しばらくその男のお面のような顔を見つめていましたが、その時、はっとあることを思い出したのです。
鉄人Qというロボットが行方不明になったという新聞記事のことでした。
それは学校でも大きな話題になっていたので、よく知っていたのです。
「ひょっとしたら、こいつがその鉄人Qなんじゃないだろうか……?」
そう思った瞬間、幸一くんは頭から冷水を浴びたようにゾーッと身震いしました。
男の方も、幸一くんが真っ青になって恐ろしい目で見つめていることに気づいたようです。
男はまるで、野良犬が道で出会った人間を見るときのような、疑わしそうな目で幸一くんをじっと見つめました。
「ミドリちゃん、さあ、おうちに帰ろう」
幸一くんは思いきってミドリちゃんの手をつかみました。
すると男はびっくりしたように、いきなりミドリちゃんを抱きすくめ、恐ろしい目つきで幸一くんをにらみつけたのです。
幸一くんは男の手をほどこうと飛びかかりましたが、その手は鉄のようにかたくて、子どもの力ではどうすることもできませんでした。
幸一くんは言葉も出さず、急いでおうちの方へ駆け出しました。
助けを呼ぶためです。
それを見た男はミドリちゃんを横抱きにすると、スッと立ち上がり、そのまま上野公園の方へ一目散に駆け出していきました。
そこは人通りのない寂しい広っぱで、助けを求める人もいません。だから幸一くんはおうちへ駆け戻り、お父さんにその出来事を知らせたのです。
そこからまた大騒ぎになりました。
お父さんはすぐに110番に電話をかけましたので、まもなくパトロールカーが何台もやって来ました。
そのうえ、近くの警察署からも大勢のおまわりさんが駆けつけて、鉄人の逃げた方角をしらみつぶしに探し回りましたが、どこへ行ったのか影も形も見当たりません。
以前から、鉄人Qを見つけたらすぐに捕まえるようにと東京中の交番に指令が出ていましたから、どこへ逃げても見つかるはずだったのですが、不思議なことにいつまでたっても手がかり一つ掴めないのでした。
銀行どろぼう
その翌日のことです。
台東区の東洋銀行支店で、恐ろしい大事件が起こりました。
それは午前九時ごろの出来事でした。混み合っている銀行の中に、ひとりの紳士が入ってきました。
おしろいでも塗ったような白っぽい顔、まっかな唇、そして、おそろしく肩の角ばった、背広を着た大男です。
その大男は、銀行の現金支払いの窓口に立って、ほかの人たちがお金を受け取っていくのをじっと見ていましたが、ひとりの店員が十万円の札束を受けとろうとしたとき、大男はいきなり横から手を出して、その札束をわしづかみにすると、そのまま銀行のドアを開いて外へ出ていきました。
店員はびっくりして、しばらくはぼんやりしていましたが、大男がドアの外へ出ようとするとき、やっと叫び声をあげました。
「あっ、どろぼうだ!
あいつです、つかまえてください。
どろぼう、どろぼう……!」
とわめきながらドアのところへ駆けつけましたが、そのときには大男はもう外に出て、ぐんぐん向こうへ歩いていくのです。
この騒ぎに、銀行に来ていた男の人たちや、銀行の守衛さんが店員のあとを追って外へとびだしましたが、もうそのへんには影も形もありません。
「向こうへ行った、向こうへ行った!」
店員がそう言いながら横町へ走っていくので、みんなもあとを追いましたが、横町の角まで行って向こうを見ても、さっきの大男の姿はどこにもありません。
それからおまわりさんもやってきて、みんなで手わけをして町から町をじゅうぶん調べ、そのへんのうちは一軒ずつたずねまわりましたが、どこにも大男はいないのです。
まるで煙のように消えうせてしまったのです。
では、大男はいいったいどこへ隠れたのでしょう?
それは、こういうわけです。
大男は札束をつかみとると銀行を出て、すぐ横町に曲がりましたが、さいわいその横町には人通りがなかったので、道のまん中にあるマンホールの鉄のふたを持ちあげて穴の中へとびこみ、下からふたをもとのとおりにしめたのです。
マンホールの鉄のふたは、ひとりではなかなか持ちあげられません。
まして、穴の中へはいって下からふたをもとのとおりにしめるのは、いっそうむずかしいのです。
みんなはそれがわかっているものですから、まさか大男がマンホールへ隠れたとは、考えてもみなかったのです。
いくら捜してもわからないので、みんなは銀行の前にもどって顔を見あわせていましたが、その中のひとりがとんきょうな声をあげました。
「はてな、おかしいぞ。
あいつはふつうの人間じゃない。
ひょっとしたら、あいつは鉄人Qだったのかもしれないぞ!」
「えっ、鉄人Qだって?」
「そうさ、鉄人Qなら怪物だから、魔法を使って消えうせたのかもしれない」
そして、みんなはまた青ざめた顔を見あわせるのでした。
そうです。
あの大男は鉄人Qだったのです。
鉄人ですからおそろしい力があります。
マンホールのふたを持ちあげるくらい、なんでもないことです。
鉄人はしばらくして人通りがとだえたころ、そっとマンホールのふたを持ちあげて細いすきまを作り、そこからあたりを見まわしてだれも見ていないことをたしかめると、マンホールを出てふたをもとのようにしめたうえ、どこともなく立ち去ってしまいました。
ひとめ見たのではただ大男というだけで、べつに人間とはかわりはないのですから、町ですれちがってもついうっかりと見のがしてしまうのです。
新聞が書きたてたといっても写真が出たわけではないので、なかなか気がつきません。
それにしても鉄人Qはお札なんか盗んで、どうしようというのでしょう?
人造人間のくせに、お金の使いみちを知っているのでしょうか。
お話かわって、上野山下の商店街の中に「山形屋」という食料品店があります。
そこの店員に、鳥井君という小がらの少年がいました。
この鳥井少年は、もと少年探偵団のチンピラ隊のひとりだったのです。
チンピラ隊というのは、少年探偵団長の小林君が浮浪少年を集めて作った探偵団の別働隊で、それらの少年の多くはいまは「アリの町」のくず拾いなどをやって働いているのですが、この鳥井少年はどうしても店員になりたいというので、名探偵明智小五郎の世話で山形屋食料品店につとめることになったのです。
店へきてからまだ三月にしかなりませんが、かしこくてよく働くので、ご主人もたいへん気に入っていました。
東洋銀行支店のどろぼう事件があった日の夜のことです。
山形屋の店の前に、ひとりの背広の紳士が現われました。
おそろしく肩の角ばった人です。
顔はおしろいをぬったように白くて、くちびるはまっかです。
鳥井少年はそれを見るとすぐにそばへ寄っていって、
「何をさしあげますか?」
と、あいきょうよくたずねました。「パンとバターと、牛肉のかんづめと、ジュースをください。」
大男は、へんな声で言いました。
まるで、すりきれたレコードの音を聞いているようです。
大男はパンもバターも、かんづめもジュースも、両手に持てるだけ、どっさり買いこんで、千円札を出し、おつりもとらないで、そのまま帰っていきます。
「もしもし、おつりです。」
鳥井少年が声をかけても、ふりむきもしません。
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