そして、一刻も早く自分の思うツボへと孔子を誘導していきたいと考え、すぐに次の話を切り出しました。
「ところで、政治というものは、ただ民衆を喜ばせるばかりが取り柄ではなく、民衆を正しく導くことが何よりも大切だと存じますが、いかがなものでございましょうか。」
「それはその通りですね。
『政治とは正しくすることである』と申しますくらいですからね。
……もっとも、上に立つ者が何が正しいのかをきっちり理解していなければ、とんでもない結果を招くこともありますがね……」
「私は、人民を正しく導くことができたという点においては、相当な自信を持っております。」
葉公はいかにも自信ありげに、きっぱりと言い放ちました。
孔子は少しあきれたような顔をして彼の様子を見ていましたが、
「それは結構でございます。
もしそれが本当の意味でお出来になっていたとしたら、それはまさしく古代の聖天王である堯や舜に並ぶような素晴らしいご政治でございますな。」
葉公は、目をクリクリと動かしました。
彼は孔子の言葉があまりにも大げさだったので、少し気味が悪くなったのです。
しかし孔子はにこにこしながら、こう続けました。
「お国の人民が、いったいどのように正しいのか、もしその例を一つ二つお聞かせ願えれば大変嬉しいのですが……」
葉公は、「しめた!」と思いました。
しかし同時に、昨夜からずっと考えて用意しておいた、あのたった一つの自慢のエピソードだけでは、物足りないことになりはしないかと不安にもなりました。
そこで彼は、できるだけったっぷりと威厳を持たせ、ゆっくりとその話をすることにしました。
話の途中、孔子は何度も眉をひそめました。
葉公はその表情を見るたびに、少しずつ自信がグラグラと揺らいでいきました。
そしてついに、父親を役所に告発した息子に褒美を与えたという件(くだり)だけは、どうしても口にする勇気が湧きませんでした。
話をすべて聞き終えると、孔子は静かに言いました。
「お国の『正しい人間』というのは、そういう種類の人間を指すのでございましょうか。」
葉公はそのとき、すでに頭に血が上りきっていました。
そしてやけっぱちになり、椅子からガバッと立ち上がると叫びました。
「彼は国の法律を曲げたくなかっったのです!
彼は父親よりも、正しさ(正直さ)を愛したのです!」
「まあ、どうぞおかけください。」
孔子は、まるでかわいそうなものを見るような目で彼を見つめながら言いました。
「もしあなたが真面目に政治のことをお考えになるなら、どうか落ち着いて、私の言うことを最初から最後までお聞きなさい。
あなたは私に、議論でどうしても勝ちたいと思っていらっしゃる。
そこがいけないのです。
だからこそ、そんなおかしな例を持ち出してしまうのですよ。
あなたは人民がいかに正しいかをご主張なさるために、先ほどのような例を挙げられました。しかし、実のところ、その二人の人民のうち、一人は羊を盗んだ泥棒であり、もう一人は自分の親を訴えた告発者にすぎないということを述べたにすぎないのです。」
葉公は、半ば口を開けたまま、ぐったりと椅子に腰から崩れ落ちました。
「しかも、その訴えた人間というのは、自分の生みの親である父親を訴えた人間です。
お国では、そんな人間を『正しい』と褒めるのかも知れませんが、私の故郷で『正しい人間』とされるのは、それとはまったく違っています。
父親は子どものために悪いことを隠してやり、子どもは父親のために悪いことを隠してやる。それが人間の本当の誠実さであり、誰もが心からそう信じ切っているのです。
あなただって、無理に私に勝ちたいというその見栄えの心をさえ取り除いてくだされば、きっと私と同じようなお考えに至るはずだと私は信じますがね……」
葉公は顔を青ざめさせ、まぶたをピクピクと神経質にふるわせました。
「人間の正しさとは、人間同士の温かい愛をしっかりと守り、育てていくことにあるのです。
法律というものも、ただ法律であるからという理由だけで正しいわけではありません。それが人間と人間との関係を愛で満たされたものにすることができる限度においてのみ、正しいと言えるのです。
このことを決して忘れてはなりません。
とりわけ、親子の愛はすべての愛の中心であり、人間界のあらゆる素晴らしいものを生み出す大元なのです。
それを『法律』という冷たい名前のもとに、平気で踏みにじることを許すような国に、正しい道が行き渡っている道理など絶対にありません。」
孔子の言葉は、一言一言がますます厳粛な響きを帯びていきました。
葉公はその圧倒的な人間的迫力に打ちのめされ、しおらしくうなだれてはいたものの、まだ素直に自分の心を空っぽにして教えを受け入れる気にはなっていませんでした。
彼の青ざめた顔のどこかには、わずかばかりの反抗心の炎がピカッと光っていました。
というのも、彼は、今まで自分がずっと続けてきたこの「きつい厳罰主義」をどうしてもやめたくなかったからです。
もし万が一、うっかり孔子の言う通りにして厳罰主義をやめたりしたら、今度は税金の取り立てさえうまくいかなくなって困るだろうと、彼は心配していたのでした。
さきほどからのやり取りで、すでに葉公という人間の器に見切りをつけていた孔子は、これ以上彼を説得しようと努めるのは時間の無駄だと悟りました。
こうして、二人の会見はあっけなく終わりを迎えたのでした。孔子は、葉公の部屋に入っていったときと同じような、どこか寂しげな姿のまま、部屋を出て行きました。
もちろん彼は、部屋を出たのと同時に、一刻も早く葉の国を離れて、再び果てしないさすらいの旅を始めることを心に決めていたのです。
1 葉公が、子路に「先生とはどういうお方ですか」とたずねた。
しかし子路は何も答えなかった。
先生(孔子)はおっしゃった。
「お前はどうして答えてくれなかったのかね。『あの人はね、何かをやり遂げようと燃え上がるときには食べることも忘れ、楽しくてしかたがないときには心配事も忘れ、もうすぐ老いがやってくることさえ忘れてしまわれるような、そんなお方です』となぜ言ってくれなかったのかね」と。
(述而篇)
2 葉公が「政治とは何でしょうか」とたずねた。
先生はおっしゃった。
「政治とは、身近にいる人々を喜ばせ、遠くの人々を引き寄せることだ」と。
(子路篇)
3 季康子が「政治とは何でしょうか」とたずねた。
孔子は答えて言った。
「政治とは、正しくすることです。
あなたが先頭に立って正しくふるまえば、いったい誰があえて不正を働くでしょうか」と。
(顔淵篇)
渡場
長沮と桀溺の二人の農夫が、並んで仲良く畑を耕していた。
孔子はそこを通りかかり、子路に命じて川の渡し場がどこにあるか尋ねさせました。
長沮は言いました。
「あの馬車のかじを取っているのは誰かね?」
子路は答えました。
「孔丘(孔子)でございます」
長沮は言いました。
「それじゃあ、あの魯の孔丘かね?」
子路は「そのとおりでございます」と答えました。
長沮は言いました。「それなら、あいつは川の渡し場くらいとっくに知っているはずだぜ」
そこで今度は、桀溺のほうに尋ねました。
桀溺は言いました。
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