ジョバンニさん、あした放課後、みんなと家へ遊びに来てくださいね」そう言いながら博士はまた、川下の銀河がいっぱいに映った方へ、じっと目を向けました。
ジョバンニはもう、いろいろな思いで胸がいっぱいになり、何も言えずに博士の前を離れました。しかし、早くお母さんにお父さんの帰ることを知らせようと思うと、牛乳瓶を持ったまま、もう一目散に河原を街の方へ走りました。
けれども、その途中でジョバンニの目には涙がいっぱいになってきました。
街灯や飾り窓、いろいろな明かりがぼんやりと夢のように見えるだけになり、いったい自分がどこを走っているのか、どこへ行くのかすら分からなくなって、それでも走り続けました。そしてジョバンニは、いつの間にか牧場の裏を通り過ぎて、また丘のてっぺんに戻ってきていました。彼は、天気輪の柱や天の川を、涙でうるんだ目で見つめたまま、ぼんやりと座り込んでしまいました。
遠くから汽車の音が聞こえてきて、その音はだんだん大きくなったり、小さくなったりしていきました。
その音を聞いているうちに、ジョバンニは、汽車と同じリズムで、誰かがチェロのような声で歌っているような気がしてきました。
それはきっと、懐かしい「星めぐりの歌」を、何度も何度も繰り返して歌っているのに違いありません。
ジョバンニは、その歌にうっとりと聞き入っていました。
六 銀河ステーション
そしてジョバンニは、すぐ後ろにあった天気輪の柱が、いつの間にかぼんやりとした三角標の形に変わり、しばらくホタルのようにパカパカと光ったり消えたりしているのを見ました。
その光はだんだんとはっきりしてきて、最後にはピタリと動かなくなり、濃い鋼鉄のような青い空に浮かび上がりました。
まるで焼きたての青い鋼板のような空の野原に、真っ直ぐにスッと立っていたのです。
すると、どこからか不思議な声で「銀河ステーション、銀河ステーション」という声が聞こえたかと思うと、突然、目の前がパッと明るくなりました。それはまるで、何億ものホタルイカの光を一気に化石にして、空中にばらまいたかのような光景でした。
また、ダイヤモンド会社が値段を下げないために、わざと「採れないふり」をして隠しておいた金剛石(ダイヤモンド)を、誰かが突然ひっくり返してぶちまけたかのように、目の前がサッと明るくなり、ジョバンニは思わず何度も目をこすってしまいました。
気がついてみると、さっきから、ガタゴトガタゴトと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走り続けていたのでした。
本当にジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄色い電灯が並んだ車室に、窓から外を見ながら座っていたのです。
車室の中は、青いベルベットを張った腰掛けがガラ空きで、向こう側のネズミ色のワニスが塗られた壁には、真鍮(しんちゅう)の大きなボタンが二つ、光っていました。
すぐ前の席に、濡れたように真っ黒な上着を着た背の高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気づきました。
その子供の肩のあたりが、どうしても見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だか知りたくてたまらなくなりました。
いきなり自分も窓から顔を出そうとしたとき、急にその子供が頭を引っ込めて、こちらを見ました。
それはカムパネルラだったのです。
ジョバンニが、「カムパネルラ、君は前からここにいたの?」と言おうとしたとき、カムパネルラが言いました。
「みんなはね、ずいぶん走ったけれど遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれど追いつけなかったんだ」
ジョバンニは(そうだ、ぼくたちは今、一緒に誘い合って出かけたんだ)と思いながら、「どこかで待っていようか?」と言いました。
するとカムパネルラは、「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えに来たんだ」と言いました。
カムパネルラは、なぜかそう言いながら、少し顔色が青ざめて、どこか苦しそうでした。
するとジョバンニも、なんだかどこかに何か忘れ物をしたような、おかしな気持ちがして黙り込んでしまいました。
ところがカムパネルラは、窓から外を覗きながら、もうすっかり元気が戻って、勢いよく言いました。
「ああ、しまった! ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきたよ。けれど構わない。もうじき『白鳥の停車場』だからね。ぼくは白鳥を見るのが、本当に好きなんだ。川の遠くを飛んでいても、ぼくにはきっと見えるよ」
そしてカムパネルラは、丸い板のような地図を、しきりにぐるぐると回して見ていました。
本当にその地図の中には、白くあらわされた天の川の左岸に沿って、一本の鉄道線路が、南へ南へと続いていたのです。
そしてその地図の立派なことといったら、夜のように真っ黒な盤の上に、駅ごとの三角標や、泉や森が、青やオレンジや緑の美しい光でちりばめられていたのです。
ジョバンニは、なんだかその地図をどこかで見たことがあるような気がしました。
「この地図はどこで買ったの? 黒曜石でできているね」ジョバンニが言いました。
「銀河ステーションでもらったんだ。君はもらわなかったの?」
「ああ、ぼくは銀河ステーションを通ったのかな。今ぼくたちがいるところは、ここだろう?」
ジョバンニは、「白鳥」と書かれた停車場のしるしのすぐ北を指さしました。
「そうだね。おや、あの河原は月夜だろうか?」
そちらを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀色の空のススキが、もう一面に風にサラサラと揺れて、波を立てていたのです。
「月夜じゃないよ。銀河だから光っているんだよ」「ぼくはもう、何だってできそうな気がする!」
ジョバンニはそう言いながら、飛び上がりたいくらいワクワクして、足でコツコツとリズムを刻みました。窓から顔を出して、高く高く「星めぐりの歌」を口笛で吹きながら、一生懸命背伸びをして、あの天の川の水をよく見ようとしました。最初は、どうしてもそれが何なのかはっきりしませんでした。
けれど、じっと集中して見ていると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりも透き通っていました。目の加減なのか、ときどきチラチラと紫色の細かい波が立ったり、虹のようにギラリと光ったりしながら、音もなくどんどん流れていきます。野原にはあちこちに、燐光(りんこう)を放つ三角標が、美しく立っていました。
遠くにあるものは小さく、近くにあるものは大きく見えます。遠くのものはオレンジや黄色でくっきりと、近くのものは青白く少し霞んでいて、三角形だったり四角形だったり、あるいは雷や鎖のような形だったりと、いろいろな形で野原いっぱいに光り輝いていました。
ジョバンニはドキドキして、思わず頭を激しく振りました。
すると本当に、そのきれいな野原の中の青やオレンジに輝く三角標たちも、それぞれが息をつくようにチラチラと揺れたり震えたりしました。
「ぼくはもう、すっかり天の野原に来たんだ」
ジョバンニが言いました。
「それにしても、この汽車は石炭を燃やしていないねえ」
ジョバンニが左手を突き出して、窓から前の方を見ながら言いました。
「アルコールか電気じゃないかな」とカムパネルラが言いました。
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