「じいさんは、いつもそこへ行くの?」
「行かないわけじゃないさ。なにしろ、最高の場所だからなあ。」
「じいさん、今夜はお酒に酔っぱらってるね。」
「ああ、とっておきの藁酒(わらざけ)をごちそうになったからな!」おじいさんはまた喉をゴクリと鳴らしました。
「ぼくたちは行けないのかなあ?」
「行けるわけねえだろ! ……うわっ、大変だ、とうとう悪魔にやられたぞ!」おじいさんはおでこを押さえて、よろよろとよろめきました。
大きなカブトムシが飛んできて、おでこにぶつかったようでした。
ミーロが言いました。
「じいさん、ポラーノの広場がどっちにあるか教えてくれたら、おいら、じいさんに『悪魔の歌』を歌って聴かせてあげるよ!」
「縁起でもない歌なんか歌うな! まぁ、もっと地面を膝で這い回って探してみるんだな!」
おじいさんはプリプリと怒って、ツメクサの上をガシガシと踏みしめながら、南の方へ去っていってしまいました。
「じいさん! 待ってよ! また馬を冷やしに川へ連れていってあげるからさ!」ファゼーロが叫びましたが、おじいさんはスタスタと行ってしまいました。
ミーロはしばらく黙っていましたが、とうとうガマンできなくなったようで、
「おい、おれ、歌っちゃうからな!」と言い出しました。
ファゼーロは歌どころではないという様子でしたが、ぼくは前からミーロはきっと歌が上手に違いないと思っていたので、手を叩いてパチパチと応援しました。
ミーロは上着とシャツの一番上のボタンを外し、息を大きく吸い込みました。
「イノシシ武者のカブトムシ!
月のあかりも ツメクサの
ともすあかりも 目に入らず
めちゃくちゃあちこち 飛んできて
ヤマネコ馬車のおじさんに ドカンとぶつかり
あわててひょろひょろ 落ちそうになって
やっとのことで 踏みとどまり
急いでカブトを 締めなおし
月のあかりも ツメクサの
ともすあかりも 目に入らず
とんでもない方へ 飛んでゆく!」
ところがその時、おじいさんが去っていった方から、細くて高い声で、
「ファゼーロ、ファゼーロ!」と呼ぶ声が聞こえてきました。
「あ、お姉ちゃん! 今行くよ!」ファゼーロがそっちを向いて大きな声で叫び返しました。
向こうからの声はピタリと止まりました。
「ダメだったかあ……きっと旦那さんが呼んでるんだ。もっと早く森まで進んでおけばよかったなあ。」
ミーロが突然しゃきっと勢いづいて、早口で言いました。
「大丈夫だよ! おれはね、前からあの馬車の御者じいさんや、町の乾物屋(かんぶつや)のおやじが怪しいと思ってたんだ。最近は二人ともいっつも酒に酔っぱらってるだろ? きっとあいつら、ポラーノの広場の場所を知ってるんだぜ! それに、おれはこの野原で、変な積み方で枯れ草をのせた荷馬車を何度も見かけてるんだ。ファゼーロ、お前はね、なにも知らないふりをして今夜は家に帰って寝な。おれが絶対に、あと五、六日のうちにポラーノの広場を見つけ出してみせるから!」
「そうかい? ぼくにはなんだかよく分からないなあ。」
その時、また声が聞こえてきました。
「ファゼーロ、おいで! これからお使いで町へ行くんだって!」
「ああ、今行くよ! ……ぼくはこれから旦那さんのところへまっすぐ行くけど、ミーロ、お前は一人で競馬場まで帰れるかい?」
「帰れるに決まってるだろ! ここらは昼間なら何度も来ている場所なんだから。じゃあ、この地図はお前にあげるよ。」
「うん、ミーロに渡しておこう。ぼくは昼間、この野原に来るヒマがないからね。」
その時、向こうのツメクサの花と、青い月明かりの中に、美しい女の人が立っていました。
ファゼーロが言いました。
「お姉ちゃん、この人だよ! ぼく、地図をもらったんだ!」
その娘さんはこちらへ近寄ってはこず、静かに頭を下げておじぎをしました。
ぼくも黙って深くおじぎを返しました。
「じゃあ、さようなら! 早く行がなくっちゃ!」
ファゼーロは元気に走り出しました。ロザーロは、もう一度ぼくたちに挨拶をしてから、ファゼーロの後を急いで追いかけていきました。
ミーロは黙ったまま北の方を向き、手のひらを耳にあててじっと耳をすませていました。
ぼくは、「ポラーノの広場というのは、まさにこういう美しい野原のことなんだろうな。馬車の御者じいさんやミーロは、まだ夢から覚めていないんだな」と思いながら言いました。
「ミーロ、君の歌はすごく上手だよ! わざわざポラーノの広場まで習いに行かなくても十分さ。それじゃ、さようなら。」
ミーロは、丁寧におじぎをしました。
ぼくはそれから、美しい野原に漂うハチミツのような甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、自分の家へ帰っていきました。
三、ポラーノの広場
それからちょうど五日たった、火曜日の夕方のことです。
その日、ぼくは役所で「死んだホッキョクグマをはく製にするべきかどうか」について同僚と激しく議論をし、すっかりイライラしていました。そこで、気分転換に酒石酸(しゅせきさん)を冷たい水に溶かして飲んでいたところ、ずっと遠くから透き通った口笛の音が聞こえてきました。
そのメロディは、まさにファゼーロがヤギを連れて歩いたり、野原を急いで駆け抜けたりするときのウキウキした気持ちそのものだったので、ぼくは思わず「とうとう来たぞ!」とつぶやきました。
やっぱりファゼーロでした。
ぼくがまだコップの酒石酸水を飲み終わらないうちに、ファゼーロは顔を真っ赤にして玄関のドアのところに立っていました。
「ついにわかったんだ! 昨日の夜、ぼくは広場へ行く道にしっかり目印をつけておいたんだよ。地図を見てもバッチリわかるんだ。今夜なら、間違いなくポラーノの広場へ行けるよ! ミーロは昼間のうちに現地に向かっていて、ぼくたちを迎えに出てくれる約束なんだ。ぼくが先に行って確かめて、本当の広場だったら、明日はもうみんなを連れていくんだ!」
ぼくもすっかり引き込まれて、胸をワクワクさせました。
「本当かい! ぼくも一緒に行くよ。どんな格好をして行けばいいかな? 一体どんな人たちが集まっているんだろう?」
「どんな格好でもいいよ! 早く行こう! 誰が来ているかは、ぼくにもわからないんだから。」
ぼくは大急ぎでネクタイを締め、新しい夏用の帽子をかぶって外へ飛び出しました。
ぼくたちがこの前みんなと別れた場所に着いたころ、ちょうど夕方の青い光がツメクサの野原へぼんやりと注いでいて、葉っぱにある爪の跡のような白い模様も、もう見えなくなりかけている時間でした。
ファゼーロは背伸びをして、しばらくあちこちを見回していましたが、突然向こうの方へ走り出しました。
ファゼーロは少し走ったところで、ピタリと立ち止まりました。
「あ、これだ! ほら見てごらん!」
見るとそこには、ファゼーロが作ったらしく、一本の棒が立てられ、その上にボール紙で作った矢印が北西の方角を指すように取り付けられていました。
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