ああ、ただもう一度、自分の二本の足でぴんぴん歩いて、あの楽園の中の泉まで行き、あの冷たい水を両手ですくって飲むことができたら、そのまま死んでしまってもかまわない、その人はきっとそう思うだろう。
また、お前が答えたように、人はものを言わないでいられない。
自分の考えたことを、だれにも言わないでじっと隠していることは、ものすごくつらいことなのだ。
そのせいで病気にだってなってしまう。
人が友だちをほしいと思うのは、自分の考えたどんなことでも隠さずにおしゃべりしたいし、友だちの考えも隠さずに聞きたいからなんだ。
だまっているということは、本当につらいことなのだ。
たしかに、人は歩かないでいられないし、ものを言わないでもいられない。
けれども、人にはそれよりももっと大切なものがないだろうか。
足や舌なんかと取りかえてしまいたくなるくらい、もっと大切なものがないだろうか。
むずかしいけれど、よく考えてごらん。
」
アラムハラドがそう言う間、タルラは顔をまっ赤にしていましたが、しまいには少し青ざめました。
アラムハラドはすぐに言いました。
「タルラ、もう一度答えてごらん。
お前は、どんなものとでも、自分の足をとりかえたりはしないかい?
お前は、どんな宝物と引き換えにしても、自分の足を失うのはいやかい?
」
タルラが、まるで小さなライオンのように元気よく答えました。
「私は、大飢饉が起きてみんなが死んでしまうとき、もし私の足が無くなることでその飢饉がやむなら、足を切り落としてもくやしくありません!
」
アラムハラドは、あやうく涙を流しそうになりました。
「そうだ。
お前には、歩くことよりも、ものを言うことよりも、もっと『どうしてもせずにはいられないこと』があったんだ。
それがよくわかった。
さすがは私の自慢の弟子だ。
お前のお父さんは、七年前の不作のとき、祭壇の上に登って九日間も祈りつづけた。
お前のお父さんは、みんなのためには自分の命さえ惜しくなかったのだ。
ほかの人たちはどうだ。
ブランダ、言ってごらん。
」
ブランダと呼ばれた子は、さっと姿勢を正してきりっと答えました。
「人が歩くことよりも、言うことよりも、もっとしないでいられないのは、『よいこと』です。
」
アラムハラドが言いました。
「そうだ。
まさに私がそう言おうと思っていたところだ。
すべての人は、善いこと、正しいことを好む。
善のため、そして正義のためならば、自分の命をすてる人もたくさんいる。
おまえたちは今までに、そうした人たちの話をたくさん聞いてきたはずだ。
決してこれを忘れてはならない。
人が正義を愛することは、ちょうど鳥が歌わずにはいられないのと同じなんだよ。
セララバアド。
お前は何か言いたいことがあるような顔をしているね。
言ってみなさい。
」
小さなセララバアドは、少しびっくりしたようでしたが、すぐに落ち着いて答えました。
「人は、『ほんとうによいこと』が何なのかを考えないでいられないのだと思います。
」
アラムハラドは、ちょっと目を閉じました。
目を閉じた暗闇の中では、あたり一面がぼんやりとリンの火のように青く見え、ずっと遠くの方がものすごく青く明るく輝いていて、そこに黄金の葉をつけた立派な木々がずらりと並び、さんさんと梢を鳴らしているように感じられたのです。
アラムハラドは目を開けました。
子どもたちが、じっとアラムハラドを見上げていました。
アラムハラドは言いました。
「うん。
そのとおりだ。
人は真実を求める。
真理を求める。
ほんとうの道を求めるのだ。
人が道を求めないでいられないことは、ちょうど鳥が飛ばないでいられないのと同じなんだ。
おまえたちは、これをしっかりと覚えなければいけない。
人は善を愛し、道を求めずにはいられない。
それが、人間の性質なのだ。これをおまえたちはしっかりと心にきざんで、あとになっても絶対に忘れてはいけないよ。
おまえたちはみな、これから「人生」という、ものすごくけわしい道を歩いていかなければならない。
たとえばそれは、雪が山のように積もった高い山の氷や、激しい川の流れや、熱くて乾いた砂漠の火などでいっぱいであるようなものだ。
そのどこを通るときも、決してさっきの二つのことを忘れてはならない。
それがおまえたちを守ってくれる。
それがいつもおまえたちを教えて導いてくれる。
決して忘れてはならないよ。
それではもうお昼の時間だから、みんなは立って休んで、ごはんを食べてもいいよ。」
アラムハラドがそう言うと、子どもたちは礼をして、先生自身もしずかに立ち上がりました。
そして自分の部屋に帰る途中、ふたたび目を閉じました。
すると、さっきの美しい青い景色がまたハッキリと見えたのです。
その中には、鳥の羽根のように軽くて黄金色の着物を着た人が、四人まっすぐに立っているのが見えました。
アラムハラドは急いで目を開け、少し首をかしげながら自分の部屋に入っていきました。
二
アラムハラドは、子どもたちにかこまれながら、しずかに林へ入っていきました。
つめたくてしめった空気がしんとみんなの体にせまったとき、子どもたちはやったあと大きな歓声をあげました。
それほど木々が高く、深くしげっていたからです。
おまけに、いろいろな太さのツルがぐちゃぐちゃに木にからみついていて、道もとても暗かったのです。
ただ、木の一番上のほうのところどころに、ものすごいくらいに青い空が、ひと切れふた切れやっとのぞいて見えるくらいでしたが、林がそんなふうにうっそうとしげっていればいるほど、みんなは大喜びしました。
大臣の子どものタルラは一番先頭に立って、鳥を見つけては「ばあ」と両手をあげて追い払い、リスを見つけると大きな声で叫んでおどかしました。
走ったりまた止まったりしながら、まるで夢中になって進んでいきました。
みんなはかわるがわる、いろいろなことをアラムハラドに質問しました。
アラムハラドは、時々、一つの質問に答え終わらないうちにもう次の返事をしなければなりませんでした。
セララバアドは、小さな革の水入れを肩からつるし、首をうなだれて、みんなの質問やアラムハラドの答えを聞きながら、一番うしろから少し笑いながらついてきました。
林はだんだん深くなり、カシの木やクスノキのせいで空もまったく見えなくなりました。
そのとき、サマシャードという小さな子が、一本の高いナツメの木を見つけて叫びました。
「ナツメの木だぞ!
ナツメの木だ!
とれないかなあ!」
みんなもアラムハラドも、いっせいにその高い木のてっぺんを見上げました。
アラムハラドは言いました。
「あの木は高くて手がとどかない。
私どもはあの実をとることができないのだ。
けれどもおまえたちは、名高いヴェーッサンタラ大王のお話を知っているだろう。
ヴェーッサンタラ大王は『檀波羅蜜(だんばらみつ)』の行といって、人にほしいと言われるものは何でもあげた。
宝石でも、着物でも、食べ物でも、そのほかに家でも家来でも、何でもみんな、乞われるままに人にわけ与えたのだ。
そしてしまいにはとうとう、国の宝である白い象までもおあたえになられた。
コメント