雪割草は、あの温室を出たことを少しも悲しいとは思っていませんでした。ただ、あの大好きなサクラソウとお別れしたことだけが名残惜しくて、ここまで運ばれてくる途中も、サクラソウの姿を思い出しては涙ぐんでいたのでした。でも、明日また一緒になれると知って、嬉しくてたまりませんでした。
ちょうど、日が暮れようとする少し前のことでした。
一匹のミツバチがどこからか飛んできて、雪割草のお花の上にちょこんと止まりました。
そのミツバチは、なんだかとても痛々しく、かわいそうな様子に見えました。
「本当に、こんなにかわいらしいお花がこんな場所に咲いているなんて知らなかったよ」
と、ミツバチはびっくりしたように言いました。
「わたしは、今日ここへ来たばかりなのですよ」
と雪割草が答えると、
「ぼくは長くて寒い冬の間じゅう、ずっとお花を探して歩いていたんだ。でも、あなたのように美しくて小さなお花には出会えなかった。ぼくは寒さで体がすっかり弱っているし、薄い羽も疲れ果てて、元気が出ないんだ。けれどこうして、お日様がぽかぽかと温かく照らしてくれているから、今どんなに気持ちがいいか分からないよ。どうかお願いだから、あなたの胸にある蜜を吸わせてくださいな」
と言って、ミツバチは小さな花の上に止まりました。
しばらくすると、ミツバチは本当に悲しそうな声で叫びました。
「ああ、あなたの胸はあまりにも小さすぎるんだね。ぼくがもらえるだけの蜜が入っていないよ……」
そう言って、悲しそうにしおれてしまいました。
雪割草のお花も、その言葉を聞くと、なんだか寂しさやら哀れさで身ぶるいをしてしまいました。
「そんなに悲しまないでくださいな。明日になれば、やさしくて美しいサクラソウさんが来るはずになっているのです。そうしたら、サクラソウさんにお願いして蜜をもらってくださいね」
と、雪割草はお花を揺らして慰めました。
かわいそうなミツバチは、雪割草のそばを離れられないように、お日様の光で体を温めながら、じっと葉っぱの上に止まっていました。
そうしているうちに、お日様は西の空へ傾いていきました。
一年中緑の葉を茂らせる木の陰から、真っ赤に染まった夕空が見えました。
するとミツバチは、雪割草にお別れを告げると、どこへともなく飛んでいってしまいました。
その夜、雪割草は、雲が切れた空にキラキラ輝く星の光を、なつかしそうに見上げることができました。そして、明日サクラソウがやって来るのを心から楽しみにしていたのでした。
次の日も、とてもいいお天気でした。
日ごとに春が近づいてきます。
お庭の木々も生き生きと元気を取り戻し、空を流れていく雲の影さえも、希望に満ちて輝いているようでした。
そして、待ちに待ったあのサクラソウがやってきたのです!
二つの鉢が並べられたとき、
「まあ、あなたはこちらにいらしていたのですね!」
と、サクラソウはほっぺをぽっと赤くして言いました。
「わたしは、昨日からあなたが来るのをずっと待っていたのですよ」
と雪割草はサクラソウを見つめながら答えました。
そして、昨日かわいらしいミツバチが訪ねてきたことを話してあげました。
けれど、今日もまたやって来るだろうと心待ちにしていたあのミツバチは、とうとうその日は姿を見せませんでした。
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