初級翻訳・セロ弾きのゴーシュ 第2話

セロ弾きのゴーシュ

そして、いきなりドーンと扉に体をぶつけましたが、扉は開きません。猫は「これは一生の失敗をした!」と大慌てして、目や額からパチパチと火花を散らしました。さらに、口のひげや鼻からも火花が出たので、猫はくすぐったがってしばらくくしゃみをするような顔をしていましたが、それから「もう、こうしてはいられないぞ!」というように走り回りました。
ゴーシュはすっかり面白くなって、ますます勢いよく弾き続けました。
「先生、もうたくさんです! たくさんですよ。お願いですからやめてください。これから先、もう先生のタクトなんか取りませんから!」
「黙れ! これから虎をつかまえるところだ!」
猫は苦しがって飛び跳ねて回ったり、壁に体をくっつけたりしましたが、壁についたあとはしばらく青く光っていました。しまいには、猫はまるで風車のように、ぐるぐるぐるぐるとゴーシュの周りを回りました。ゴーシュも少し目が回ってきたので、「さあ、これで許してやるぞ」と言いながら、ようやく演奏をやめました。
すると猫はケロリとして、「先生、今夜の演奏はどうかしていますね」と言いました。
ゴーシュはまたカッときましたが、何でもないような顔で巻きタバコを一本取り出して口にくわえ、マッチを一本擦って言いました。
「どうだ。具合は悪くないか? 舌を出してみろ」
猫は馬鹿にしたように、尖った長い舌をベロリと出しました。
「ははあ、少し荒れているな」チェロ弾きはそう言いながら、いきなりマッチを猫の舌でシュッと擦って、自分のタバコに火をつけました。
さあ、猫は驚いたのなんの。舌を風車のように振り回しながら入り口の扉へ走っていき、頭でドーンとぶつかってはヨロヨロし、また戻ってきてはドーンとぶつかってヨロヨロし、また戻ってきてはぶつかってヨロヨロと、逃げ道を作ろうと必死です。
ゴーシュはしばらく面白そうに見ていましたが、「出してやるよ。もう来るなよ、馬鹿」
チェロ弾きは扉を開け、猫が風のように萱(かや)の中を走っていくのを見て、少し笑いました。それから、やっとせいせいしたというように、ぐっすりと眠りました。
次の晩も、ゴーシュがまた黒いチェロの包みを背負って帰ってきました。そして水をゴクゴクと飲むと、昨日と同じようにぐんぐんとチェロを弾き始めました。十二時は間もなく過ぎ、一時も過ぎ、二時を過ぎても、ゴーシュはまだやめませんでした。それから、もう何時だかもわからず、自分が弾いているのかどうかもわからず、ゴーゴーと演奏していますと、誰か屋根裏を「コッコッ」と叩く者がいます。
「猫、まだこりないのか?」「猫の次は、今度はなんだ?」

ゴーシュがそう叫ぶと、天井の穴からポロンと音がして、一羽の灰色の鳥が降りてきました。
床に降り立ったのは、かっこうでした。
「鳥までやってくるなんて。何の用だ?」
ゴーシュが聞きました。
「音楽を教えてほしいのです」
かっこうは、すました顔で言いました。
ゴーシュは笑って言いました。
「音楽だって? おまえの歌は『かっこう、かっこう』と鳴くだけじゃないか」
すると、かっこうはとても真面目な顔で言いました。
「ええ、それなんです。でも、歌い方にはコツがあって、それがなかなか難しいんですよ」
「難しいものか! おまえたちの歌は、ただうるさく鳴いているだけで、メロディなんて何もないじゃないか」
「ところが、それが難しいんです。例えば、『かっこう』と鳴くのでも、一回目と二回目では、聴く人が聴けば全然ちがうんですよ」
「ちがわないね」
「それは、あなたにわからないだけです。わたしたち仲間なら、『かっこう』と一万回言えば、一万回とも全部ちがうんです」
「勝手にしてくれ。そんなにわかっているなら、わざわざ俺のところへ来なくてもいいだろう」
「ところが、私はドレミファを正確に覚えたいんです」
「ドレミファもクソもあるか!」
「ええ、外国へ行く前に、どうしても一度練習したいんです」
「外国もクソもあるか!」
「先生、どうかドレミファを教えてください。私が後からついて歌いますから」
「うるさいなあ。いいか、三回だけ弾いてやるから、終わったらさっさと帰るんだぞ」

ゴーシュはチェロを抱えて、ボロンボロンと弦の音を合わせると、「ドレミファソラシド」と弾きました。
すると、かっこうは慌てて羽をバタバタさせました。
「ちがいます、ちがいます。そんなんじゃないんです」
「うるさいなあ。じゃあ、おまえがやってみろよ」
「こうですよ」
かっこうは体を前に曲げて、しばらく構えてから「かっこう」と一つ鳴きました。
「何だそれ。それがドレミファかい? おまえたちにとっては、それじゃあドレミファも、ベートーヴェンの第六交響曲も同じってことだな」
「それはちがいます」
「どうちがうんだ?」
「難しいのは、これをたくさん続けることなんですよ」
「つまり、こうだろう?」
チェロ弾きはまたチェロを取り、かっこう、かっこう、かっこう……と続けて弾きました。
すると、かっこうはとても喜び、途中から「かっこう、かっこう、かっこう!」と一緒に叫び始めました。
かっこうは一生懸命体を曲げて、いつまでもいつまでも叫び続けます。ゴーシュはとうとう手が痛くなってきました。
「こら、いいかげんにしないか!」
ゴーシュはそう言って演奏をやめました。
すると、かっこうは残念そうに目を吊り上げて、しばらく鳴いていましたが、ようやく「……かっこう、かくう、かっ、かっ、かっ、かっ、か」と言ってやめました。
ゴーシュはすっかり腹を立てて言いました。
「こら、鳥! 用が済んだならもう帰れ!」
「どうか、もう一ぺん弾いてください。あなたのはいい感じだけれども、少しだけちがうんです」
「なんだと? 俺はおまえに教わっているんじゃないんだぞ。帰らんか!」
「どうか、たったもう一ぺんだけお願いします。どうか!」
かっこうは頭を何度も何度も下げました。
「では、これっきりだぞ」

ゴーシュは弓を構えました。
かっこうは「くっ」と一つ息を吸い込むと、「では、なるべく長くお願いします」と言って、また一つお辞儀をしました。
「いやになっちまうなあ」
ゴーシュは苦笑いしながら弾きはじめました。
すると、かっこうはまた本気になって「かっこう、かっこう、かっこう」と体を曲げ、一生懸命叫びました。
ゴーシュは最初はイライラしていましたが、いつまでも続けて弾いているうちに、ふっと「なんだか鳥の方が、本当のドレミファに合っているんじゃないか?」という気がしてきました。
弾けば弾くほど、かっこうの歌の方がいいような気がしてくるのです。
「ええい、こんな馬鹿なことをしていたら、俺まで鳥になってしまうんじゃないか!」
ゴーシュは急にピタリと演奏をやめました。
すると、かっこうはドシンと頭を叩かれたようにフラフラッとして、それからまたさっきのように「かっこう、かっこう、かっこう、かっ、かっ、かっ、かっ、か」と言ってやめました。
そして、恨めしそうにゴーシュを見て言いました。
「なぜやめたんですか。僕らなら、どんな意気地なしでも、喉から血が出るまでは叫び続けるものですよ」
「何を生意気な。こんな馬鹿な真似をいつまでやっていられるか。

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