彼女は尚も美しかったからです。
大きな雲が猛禽類のような速さで谷の上空を横切り、あたり一面暗くなりました。口を開いた時、なんとなく乙女の姿は暗く曖昧になり、声も遠くから聞こえるようでした。その声には悲しく咎める色がありました。
「厚かましくも恩知らずな若人よ! かくも疾く御許を去らねばならぬのでしょうか? 御身は永遠の誓いを一度に破ることしかできぬのですか?」
言い表せない程悲しく、ハイタは膝をついて彼女に残ってくれと乞い願いました――立ち上がり、募り行く暗闇の中に彼女を探しました――ぐるぐる駆け回り、大声で呼びましたが無駄でした。彼女はもう見えず、でも薄暮の中に声が聞こえたのです。
「否、我を得んとせば探してはなりませぬ。御身の勤めをお果たしなさい、不届きなる羊飼いよ。さもなくば我らは再び相見えることがないでしょう」
夜の帳が下り、狼たちは丘で吠え、怖がった羊たちはハイタの足元に集まっていました。差し迫った事態に失望を忘れた彼は羊たちを囲いの中に連れて行き、礼拝堂を修繕しながら、彼に羊たちを救うことをお許し下さったハスターに心からの感謝を捧げました。そして洞穴に帰って眠りについたのです。
ハイタが目覚めた時、高く昇った日が洞穴を照らし、中まで燦々と輝かせました。そしてなんと隣にはかの乙女が座っているではありませんか。彼女は、葦笛で吹く音楽が姿を現したかのような微笑みを投げかけてきました。彼にはもう言葉がありませんでした。前のように彼女を怒らせたくなかったので、何を話していいかわからなかったのです。
「御身が」と彼女は話しました。「羊の群れについて務めをなしたが故、またあの夜狼の足を留めたることをハスターに忘れず感謝したるが故、わたくしは御許に帰ってまいりました。御身はわたくしを連れとなしますか?」
「いつまでも貴女と共にあろうとせぬ者がいずくに居りましょうや?」ハイタは答えました。「ああ! もう二度と我が許から離れないでください!――俺が黙って――黙って動かなくなるまで」
ハイタには死という言葉がなかったのです。
「本当に、」彼は続けました。「貴女が同じ男であればよかったのに。そうすれば我ら二人して相撲を取り、駆け競をし共に飽くことがなかったでしょうに」
これらの言葉を聞くと乙女は立ち上がり、洞穴から出て行きましたので、ハイタは彼女を捕まえて引き戻そうと香りのよい枝で作った寝椅子から跳ね起き、外を見て驚きました。雨がどんどん降って谷筋の中ほどでは小川が土手を越えているではありませんか。あふれ出した水が羊の囲いの中にまで流れ込み、羊たちは怖がってメェメェと鳴き続けていました。そして、遠くの平野にある見知らぬ町々にも、大きな危機が迫っていました。
ハイタが次にその乙女の姿を見たのは、それから何日も経った後のことです。聖なる隠者様のために、雌羊のミルクと麦のパン、そして摘みたてのベリーを谷の奥まで届けて、その帰り道でのことでした。隠者様はとても年老いていて、自分でお腹を満たすこともできなくなっていたのです。
「かわいそうな爺さんだな!」
ハイタは重い足取りで歩きながら、独り言を言いました。
「明日またここに来て、俺の家までおぶって帰ってやろう。家でなら、ゆっくりと世話をしてあげられる。ハスター様がこの何年も俺を守ってくれて、元気いっぱいに過ごさせてくれたのは、きっとこのためだったんだ。」
そう口にしたその時です。小径に、あの輝く服を纏った乙女が微笑みながら現れました。ハイタはあまりの驚きに、息が止まりそうになりました。
「わたくしは戻ってまいりました」と彼女は言いました。「御身がどうしてもわたくしを自分のものにしたいと願うのなら、わたくしとここで暮らすことです。御身が多くの知恵を得て、ありのままのわたくしを愛し、それ以上わたくしのことを詮索しようとしないならば。」
ハイタは彼女の足元にひざまずき、叫ぶように言いました。
「美しき方よ! ハスター様は別格として、俺のすべてを捧げたいと思うこの気持ちを受け取ってくれるなら、俺の心は永遠に貴女のものです。でも、ああ、貴女はなんて気まぐれで移り気なんだろう。明日の太陽が昇る前には、また貴女を失ってしまうのでしょうか。お願いです、俺は未熟で貴女の機嫌を損ねてしまうかもしれないけれど、どうか俺を許して、永遠に一緒にいてくれると約束してください。」
彼がそう言い終えるか終えないかのうちに、丘の向こうから一隊の熊が現れました。熊たちは真っ赤な口を開け、目をギラギラと燃え立たせてこちらへ向かってくるではありませんか。乙女は瞬く間に消え失せ、ハイタはくるりと身を翻して、命からがら逃げ出しました。
さきほど訪ねた隠者の小屋に駆け込むまで、彼は一度も足を止めませんでした。熊たちの軍団を外に追いやるように扉を閉めて閂(かんぬき)を下ろすと、そのまま地面に倒れ込み、おいおいと泣き崩れました。
「息子よ」
藁の寝台の上から、隠者が声をかけました。その藁は、ハイタが今朝、隠者のために集めてきたばかりのものです。
「熊に追いかけられたくらいで泣くなんて、お前らしくないぞ。一体どんな悲しいことがあったのか、わしに話しておくれ。年の功というのは、香油のように若者の心の痛みを和らげることができるものだよ。」
ハイタはすべてを打ち明けました。三度もあの輝く乙女と出会ったこと、そして三度も彼女が自分を捨てて去っていったこと。二人の間で交わされた会話も、一言残らず正確に伝えました。
話を聞き終えると、聖なる隠者はしばらく黙っていましたが、やがて静かに言いました。
「息子よ、よくわかった。わしもその乙女のことを知っておるよ。多くの人と同じように、わしも若い頃に出会ったことがある。いいか、彼女の名前を教えよう。決して口に出して問うてはならないその名は『幸福』じゃ。お前が彼女に言った言葉は正しかった。彼女はとても気まぐれなのだよ。彼女が押し付けてくる条件は人間には守るのが難しく、少しでも破れば仕返しに見捨てられてしまう。彼女は、欲しがらない時、何も問わない時にだけやって来るものなのだ。ちょっとした好奇心や、疑いの気持ち、不安な言葉を一つでも見せた途端、彼女は消えてしまう。お前は一番長い時で、どのくらい彼女と一緒にいられたのかね?」
「ほんの一瞬です」
ハイタは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに白状しました。「いつも、まばたき一つする間にいなくなってしまうんです。」
「かわいそうな若者よ」聖なる隠者はため息をつきました。
「お前が無分別でさえなければ、まばたき二回分は一緒にいられたものを。」また、この翻訳文は他の私の訳した作品と同じく、クリエイティブ・コモンズ(CC-BY 3.0)というルールに従って公開します。TPP協定によって著作権の期間が延びることが決まった今、誰でも自由に使える訳文を世に出しておくことには、きっと意味があるはずです。
「pixiv」というサイトは絵を投稿する場所だと思い込んでいて、これまであまりチェックしていなかったのですが、山樹さんという方の訳がすでにあったのですね。
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