、亦以て発するに足れり。
回や愚ならずと。
(爲政篇)

2 子曰く、徳は孤ならず、必ず鄰ありと。
(里仁篇)

司馬牛の悩み

司馬牛憂えて曰く、人皆兄弟あり、我独り亡しと。
子夏曰く、商之を聞けり、死生命あり、富貴天に在りと。
君子敬して失うこと無く、人と恭にして礼あらば、四海の内、皆兄弟なり。
君子何ぞ兄弟無きを患えんやと――顔淵篇――

司馬牛君子を問う。
子曰く、君子は憂えず、懼れずと。
曰く、憂えず懼れざる、斯れ之を君子と謂うかと。
子曰く、内に省みて疚しからずんば、夫れ何をか憂え、何をか懼れんやと。
――顔淵篇――

司馬牛は、孔子の一行から少し離れて、とぼとぼとそのあとに蹤いた。
一足ごとに彼の気が滅入って来る。
みんながさも親しそうに話している様子が羨ましくてならない。
自分も一緒になって歩きたいのは山々だが、一行が宋の国に殆ど足を留めないで、こうして去って行くのも、兄・桓(かん)の無道な振舞からだと思うと、自然気がひけて、おくれがちになる。
(何という乱暴な兄を持ったものだろう。)

と、又しても彼は同じことを心の中で繰りかえして、深い吐息をついた。
そして危難がせまって来た時の孔子の厳かな言葉を思い起して、粛然となった。

「1自分はこの徳を天に授かっている。
もし自分に万一なことがあれば、それは天の心だ。
桓などの力で、自分はどうにもならないものではない。」

何という自信のある言葉だ。
しかも孔子は、人事をつくして天命を俟つというのか、こうして服装をかえ、輿にも乗らないで、忍びやかに去って行く。
何という思慮ある行動だ。

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