初級翻訳・銀河鉄道の夜 第3話

宮沢 賢治

それは昼間学校で見たものよりはずっと小さかったのですが、その日の時刻に合わせて盤を回すと、今空に出ている星たちがそのまま楕円形の中に浮かび上がってくる仕組みになっていました。真ん中には、上から下へかけて銀河がぼうっと煙った帯のように見え、その下の方ではかすかに爆発して、湯気でも上げているようでした。またその裏側には、三本の足がついた小さな望遠鏡が黄色く光って立っており、一番奥の壁には、空中の星座を不思議な獣や蛇、魚などの形に描いた大きな図が掛けられていました。本当に、こんなふうにサソリだとか勇者だとかが、空にぎっしり詰まっているんだろうか。ああ、ぼくはその中をどこまでも歩いてみたい、そんなふうに思って、しばらくぼんやりと立っていました。
それから急にお母さんの牛乳のことを思い出して、ジョバンニはその店を離れました。
そして窮屈な上着の肩を気にしながらも、わざと胸を張り、大きく手を振って町を通っていきました。
空気は澄みきっていて、まるで水のように通りや店の中を流れていました。街灯はみんな真っ青なモミやナラの枝で飾られ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの豆電球がついていて、本当にそこは人魚の都のように見えるのでした。
子どもたちはみんな、新しい折り目のついた着物を着て、「星めぐり」の口笛を吹いたり、「ケンタウルス、露をふらせ」と叫んで走ったり、青いマグネシウムの花火を燃やしたりして、楽しそうに遊んでいました。
けれどもジョバンニは、いつの間にかまた深く首を垂れて、そこらのにぎやかさとはまるで違うことを考えながら、牛乳屋の方へ急ぐのでした。
ジョバンニは、いつの間にか町の外れのポプラの木が何本も何本も、高く星空に浮かんでいるところまで来ていました。
その牛乳屋の黒い門を入り、牛の匂いのする薄暗い台所の前に立って、ジョバンニは帽子を脱いで「今晩は」と言いましたが、家の中はしんとしていて、誰もいないようでした。
「今晩は、ごめんなさい」ジョバンニはまっすぐに立って、もう一度叫びました。
するとしばらくしてから、年老いた女の人が、どこか具合が悪そうにそろそろと出てきて、何か口の中で言いました。
「あの、今日、牛乳が僕のところへ来なかったので、もらいに来たんです」ジョバンニが一生懸命、勢いよく言いました。
「いま誰もいなくてわかりません。明日(あした)にしてください」その人は赤い目の下をこすりながら、ジョバンニを見下ろして言いました。
「お母さんが病気なんです。だから今晩でないと困るんです」
「では、もう少したってから来てください」その人はもう行ってしまいそうでした。
「そうですか。では、ありがとう」ジョバンニはお辞儀をして台所から出ました。
けれどもなぜか、涙がいっぱい湧いてきました。
(ぼくは早く帰って、お母さんにあの時計屋のフクロウの飾りのことや、星座早見のことをお話ししよう)ジョバンニはせわしなくこんなことを考えながら、十字になった町の角を曲がろうとしました。すると、向こうの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやりした白いシャツが入り乱れて、六、七人の生徒たちが口笛を吹いたり笑ったりして、それぞれカラスウリの明かりを持ってやってくるのが見えました。
その笑い声も口笛も、みんな聞き覚えのあるものでした。ジョバンニの同級の子どもたちだったのです。
ジョバンニは思わずドキッとして戻ろうとしましたが、思い直して、いっそう勢いよくそっちへ歩いて行きました。
「川へ行くの?」ジョバンニが言おうとして、少し喉が詰まったように思ったとき、
「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ!」さっきのザネリがまた叫びました。
「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ!」すぐにみんなが、続いて叫びました。
ジョバンニは真っ赤になって、もう歩いているのかどうかもよくわからず、急いで行き過ぎようとしました。その中に、カムパネルラがいたのです。
カムパネルラは気の毒そうに、黙って少し笑って、「怒らないだろうか」というような顔でジョバンニの方を見ていました。
ジョバンニは、逃げるようにその視線を避けました。そして、カムパネルラの背の高いかたちが過ぎて行って間もなく、みんなは思い思いに口笛を吹きました。
町の角を曲がるときに振り返ってみると、ザネリがやはり振り返って見ていました。そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて、向こうにぼんやり見えている橋の方へ歩いて行ってしまったのでした。
ジョバンニはなんとも言えず寂しくなって、いきなり走り出しました。
すると、耳に手を当てて「わあわあ」と言いながら片足でぴょんぴょん跳ねていた小さな子どもたちは、ジョバンニが面白がって走るのだと思って、「わあい!」と叫びました。
どんどんジョバンニは走りました。けれどもジョバンニは、まっすぐに坂を登ってお母さんの家へは帰らず、ちょうどその北の方の町の外れへ走って行ったのです。
そこには、河原がぼうっと白く見える小さな川があって、細い鉄の欄干のついた橋がかかっていました。
(ぼくはどこへも遊びに行くところがない。ぼくはみんなから、まるで狐みたいに見えているんだ)
ジョバンニは橋の上で止まって、しばらくの間、せわしい息で切れ切れに口笛を吹きながら、泣き出したいのを我慢して立っていましたが、急にまた力いっぱい走り出して、黒い丘の方へ急ぎました。五 天気輪の柱

牧場の後ろはなだらかな丘になっていて、その黒く平らな頂上は、北の大熊座の下で、いつもより少し低く連なっているように見えました。
ジョバンニは、もう夜露が降りはじめた小さな林の小道を、どんどん登っていきました。
真っ暗な草むらや、いろいろな形に見える茂みの間を、その小さな道が、一本の白い筋となって星明かりに照らされていました。
草の中には、ピカピカと青い光を放つ小さな虫もいて、ある葉っぱは青く透かされていました。ジョバンニは、さっきみんなが持っていったカラスウリの明かりのようだとも思いました。
その真っ黒な松やナラの林を越えると、急に視界がパッと開けて、天の川が白く南から北へ渡っているのが見えました。そして、丘の頂上にある「天気輪の柱」もはっきりと分かりました。
ツリガネソウか野菊か、その花がそこら中に、まるで夢の中から香りが漂い出してきたかのように咲いていて、鳥が一羽、丘の上を鳴き続けながら通り過ぎていきました。
ジョバンニは、頂上の天気輪の柱の下まで来ると、ドキドキする体を冷たい草の上に投げ出しました。
町の明かりは、暗闇の中でまるで海の底にあるお宮のような景色としてともっていて、子どもたちが歌う声や口笛、途切れ途切れの叫び声もかすかに聞こえてきました。
風が遠くで鳴り、丘の草も静かにそよぎ、ジョバンニの汗で濡れたシャツも冷たく冷やされました。
ジョバンニはじっと天の川を見ながら考えました。
(ぼくはもう、どこか遠くへ行ってしまいたい。
みんなから離れて、どこまでもどこまでも行ってしまいたい。
それでももしもカムパネルラが、ぼくと一緒に来てくれたら、そして二人で、野原やいろんな家をスケッチしながら、どこまでもどこまでも行くのなら、どんなにいいだろう。

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