初級翻訳・めくらぶどうと虹 第1話

めくらぶどうと虹

お城の跡(あと)では、オオバコの実が実り、赤ツメクサの花は枯れてこげ茶色になりました。そして、畑のアワもすっかり刈り取られました。
「刈られちゃったぞ!」と言いながら、ひょっこり一回だけ顔を出した野ネズミは、慌ててまた穴の中へと引っ込みました。
崖(がけ)やお堀(ほり)のまわりには、まぶしく輝く銀色のススキの穂が、一面いっぱいに風で波うっています。
そのお城の跡の真ん中に、小さな四角い山がありました。その上のやぶの中では、「めくらぶどう」の実が、まるで虹のように色鮮やかに実っていました。
さて、ほんの少しだけ、静かな日照り雨(お天気雨)が降ってきました。草はキラキラと光りはじめ、向こうに見える山は少し暗くなりました。
そのほんの少しの日照り雨が上がると、草はますますキラキラ輝き、向こうの山はぱっと明るくなって、まるでまぶしそうにニッコリ笑っているみたいです。
山の方から、モズの群れが、まるで楽譜の音符をパラパラと散らかしたみたいに飛んできて、みんな一斉に銀色のススキの穂にとまりました。
めくらぶどうはとっても感動して、透きとおった深い息をつくと、葉っぱから雨のしずくをポタポタとこぼしました。
東にある灰色の山脈の上に、冷たい風がふっと吹き抜けたかと思うと、大きな虹が、まるで明るい夢の橋のようにやさしく空に現れました。
それを見た瞬間、めくらぶどうの体の中を流れる青白い樹液(じゅえき)が、ドクンドクンと激しく波打ちました。
そうなのです。
「今日こそ、たった一言だけでもいいから虹さんとお話ししたい! 丘の上に立つ小さなめくらぶどうの木が、夜の空で燃える青い炎よりも強く、そして切ない想いを、遠くの美しい虹に捧げているということ、ただそれだけを伝えたい。ああ、それさえできたら、それさえできたら……! このあと実や葉っぱが強い風に引きちぎられて、あの明るくて冷たい真っ白な冬の眠りにつこうと、そのまま枯れてしまったとしても構わないんだ!」
「虹さん! どうか、ちょっとだけでもこっちを見てください!」
めくらぶどうは、いつもの透きとおったきれいな声を失ってしまうほど必死で、かすれた声を風にかき消されそうになりながら大声で叫びました。
やさしい虹は、うっとりと西の青空を眺めていた大きな青い目を、めくらぶどうの方へと向けました。
「何かご用でしょうか? あなたは、めくらぶどうさんですね」
めくらぶどうは、まるでブナの木の葉っぱのようにブルブルとふるえて輝き、息がはあはあと上がって、思うように言葉が出てきませんでした。
「どうか、私の尊敬(そんけい)の気持ちを受け取ってください!」
虹が大きくため息をつくと、その体にある黄色やスミレ色が、まるでひとつずつ声を上げるかのようにパッと輝きました。そして、静かに言いました。
「尊敬を受けるというのは、あなただって同じですよ。どうしてそんなに悲しそうな、暗い顔をしているのですか?」
「私は……もう死んでしまってもいいくらいなのです!」
「どうしてそんなことをおっしゃるのですか? あなたはまだまだお若いじゃないですか。それに、雪が降りはじめるまでには、まだふた月もありますよ」
「いいえ! 私の命なんて、たいしたものではないのです。もしあなたがもっと素晴らしくなれるのなら、私なんて、百回死んだってかまいません!」
「あら、あなたこそ、そんなに素晴らしいではありませんか! あなたは、たとえば『絶対に消えることのない虹』なのです。『ずっと姿が変わらない私』なのです。私なんて、本当に頼りない存在なんですよ。ほんの十分や十五分しか生きられないのですから。ときには、たった三秒しかいられないことだってあるのです。でも、あなたの中で輝く七色の光は、いつまでも変わることがないではありませんか」
「いいえ、変わってしまいます! 変わってしまうのです! 私の実の輝きなんて、もうすぐ冷たい風に吹き飛ばされてしまいます。雪の中にうずもれて真っ白になり、やがて枯れ草の中で腐ってしまうのです……!」
虹は、思わずニッコリと微笑みました。
「ええ、その通りです。本当は、どんなものでも永遠に変わらないものなんてないのですよ。ごらんなさい。向こうの空はすきとおるような青色でしょう? まるで美しいクジャク石のようです。けれど、もうすぐ太陽があの場所を通り過ぎて山へ沈むと、あの空はツキミソウの花びらのような黄色やオレンジ色になります。そしてそれもすぐにしぼんでしまって、夕暮れ前の銀色の世界になり、最後には星を散りばめた夜がやってきます。そのころには、私はどこへ消えてしまい、どこで生まれているでしょう。また、この目の前に広がる美しい丘や野原だって、みんな一秒ごとに削られたり崩れたりしているのです。けれども、もしも『本当の大きな力』がこれらの中に現れるとき、衰えていくものも、しわがれていくものも、移り変わっていく儚い(はかない)ものも、みんな永遠の命を持つのです。私でさえ、たった三秒パッと輝くときも、三十分もの間空にかかっているときも、いつだってまったく同じ喜びを感じているのですよ」
「けれど、あなたは空高く光り輝いて飾られます! 草も花も鳥もみんな、あなたのことを褒めたたえて歌を歌うではありませんか!」
「それは、あなたも全く同じですよ。私のもとにやってきて私を輝かせてくれるすべての光や恵みは、あなたをも等しくキラキラと輝かせています。私に贈られるたくさんの褒め言葉は、そのままあなたへの贈り物でもあるのです。ごらんなさい。『本当の心』で物事を見る人は、人間の一番えらい王様の華やかな栄光でさえも、野原に咲く一輪のユリの花の美しさに比べようとはしなかったのですよ」「それは、人間の栄華(えいが)というものを、人間が勝手に考えたように、ほんのしばらくの間だけ『本当の大きな力』や『無限の命』から切り離して考えてみたからに過ぎません。もし、そのまことの光の中で見るならば、人間のいばった心から怪しい雲のように湧き上がる、ほんのひとすじのちりやほこりでさえも、神様の子が褒めたたえた聖なるユリの花に決して負けてはいないのですよ」

「どうか私に教えてください! 私を一緒のところへ連れて行ってください! 私はどんなことだってしますから!」
めくらぶどうは必死にお願いしました。

「いいえ、私はどこへも行きはしませんよ。いつでもあなたのことを思っています。本当の光の中でいっしょに生きている人は、いつだってどこへでも一緒に行けるのです。永遠に滅びて消えてしまうことなんて決してありません。……けれど、あなたはもう、私を見ることができなくなるでしょう。お日様がずいぶん遠くへ行ってしまいました。ほら、モズたちが飛び立ちますよ。私はあなたにお別れをしなくてはなりません」

駅のほうで、汽車の鋭い笛の音が「ピーッ!」と高く響き渡りました。
ススキにとまっていたモズたちは、みんな一斉に飛び立ち、まるで大あわてでぐちゃぐちゃになった楽譜(がくふ)の音符(おんぷ)のように、にぎやかに鳴き叫びながら東の空へと飛んでいきました。

めくらぶどうは、叫ぶように大声で言いました。

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