初級翻訳・赤いろうそくと人魚 第3話

小川 未明

大きな鉄格子のはまった、四角い檻(おり)のような箱を車に乗せて持ってきました。
その箱の中には、昔、トラやライオン、ヒョウなどを閉じ込めたことがあるのでした。
このやさしい人魚も、どうせ海の中の獣(けもの)と同じだというので、トラやヒョウと同じように乱暴に扱おうとしたのです。

ほどなくして、この恐ろしい箱を娘が見たら、どれほど肝をつぶし、たまげたことであったでしょう。
しかし娘はそんなこととは露知らず、下を向いて黙々と絵を描いていました。
そこへ、おじいさんとおばあさんが部屋に入ってきて、
「さあ、おまえはもう行くんだよ」
と言い放ち、無理やり外へ連れ出そうとしました。
娘は、手に持っていたろうそくをあわてて取り上げられそうになり、急かされたものだから、もうきれいな絵を描くことができず、ただやけになってそれを真っ赤に塗りつぶしてしまいました。
娘は、その真っ赤なろうそくを、自分の悲しい思い出の記念として、二本、三本と部屋に残していったのであります。

五

それは、ほんとうに風のない穏やかな晩のことでした。
おじいさんとおばあさんは、家の戸をしっかりと閉めて、すっかり寝入ってしまいました。
ちょうど真夜中ごろのことです。
トン、トン、と、だれかが家の戸をたたく音がしました。
お年寄りなので耳がさとく、その音を聞きつけて、おじいさんは誰だろうと思いました。
「どなたかね?」
とおばあさんが声をかけました。
けれどもそれには返事がなく、ただつづけて、トン、トン、と静かに戸をたたき続けるのでした。おばあさんは起きてきて、戸を少しだけ開けて外をのぞきました。
すると、真っ白な肌をした一人の女が、戸口に立っていました。
女はろうそくを買いにきたのです。
おばあさんは、少しでもお金を稼げることなら、決して嫌な顔をしませんでした。
おばあさんはろうそくの箱を取り出して女に見せました。
そのとき、おばあさんはびっくりしてしまいました。
女の長くて黒い髪の毛がびっしょりと水に濡れて、月の光にキラキラと輝いていたからです。
女は箱の中から、あの真っ赤なろうそくを手に取りました。
そして、じっとそれを見つめていましたが、やがてお金を払って、その赤いろうそくを持って帰っていきました。
おばあさんがランプの明かりの下でそのお金をよく調べてみると、それは本物のお金ではなく、ただの貝殻でした。
おばあさんは騙されたと思って怒り出し、家から飛び出してみましたが、すでに女の姿はどこにも見当たりませんでした。
まさにその夜のことです。
急に空の様子が変わり、ここ最近で一番の大嵐になりました。
ちょうどその時、香具師が娘を檻に入れて船に乗せ、南の国へ向かう途中で、海の沖にいた頃でした。
「この大嵐では、あの船はとても助からないだろう」
とおじいさんとおばあさんは、ぶるぶる震えながら話し合っていました。
夜が明けると、海の沖は真っ暗で、恐ろしい景色が広がっていました。
その夜、難破した船は数えきれないほどでした。
不思議なことに、その後は、山のお宮に赤いろうそくが灯された夜には、今までどんなに天気が良くても、たちまち大嵐になるようになりました。
それからというもの、赤いろうそくは不吉なものとされるようになりました。
ろうそく屋の年寄り夫婦は、神様のバチが当たったんだと言って、それきりろうそく屋をやめてしまいました。
しかし、どこからともなく、いったい誰が持ってくるのか、お宮にはたびたび赤いろうそくが灯りました。
昔はこのお宮にあがった絵の描かれたろうそくの燃えかすさえ持っていれば、海の上で災難に遭うことは決してなかったのですが、今度は、赤いろうそくを見ただけでも、その人は必ず災難に遭って海に溺れ死ぬようになってしまいました。
この噂はあっという間に世間に広がり、もう誰もこの山の上のお宮にお参りに行く人はいなくなってしまいました。
こうして、昔は霊験あらたかだった神様は、今では町の不吉な魔よけ(鬼門)となってしまいました。
そして、こんなお宮がこの町になければいいのにと、恨まない人は誰もいませんでした。
船乗りたちは沖からお宮のある山を見上げて恐れおののきました。
夜になると、この海の上はなんとも言えず不気味で恐ろしい雰囲気でした。
果てしなく、どちらを見回しても、高い波がうねうねとうねっていました。
そして、岩にぶつかっては白い泡が激しく立ち上がっていました。
月が雲の切れ間から漏れて波の表面を照らしたときは、本当に気味が悪かったのです。
真っ暗で星も見えない雨の降る夜に、波の上から赤いろうそくの灯りがぷかぷか漂い、だんだん高く上っていって、いつの間にか山の上のお宮を目指してちらちらと動いていくのを見たという人がいました。
それから何年もしないうちに、そのふもとにあった町はすっかり寂れ、滅び去ってしまったのであります。

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