初級翻訳・セロ弾きのゴーシュ 第3話

セロ弾きのゴーシュ

もう出て行け! 見ろ、夜が明けるんじゃないか!」
ゴーシュは窓を指さしました。
東の空がぼんやりと銀色に輝き、そこを真っ黒な雲が北の方へどんどん流れていきます。
「では、お日さまが出るまで、どうぞ。もう一ぺん。ちょっとですから」
かっこうは、また頭を下げました。「黙れ! いい気になって、このばか鳥め! 出て行かないと、羽をむしって朝ごはんにしてやるぞ!」
ゴーシュがドンドンと床を強く踏み鳴らしました。
すると、かっこうは突然びっくりしたように、いきなり窓に向かって飛び立ちました。ところが、窓ガラスに激しく頭をぶつけて、バタッと床に落ちてしまいました。
「なんだ、窓ガラスにぶつかるなんて、ばかだなあ」
ゴーシュはあわてて立ち上がり、窓を開けようとしましたが、もともとこの窓は、いつでもスルスルと開くような便利な窓ではありませんでした。
ゴーシュが窓枠をガタガタと一生懸命ゆらしている間に、かっこうはまたバッと飛び立ち、ガラスに激突して下に落ちました。
よく見ると、くちばしの付け根から少し血が出ています。
「今開けてやるから、待ってろと言ってるだろ!」
ゴーシュがやっと窓を二寸(約6センチ)ほど開けたとき、かっこうは起き上がると、「今度こそ!」と決心したような顔で窓の向こうの東の空をじっと見つめ、ありったけの力を込めてパッと飛び立ちました。
もちろん、今度は前よりもひどくガラスに突き当たってしまい、かっこうは下へ落ちたまま、しばらく身動きもしませんでした。
つかまえてドアから外へ逃がしてやろうとゴーシュが手を伸ばすと、かっこうはいきなり目をひらいて飛びのきました。そして、またガラスへ飛びつきそうになるのです。
ゴーシュは思わず足を上げて、窓をバッと蹴り飛ばしました。
ガラスは二、三枚、ものすごい音を立てて砕け散り、窓は枠ごと外へ落ちました。
そのがらんとした窓の穴から、かっこうが矢のように外へ飛び出しました。
そして、どこまでもどこまでも真っ直ぐに飛んで行って、ついには見えなくなってしまいました。
ゴーシュはしばらく呆然と外を眺めていましたが、そのまま倒れ込むように部屋の隅へ転がり、眠ってしまいました。

次の晩も、ゴーシュは夜中過ぎまでチェロを弾いて疲れ果て、水を一杯飲んでいると、また扉をコンコンと叩く音がしました。
「今夜は誰が来ても、昨夜のかっこうみたいに、最初から脅かして追い払ってやるぞ」
そう決めてコップを持ったまま待ち構えていると、扉が少し開いて、一匹のたぬきの子が入ってきました。
ゴーシュは扉をもう少し広く開けておいて、ドンドンと足を鳴らし、
「こら、たぬき! おまえ、『たぬき汁』っていうのがどういうものか知っているか!」
と怒鳴りました。
すると、たぬきの子はぼんやりした顔をして、きちんと床に座ったまま、「どういうことだろう?」というふうに首をかしげて考えていましたが、しばらくして、
「たぬき汁? ぼく、知らないや」
と答えました。
ゴーシュはその顔を見て思わず吹き出しそうになりましたが、無理やり怖い顔を作り、
「では教えてやろう。たぬき汁っていうのはな、おまえのようなたぬきを、キャベツや塩と一緒にぐつぐつ煮込んで、俺様が食べる料理のことさ」
と言いました。
すると、たぬきの子はまた不思議そうに、
「だって、ぼくのお父さんがね、『ゴーシュさんはとてもいい人で怖くないから、行って教わってきなさい』って言ったよ」
と言いました。
そこで、ゴーシュもとうとう笑い出してしまいました。
「何を教わってこいと言ったんだ? 俺は忙しいんだぞ。それに、眠いんだ」
たぬきの子は、急に元気が出たように一歩前へ出ました。
「ぼくは小太鼓の担当でね。ゴーシュさんのチェロに合わせてもらいに来いって言われたんだ」
「どこにも小太鼓なんてないじゃないか」
「ほら、これ」
たぬきの子は背中から棒きれを二本出しました。
「それでどうするんだ?」
「あのね、『愉快な馬車屋』を弾いてください」
「なんだ、『愉快な馬車屋』って? ジャズか?」
「ああ、この楽譜だよ」
たぬきの子は背中からまた一枚の譜面を取り出しました。
ゴーシュはそれを受け取ると、笑い出しました。
「ふう、変な曲だなあ。よし、さあ弾くぞ。おまえは小太鼓を叩くのか?」
ゴーシュは、たぬきの子がどうするのか気になってチラチラそっちを見ながら、弾き始めました。
すると、たぬきの子は棒を持って、チェロの駒の下のあたりを拍子に合わせてポンポンと叩き始めました。
それがなかなか上手なので、弾いているうちにゴーシュは「これは面白いぞ」と思いました。
最後まで弾き終わると、たぬきの子はしばらく首をかしげて考えました。そして、やっと何かを思いついたように言いました。
「ゴーシュさんは、この二番目の糸を弾くとき、妙に遅れるねえ。なんだかぼくが、つまずくような感じがするよ」
ゴーシュはハッとしました。
たしかにその糸は、どんなに手早く弾いても、少し時間が経ってからでないと音が出ないような気が、昨日の夜からしていたのです。
「いや、そうかもしれない。このチェロはどこか悪いんだよ」
ゴーシュは悲しそうに言いました。
するとたぬきは、気の毒そうにしてまたしばらく考えていましたが、
「どこが悪いんだろうなあ。では、もう一回弾いてみてくれますか?」
「いいとも、弾くよ」
ゴーシュは演奏を始めました。たぬきの子は、さっきと同じようにトントンとリズムを刻みながら、ときどき頭をかしげてチェロの音色にじっと耳を澄ませていました。
そうして曲を弾き終えるころには、今夜もまた東の空がぼうっと明るくなっていました。

「ああ、夜が明けてしまった。どうもありがとう!」
たぬきの子はとても慌てた様子で、楽譜や棒切れを背中に背負うと、ゴムテープでパチンと留めました。そして、おじぎを二つ三つすると、急いで外へ駆け出していきました。
ゴーシュはぼんやりとしたまま、しばらく昨夜壊れた窓から吹き込んでくる風を感じていましたが、町へ出かけるまでのあいだに眠って元気を回復しようと、急いで寝床にもぐり込みました。

次の晩も、ゴーシュは夜通しチェロを弾き続け、明け方近くになって疲れ果て、楽譜を持ったままうとうとしていました。すると、また誰かが扉をこつこつと叩く音がします。
それも、聞こえるか聞こえないかというほどの小さな音でしたが、毎晩のことなのでゴーシュはすぐに気づいて、「お入り」と言いました。
すると扉の隙間から入ってきたのは、一匹の野ねずみでした。
その野ねずみは、とても小さな子供を連れて、ちょろちょろとゴーシュの前まで歩いてきました。
その子供の野ねずみときたら、まるで消しゴムくらいの大きさしかないので、ゴーシュは思わず笑ってしまいました。
すると野ねずみは、何を笑われたのだろうと不思議そうにきょろきょろしながらゴーシュの前に進み出ると、青い栗の実を一つぶ床に置き、丁寧におじぎをして言いました。
「先生、この子が具合が悪くて死にそうなんです。どうか先生の慈悲で、治してやってくださいませんか」
「俺が医者なんてやれるもんか」
ゴーシュは少しむっとして言いました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました