初級翻訳・銀河鉄道の夜 第6話

宮沢 賢治

するとちょうど、それに答えるかのように、どこか遠くの、さらに遠くの霧の中から、チェロのような「ゴーッ、ゴーッ」という低い音が聞こえてきました。
「ここの汽車は、蒸気や電気で動いているんじゃない。ただ動くことになっているから動いているんだ。ガタゴトと音がしていると、お前たちは思っているけれど、それは今まで音を立てる汽車にばかり慣れているからなんだよ」
「あの声、ぼく何回もどこかで聞いたことがある」
「ぼくだって、林の中や川で何度も聞いたよ」
ガタゴト、ガタゴト。その小さくてきれいな汽車は、空のすすきが風に揺れる中を、天の川の水や、三角標の青白い光の中を、どこまでもどこまでも走っていきました。
「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ」カムパネルラが窓の外を指さして言いました。
線路の脇の短い芝草の中に、まるで月長石(ムーンストーン)を彫り込んだような、すばらしい紫色のりんどうの花が咲いていました。
「ぼく、飛び降りて、あれを取って、また飛び乗ってみせようか!」ジョバンニは胸を躍らせて言いました。
「もう無理だよ。あんなに後ろへ過ぎ去ってしまったから」
カムパネルラがそう言い終わるか終わらないかのうちに、次のりんどうの花が光を放ちながら過ぎていきました。
かと思うと、次から次へと、たくさんの黄色い底を持ったりんどうの花のカップが、湧き出るように、雨のように目の前を通り過ぎていき、三角標の列は、煙るように、燃えるように、ますます光り輝いて立っていました。

七 北十字とプリオシン海岸

「お母さんは、ぼくを許してくださるだろうか」
いきなりカムパネルラが、思い切ったというふうに、少しどもりながら急いで言いました。
ジョバンニは、
(ああ、そうだ。ぼくのお母さんは、あの遠い、一つのちりのように見えるオレンジ色の三角標のあたりにいて、今ぼくのことを考えてくれているんだっけ)
と思いながら、ぼんやりと黙っていました。
「ぼくは、お母さんが本当に幸せになれるなら、どんなことだってしたい。けれど一体、何が一番お母さんの幸せなんだろう」
カムパネルラは、泣き出したいのを一生懸命こらえているようでした。
「君のお母さんは、何もひどいことはないじゃないか」ジョバンニはびっくりして叫びました。
「ぼくには分からない。けれど、誰だって、本当に良いことをしたら、それが一番の幸せなんだよね。だから、お母さんはぼくを許してくださると思うんだ」
カムパネルラは、何かを本当に決心したような顔つきでした。
その瞬間、車の中がパッと白く明るくなりました。
見ると、ダイヤモンドや草の露、あらゆる美しいものを集めたような、きらびやかな銀河の川床の上を、水は音もなく形もなく流れていて、その流れの真ん中に、ぼんやりと青白く後光が差した一つの島が見えました。
その島の平らな頂上に、立派で目も覚めるような白い十字架が立っていました。それはまるで、凍った北極の雲で作ったかのように、透き通った金色の光の輪を頭上にいただき、静かに、永遠に立っていたのです。
「ハルレヤ、ハルレヤ」
前からも後ろからも、そんな声が聞こえてきました。ふり返ってみると、車室の中の旅人たちはみんな、着物のひだを真っ直ぐに垂らして、胸に黒い聖書を当てたり、水晶の数珠を手にかけたりしていました。どの人も、つつましく指を組み合わせて、静かに祈っているのです。
思わず二人も、真っ直ぐに立ち上がりました。
カムパネルラの頬は、まるで熟したリンゴの赤さのように、美しく輝いて見えました。
そうして島と十字架は、だんだんと後ろの方へ遠ざかっていきました。
向こう岸も青白くぼうっと光って煙り、時々、すすきが風に揺れているのか、サッとその銀色が煙って、息でも吹きかけたように見えたり、たくさんのりんどうの花が、草に隠れたり見えたりして、優しい狐火のように思われたりしました。
それもほんの少しの間で、川と汽車との間はすすきの列で遮られ、白鳥の島は二度ほど後ろに見えましたが、すぐにずっと遠く小さくなって、まるで絵のようになってしまいました。やがてすすきがざわざわと鳴り、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。
ジョバンニの後ろには、いつから乗っていたのか、背の高い、黒い被り物をしたカトリック風の尼さんが座っていました。その尼さんは、まん丸な緑色の瞳をじっと真っ直ぐに落として、まだどこからか言葉か声が伝わってくるのを、慎んで聞いているように見えました。
旅人たちは静かに席に戻り、二人も胸いっぱいの、かなしみに似た新しい気持ちを、何気ない言葉でそっと話し合いました。
「もうすぐ白鳥の停車場だねえ」
「ああ、十一時きっかりに着くんだよ」
早くもシグナルの緑色の灯と、ぼんやりとした白い柱がちらっと窓の外を過ぎ、それから硫黄の炎のような暗くぼんやりした転轍機(てんてつき)の明かりが窓の下を通り過ぎました。汽車はだんだんとゆっくりになり、間もなくプラットホームの一列の電灯が、美しく規則正しく現れました。それがだんだん大きくなって広がり、二人はちょうど白鳥停車場の、大きな時計の前に来て止まりました。
さわやかな秋の時計の盤面には、青く焼かれた鋼鉄の二本の針が、くっきりと十一時を指しました。
みんなは一斉に降りて、車室の中はがらんとしてしまいました。
〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。
「ぼくたちも降りてみようか」ジョバンニが言いました。
「降りよう」二人は同時に跳ね上がってドアを飛び出し、改札口へ駆けていきました。
ところが改札口には、明るい紫がかった電灯が一つ点いているばかりで、誰もいませんでした。
そこら中を見ても、駅長や赤帽らしい人の影もありませんでした。
二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏(いちょう)の木に囲まれた小さな広場に出ました。
そこから幅の広い道が、真っ直ぐに銀河の青い光の中へ通っていました。
先に降りた人たちは、もうどこへ行ったのか一人も見えませんでした。
二人がその白い道を肩を並べて歩くと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある部屋の中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の幅のように、幾本も幾本も四方へ伸びていきました。
そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原に着きました。
カムパネルラはそのきれいな砂を一つまみ、掌(てのひら)に広げて、指でキシキシさせながら、夢のように言っていました。
「この砂は全部、水晶だよ。中で小さな火が燃えているんだ」
「そうだね」どこでぼくはそんなことを習ったんだろうと思いながら、ジョバンニもぼんやりと答えました。
河原の石ころはみんな透き通っていて、確かに水晶や黄玉(トパーズ)だったり、くしゃくしゃのシワのような模様があったり、角から霧のような青白い光を出す鋼玉(コランダム)だったりしました。
ジョバンニは走ってその岸辺に行き、水に手を浸しました。
けれども、その不思議な銀河の水は、水素よりももっと透き通っていました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました